平沢進「凝集する過去 還弦主義8760時間」フィナーレ 東京異次弦空洞
平沢進というミュージシャンを知っていますか?
1979年にP-MODELというテクノポップ・バンドでデビューし、現在はソロで映画やアニメの楽曲を手がけながらコンスタントにオリジナル・アルバムを発表し続ける、現在56歳になる音楽家です。特に90年以降はコンピュータを駆使し、常に更新されていく新しい技術や楽器を取り入れながら、時には自作で電子楽器を作成して新しい音を作っています。
そんな平沢が昨年から一年をかけて「還元主義8760時間」というイベントを開催しました。簡単に言えば還元=リメイクという事で、およそ30年間の活動の中で生まれた楽曲を現在の平沢が作り直して新たな命を与えるというものです。ファンに30年間にリリースされたアルバム毎に投票を募り、その動向も含めながら楽曲を選択していくというインタラクティブな方法をとりました。まあ、最終的には平沢が決めるので、投票率1位の楽曲が選ばれる事は殆ど無いのですが、私は投票行動を楽しみましたね。
そして一連のイベントを通じて2枚のアルバム「突弦変異」「変弦自在」をリリースし、昨夜のSHIBUYA AXでのライブでフィナーレを迎えるという流れでした。
そのライブですが、とにかく平沢は色々なものをステージ上から投げてきました。楽器を会場にぶん投げたとう事じゃなくて、問題提起をしてくるのです。まずはオープニングでエレキ・チェロがセッティングされたステージを自ら引っ張って登場しました。自分のステージは自分で準備するという演出。そこから平沢音楽世界は始まりました。
とにかく奇怪な楽器の数々が登場。音はシーケンサーを基本として、手振りをセンサーが読み取って音を出す楽器や、TARUBOというマニア垂涎の金属で出来たギター、テスラコイルという稲妻を発生させて発音させる楽器など、はじめて見る人は「なにをやっているのかわからん」楽器が多数登場しました。
平沢の振り付けには無駄がありません。歌手がよくやる感情表現の一環としての手振りは一切ありません。すべての動きが電子楽器を起動させる事に必要な動きなのです。しかし本来鍵盤やパッドシンセなどで出来る事をわざわざ違った楽器に置き換え、それを使うための手振りを考えるという作業は無駄以外の何でもない気がします。なるほど「無駄を無くす為に無駄な事を行う」という事なのかもしれません。工場の組み立て作業のような平沢の動きは、まるで思想家の演説のようであり、宗教家の説教のようでもありました。
今回のライブでは2人のタイ人(SP-2=第二の女性)がダンサーとして参加していました。俗っぽさの中に神秘性を抱えた踊りは、平沢のステージに新たな息吹を吹き込むかのようでした。
アンコールを極度に嫌がる(?)平沢ですが、最後にアンコールで「WIRE SELF」「ルクトゥン OR DIE (Neng & Rang) 」の2曲を演奏しました。「ルクトゥン―」は声優の宮村優子さんに提供した楽曲ですが、平沢の楽曲の中では特にダンサブルな作品で、ライブで非常に人気の高い楽曲です。私も多分にもれる事無く、激しい高揚をもってライブは終了していきました。
最後、去り際に平沢、
「帰りなさい」
1979年にP-MODELというテクノポップ・バンドでデビューし、現在はソロで映画やアニメの楽曲を手がけながらコンスタントにオリジナル・アルバムを発表し続ける、現在56歳になる音楽家です。特に90年以降はコンピュータを駆使し、常に更新されていく新しい技術や楽器を取り入れながら、時には自作で電子楽器を作成して新しい音を作っています。
そんな平沢が昨年から一年をかけて「還元主義8760時間」というイベントを開催しました。簡単に言えば還元=リメイクという事で、およそ30年間の活動の中で生まれた楽曲を現在の平沢が作り直して新たな命を与えるというものです。ファンに30年間にリリースされたアルバム毎に投票を募り、その動向も含めながら楽曲を選択していくというインタラクティブな方法をとりました。まあ、最終的には平沢が決めるので、投票率1位の楽曲が選ばれる事は殆ど無いのですが、私は投票行動を楽しみましたね。
そして一連のイベントを通じて2枚のアルバム「突弦変異」「変弦自在」をリリースし、昨夜のSHIBUYA AXでのライブでフィナーレを迎えるという流れでした。
そのライブですが、とにかく平沢は色々なものをステージ上から投げてきました。楽器を会場にぶん投げたとう事じゃなくて、問題提起をしてくるのです。まずはオープニングでエレキ・チェロがセッティングされたステージを自ら引っ張って登場しました。自分のステージは自分で準備するという演出。そこから平沢音楽世界は始まりました。
とにかく奇怪な楽器の数々が登場。音はシーケンサーを基本として、手振りをセンサーが読み取って音を出す楽器や、TARUBOというマニア垂涎の金属で出来たギター、テスラコイルという稲妻を発生させて発音させる楽器など、はじめて見る人は「なにをやっているのかわからん」楽器が多数登場しました。
平沢の振り付けには無駄がありません。歌手がよくやる感情表現の一環としての手振りは一切ありません。すべての動きが電子楽器を起動させる事に必要な動きなのです。しかし本来鍵盤やパッドシンセなどで出来る事をわざわざ違った楽器に置き換え、それを使うための手振りを考えるという作業は無駄以外の何でもない気がします。なるほど「無駄を無くす為に無駄な事を行う」という事なのかもしれません。工場の組み立て作業のような平沢の動きは、まるで思想家の演説のようであり、宗教家の説教のようでもありました。
今回のライブでは2人のタイ人(SP-2=第二の女性)がダンサーとして参加していました。俗っぽさの中に神秘性を抱えた踊りは、平沢のステージに新たな息吹を吹き込むかのようでした。
アンコールを極度に嫌がる(?)平沢ですが、最後にアンコールで「WIRE SELF」「ルクトゥン OR DIE (Neng & Rang) 」の2曲を演奏しました。「ルクトゥン―」は声優の宮村優子さんに提供した楽曲ですが、平沢の楽曲の中では特にダンサブルな作品で、ライブで非常に人気の高い楽曲です。私も多分にもれる事無く、激しい高揚をもってライブは終了していきました。
最後、去り際に平沢、
「帰りなさい」
和菓子司 松露ことぶきや 1月15日10時開店!
昨年5月から休業して改築工事を進めてきた和菓子店「松露ことぶきや」が、近隣の期待を受けて、いよいよ1月15日(土)午前10時に新装開店する。開店に向けて現在急ピッチで準備を急ぐご主人・古川耕司氏に話を聞いた。

コンクリート打ち放しの落ち着いた佇まい。
―おめでとうございます
古川 ありがとうございます
―正式オープンはいつですか?
古川 1月15日に予定しています。10時開店です。
―いよいよですね!今回どうして改築をしようと思ったのでしょうか
古川 今がやる時だと思ったからです。
―以前「昔から建て替えるのが夢だった」と言っていましたが、それはいつ位からだったのですか?
古川 25年くらい前…もっとか…30年くらい前かな。
―という事は7~8歳くらいの話ですね。
古川 子供ながらに「いつか建て替えたいな」と思っていました。
―長年の思いを叶えて、今回改装したという事ですね。それでは、これはいっぱいあると思うのですが、改装にあたって苦労した事は何かありますか?
古川 うーん…何だろう?…銀行回りとか?
―(笑)
古川 内装、棚とか、今回内装は自分でやりましたからね。
―こだわりがあるから内装は自分で、という事ですかね?
古川 いや…予算が…(笑)。
―(笑)
古川 内装に関しては、やっぱり自分が仕事をしやすいようにしたかったので、自分で考えました。
―オープンしたらどんなお店にしていきたいと思っていますか?
古川 まあ、今まで通りって感じで、またやりながら変えていけばいいかなと思っています。
―1月15日のオープン当日は、セールなどの予定はありますか?
古川 お赤飯や大福、お団子などを安く販売する予定でいます。
―商店街青年部の一員として活動もされていますが、商店街の中でお店はどのような役割を担っていけると思っていますか?
古川 これまでもやってきたように、イベントで餅つきをやったり出来るので、そういった場面で協力していけると思います。
―私は「松露ことぶきやさんから東長崎の名物が生まれるといいな」と思っていますが、候補になるような新商品の予定はありますか?
古川 それは良く言われるからね。これもやりながら追々という感じですね。(開店準備で)新商品をじっくり考える暇も無かったからね。新商品については実はイメージは出来ているので、これから形にしていこうかと思っています。
―そうですか!これから追々新商品なども発表できるのではないか、という事ですね。楽しみです。
―最後に今後の意気込みをお願いします。
古川 日本一の和菓子屋になります!(笑) …まあ、変わらないところは変わらず、変わるところは変わって、良いお店づくりをしていきたいと思っていますので、よろしくお願いします!!
―期待しています!ありがとうございました。

お店の入り口で、ご主人の古川耕司さん。
毎日遅くまで準備作業に取り組んでいるとの事です。
和菓子司 松露 ことぶきや
東京都豊島区長崎4―4―8
03―3955―3837

コンクリート打ち放しの落ち着いた佇まい。
―おめでとうございます
古川 ありがとうございます
―正式オープンはいつですか?
古川 1月15日に予定しています。10時開店です。
―いよいよですね!今回どうして改築をしようと思ったのでしょうか
古川 今がやる時だと思ったからです。
―以前「昔から建て替えるのが夢だった」と言っていましたが、それはいつ位からだったのですか?
古川 25年くらい前…もっとか…30年くらい前かな。
―という事は7~8歳くらいの話ですね。
古川 子供ながらに「いつか建て替えたいな」と思っていました。
―長年の思いを叶えて、今回改装したという事ですね。それでは、これはいっぱいあると思うのですが、改装にあたって苦労した事は何かありますか?
古川 うーん…何だろう?…銀行回りとか?
―(笑)
古川 内装、棚とか、今回内装は自分でやりましたからね。
―こだわりがあるから内装は自分で、という事ですかね?
古川 いや…予算が…(笑)。
―(笑)
古川 内装に関しては、やっぱり自分が仕事をしやすいようにしたかったので、自分で考えました。
―オープンしたらどんなお店にしていきたいと思っていますか?
古川 まあ、今まで通りって感じで、またやりながら変えていけばいいかなと思っています。
―1月15日のオープン当日は、セールなどの予定はありますか?
古川 お赤飯や大福、お団子などを安く販売する予定でいます。
―商店街青年部の一員として活動もされていますが、商店街の中でお店はどのような役割を担っていけると思っていますか?
古川 これまでもやってきたように、イベントで餅つきをやったり出来るので、そういった場面で協力していけると思います。
―私は「松露ことぶきやさんから東長崎の名物が生まれるといいな」と思っていますが、候補になるような新商品の予定はありますか?
古川 それは良く言われるからね。これもやりながら追々という感じですね。(開店準備で)新商品をじっくり考える暇も無かったからね。新商品については実はイメージは出来ているので、これから形にしていこうかと思っています。
―そうですか!これから追々新商品なども発表できるのではないか、という事ですね。楽しみです。
―最後に今後の意気込みをお願いします。
古川 日本一の和菓子屋になります!(笑) …まあ、変わらないところは変わらず、変わるところは変わって、良いお店づくりをしていきたいと思っていますので、よろしくお願いします!!
―期待しています!ありがとうございました。

お店の入り口で、ご主人の古川耕司さん。
毎日遅くまで準備作業に取り組んでいるとの事です。
和菓子司 松露 ことぶきや
東京都豊島区長崎4―4―8
03―3955―3837
東長崎商店街連合会 新年会
昨夜は東長崎商店街連合会の新年会に参加しました。
線路を挟んで北と南の交流会は久しぶりだったので、みんな喜んでくれました。
本当は「出没!アド街ック天国」の取材を入れる事を目標にしていましたが、それは製作会社に反故にされてしまいました。でも私が商店街に参加してから一度も交流が持てなかったので、それが出来た事は本当に良かったです。
これから東長崎は面白くなる。
そういう確信めいたものを感じた会でしたね。
線路を挟んで北と南の交流会は久しぶりだったので、みんな喜んでくれました。
本当は「出没!アド街ック天国」の取材を入れる事を目標にしていましたが、それは製作会社に反故にされてしまいました。でも私が商店街に参加してから一度も交流が持てなかったので、それが出来た事は本当に良かったです。
これから東長崎は面白くなる。
そういう確信めいたものを感じた会でしたね。