音楽を聴いたことがないって人はいないですよね![]()
好きなアーティストの曲はもちろんのこと、
朝の出勤に向けてリズムを上げていきたい時は
アップテンポな曲
落ち込んだ時は
バラード
仕事の能率を上げたいときは
リズミカルな曲
リラックスしたい時は
ハワイアン
ランニングする時は
爆風スランプのRunner(笑)
などなど、シーンによって使い分けて聴いている人は多いと思います。
ではなぜ、人は音楽を聴きたがるのか?音楽を聴くのか?
答えは人それぞれでしょうが
ひとつは
一瞬にして、なりたい氣分になれるからじゃないでしょうか![]()
そして
自分の氣分だけではなく
自分が見ている周りの世界も変えてしまう。
ある映画のメインテーマ曲やBGMをイヤホンで聴きながら
街を歩いていると
自分が映画の主人公になり
周りの人たちがあたかも登場人物に見えてきた経験ってありませんか?
自分の世界を味わいたいから
音楽を聴く。
実は僕たちは
音楽がなくても、同じようなことを無意識にやっています![]()
楽しい氣分の時は、
周りのどんなことも楽しく見えるし
不安な氣持ちの時は
どんな思考も不安の方向へ向かっていくし
批判的な意識の時は
どんな話やどんなニュースも批判的に聞いてしまうし
感謝の意識にいる時は
どんな人もどんな環境でも「ありがたい」と思ってしまうし
まるで、そのような音楽を聴いているかのごとく…
だとすると、
周りや世界の見え方を
自分が見たいように変えるために
音楽を選択するのと同じように
意識を選択すればいいですよね![]()
周りや世界をおもしろ可笑しく見たい時は
自分がおもしろ可笑しい意識でいるということ。
やさしい世界を見たければ
自分がやさしくなること。
ただ、
おもしろ可笑しい音楽をずっとかけっ放しじゃ、
笑い過ぎて疲れちゃいますよね。
やさしい音楽もかけっ放しだと
物足りないし飽きてきます。
1つのアルバムの中に
同じような曲ばかりだと飽きてしまうのと
同じです。
じゃあ、
飽きないように、疲れないように
その都度、なりたい氣分の曲を選択していくのがいいんですかね?
それも、無理がある氣がします。
ずっと音楽かけていないとやってられない…みたいな![]()
いくら音楽が好きでも
1日中聴いているのは、耳にもよくないし、不自然な感じです。
人によってはストレスになるかもしれません。
寝る時や静かに過ごしたい時などは
無音も必要ですね。
そして
そもそも
あえて、音楽を聴かない人もいます![]()
音楽をかけた瞬間、
その音楽が持つ世界観に
自分の世界が規定されてしまうから。
自分の世界には
あらゆる感情や感覚、可能性に満たされていて
音楽をかけてしまうと
音楽によってイメージされた、準備された世界に限定されてしまうから
とのことです![]()
湘南をドライブして、波や風の自然音を聴きたかったのに
助手席の彼女(彼氏)がサザンの曲をかけ始めたから
せっかく湘南まで来たのに
サザンのイメージしか入ってこない。
家で聴けよ、みたいな。
(ちなみに僕はサザン大好きで、あくまで例です
)
つまり
自分で予め「こうだ」と決め打ちしてしまうと
他の可能性を見逃したり
それ以上のものは見えなくなる。
雑な言い方をすると
音楽も意識の決め打ちも、レッテルと同じで
貼ってしまうと、そのレッテル以外のものには聴こえなくなったり見えなくなったりしてしまう
ということ。
となると、
無音がいいんでしょうか?聴きたい音楽をかけるのがいいんでしょうか?
無意識にゆだねるのがいいんでしょうか?意識して決めるのがいいんでしょうか?
時と場合によるんでしょうか?
人によるんでしょうか?
禅問答のようですが
正解はないと思います![]()
直感的、感覚的に、
「こうしたい」と感じれば、決めればいいし
「微妙なニュアンスを感じたい、あらゆる可能性を持っておきたい」のであれば決めなくてもいいし。
最終的には、どちらでもいい。自分の感覚![]()
世の中には
こうしたらいい、ああしたらいい、こうすべき、こうしちゃいけない…
なんて、
特に今のご時世、たくさん情報が飛び交っていますが。
結局、選択するのは自分。
常に何かを意識的に選択するだけじゃなく
「選択しない選択肢」も持っていると
もっと氣楽で、自由で、自己完結した生き方ができるかもしれませんよ~![]()
