お目出度く生きる

お目出度く生きる

国際結婚した夫と三人の娘とのアハハッて笑えることや、心に波紋が広がった時のことを描いています。

「私を取り巻く世界は、私に何を見せてくれているのか」

そんなことに興味があります。

軽い気持ちで言ったんだろうな
とは分かるんだけど
自分がいないところで

自分のこと、ネタにされてた

って耳に入って来たら

なんか落ち込みますよね。

それって…

例えば、自分の容姿とか、喋り方とか、価値観とか

そんなことが題材になったとして

思春期でもないので、気にして直そうとかはないけど、一体なにが、チクってトゲみたいに刺さるかというと

その中に、大なり小なり
「悪意」みたいなものを
感じ取ってしまうからなのだろうな、と思います。


自分で そこから「悪意を抽出」してしまう

というのかな。

悪意があったかどうかよりも

とにかく、人というのは

少なくとも、私は

「悪意」というものが恐怖なんだと思います


例えば、駅の自転車置場に置いておいた
子供用の雨よけカバーが
無くなっていても

「あーあ…」

で終わるけど

それが、自分の家に停めてあった自転車から
持ち去られたら、私の場合、

すごく怖くなります。

それは

もしかすると、誰かの悪意を買っているのかもしれない…

という恐怖で、もしかして買ってないかもしれないけど、買ってたとしたら

一体どうして?

すごく怖くなるし気にしてしまう

「悪意」というものを
恐怖している自分がいます

でも、逆に
「特定の悪意がない」
って分かれば、

まぁ、やだな、とは思うけど
かなり、気が軽くなります

こんなようなこと
自分のことだとパニクっちゃうけど

誰か自分の周りの人が
こんな目にあってて
その話を聞いたりすると

誰かが胸を痛めていることにとても胸が痛くなるけれど、

同時に

 「大丈夫だよ、きっと悪気はなかったと思うよ」

って気持ちとともに疼いてくるのは


私もその、傷つける側になったことも

何度も何度もある

ってこと。


なにも悪意のつもりもなく

お調子者で

誰かにとっては傷つくようなこと
言ってしまったことは、数えきれないほどあって

相手の表情をみて
ハッとしたり

あとで
「あれって…あんな言い方して、自分て…」
って気付いたり…


数日落ち込んで…

そんなことの繰り返し

だから、その分、
「こういうことは、言っちゃいけないんだ」

って、少しだけ、前よりマシになって


けど、みんながそうだかは分からないけど

少なくとも

こうやって、人って

「悪意の種」って普通に装備してるものなんだな

って身をもって感じてるから

だから、執拗な悪意でなければ

それを受けてしまったと思う場面があっても

それをわざわざよく味わって二次被害を受けなくてよくて

「自分は気をつけよう。」
って受け流したらいいな

って思えるようになった。

(もちろんちゃんと落ち込んだ後ね)


そして
悪意のエッセンスに目を輝かせる人とか

どうしてもそういう形でマウントをしちゃうんだなって人とは

根がいい人ってわかってても

適当な距離を置くのが

その人を全否定するわけではなく

自分を大事にすることだなって

思ってます。


だから、大丈夫だよ!