空想的幸福論[まとめ・後] | ー夢星石ーシンイ二次創作

ー夢星石ーシンイ二次創作

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二次創作に嫌悪感のある方はオススメいたしません。


※少し原作やドラマに被る部分がありますが、あくまでもこの話は“空想的幸福論の二人”ですのでそのつもりで読んで頂けるとありがたいです✨。


空想的幸福論[まとめ・後]

長いのでお暇な時にでもどうぞ(^ω^)_凵

2人のベッドシーン、描写は省きました。

[2023.02.28]





朝まだ日が昇る前に二人は目を覚ました。


「夢の中でまた寝れるのだな・・・ふむ」
「どこに感心しているの?チェヨンさん・・・」


男性を自分のベッドに招き入れるなど人生で初めてで、ウンスに覆い被さって来るチェヨンに激しく動揺し、暫く腕で顔を隠していたがそんな姿にチェヨンは名前を呼び腕を剥がそうとして来た。

「こら、何故顔を隠す?」
「見れないわー」
「は?まさか俺を見たくないと?」

まだあの男に未練があるのか?と不機嫌になっていくチェヨンに、そんな訳ないでしょうと漸く顔から手を退かした。

すると、少し冷静になった彼はどうしようか?とウンスに尋ねて来た。

「・・・どうしようかとは?」
「契を結ぶのだから、ウンスは俺の・・・」

――・・・妻に。

小さく聞こえたヨンの声にウンスは思わず彼を見上げてしまう。

・・・ちょっと待て?

「チェヨンさんどこまで考えてるの?」
「ユウンスこそ、閨に入るのにどこまで考えているのだ?」
「え、と・・・」

現代人らしく、その時の雰囲気でベッドに入っただけだったのだが・・・。

――・・・もしかしてチェヨンと寝たらまずい状況になるのかしら?


ウンスの考えが表情で読めたのか、チェヨンは目を薄くし駄目だと言うと手を付きウンスの逃げ道を塞いだ。


「・・・もう手遅れだが」
「え・・・」
「今日は絶対に起きないつもりだからな」


天井からの照明で下を向いているチェヨンの顔が影で見え難くなっているが、先程から彼の瞳の中に強い光が見え男の欲が含んでいるのは感じている。
チェヨンの身体の筋肉の硬さと腕の太さで彼が身体を鍛えているのに気付き、ウンスは一瞬だが背中に冷たいものを感じたのだった――。

しかし、予想通りだったとウンスは疲れた身体と空腹で体力がより無くなっていた。

お互いの匂いはわからないのに、濃密な空気とお互いの汗は感じるのだからそれだけでも身体が熱くなってしまう。

どれ位時間が経ったのかウンスにはわからないが、とうとう苦しいと根を上げてしまい、

「・・・わかった」

静かに声が聞こえ、漸く濃密な時間は終わった。




「俺もその大学とやらに一緒に行くからな」

チェヨンの声にウンスはふと隣りに視線を向けた。
色を含んだ瞳では無く、ウンスを心配している眼差しに素直にありがとうと言葉が出る。

「・・・近くにいてね?消えないでよ?」
「ああ」


――・・・チェヨンがいる。


もう我慢するのは終わりだわ。


身体は少し重く感じたが、頭の中はすっきりとしていた。




大学に行く時間にもう1度携帯電話を見ると、先輩からメールが来ていた。昨日送っておいたメールの返事で何時も彼がいる研究室にいるという。
軽い朝食を食べ家を出たが、何も食べなかったチェヨンが心配になる。

一日お腹が減らないとは・・・。

本当によくわからない人だと思いながら、バスに乗り大学に向かう。バス自体も初めてなチェヨンは人が密集した空間といきなり走り出したバスの速さに身体を強ばらせ、終始無言でウンスの手を握っている。
もしかしたら少し怖かったのだろうか?とこんな大男が何故か可愛く見えてしまい、自分の気持ちも少なからず変わったのだと感じた。

大学に着くと授業が始まる前に研究室へと向かうべく、別棟に入り階段を上って行くと廊下の向こうから1人の女性が歩いて来たが、先輩の車の助手席に座っていた女性だと思い出していると、
彼女もウンスに気付いたのか此方を見て来て小さく頭を下げ横を通り過ぎて行った。
彼女からは女性らしい華やかな香りと、研究室特有の薬品の匂いがし先程まであの部屋にいたのだと気付いてしまう。

すると、横にいたチェヨンが強く手を握ってくる。

「大丈夫よ、もう彼を何とも思っていないから」
「当たり前だ。でなければ怒る」
「・・・貴方て意外とわがままね」

呆れた声で話しながら研究室の前に着き、ウンスはチェヨンを見上げた。

「廊下で待っていてくれる?」
「大丈夫か?」
「いやね、私をよく知っているでしょう?」
「ああ」

チェヨンが頷くとウンスは扉をノックし、部屋へと入って行った。

自分はウンスにしか見えず触る事も出来ない為、何かあったとしても助ける事が出来ない。

わかっているが扉一枚先が不安になり、部屋内の気配を伺うと、どうやら気配はウンスとその男だけではなく数人の気も感じた。

同室の者だろうか?と思っていると、


「ふざけるんじゃないわよ!」


突然、ウンスの怒号が廊下まで響いて来た。


「いい加減黙っていたけど、教授の大半は他人にレポート書かせているのに気付いているわよ?まさかと思うのならキム教授に聞いてみればいいわ。
私だけで無く別な人にも頼んでいた様で・・・知らなかった?私は先輩が気付かなくても他人がわかる様に文字を変えて書いていたのだけど?」

ウンスの声に研究室内がざわめき始め、他の者達の困惑した空気もヨンには感じ取れた。だが、ヨンは可笑しくて肩を揺らし笑い出している。


これがユウンスだ。


顔に似合わずよく話し、物事をはっきりと言う。それが男に対しても口悪く発言して来るのがこの者なのだ。

「あー、面白い!」

男の顔は知らないが、狼狽している気配はヨンにまで伝わりそれが愉快で仕方ない。

――馬鹿が。
そんな不正をした者など、いつの世も大成出来る訳が無いだろうに。

少し静かになり、どうやらウンスが出て来る気配にヨンは迎え様と顔を上げ、ビクリと身体を震わせた。

この感覚は――。

扉が開き、ウンスが此方を見て少し驚く。

「あら、起きるの?」

やはり薄まっているのかと、ヨンはウンスに手を伸ばし抱きしめた。

「また直ぐに来る」
「ええ」

にこりと笑うウンスの頬に手を触れたが、その前に姿は消えてしまい廊下にはウンスだけになった。

「確かに結構長くいたものねぇ・・・どうやって来ているのかしら?」

それよりも未だ呆然としているであろう先輩の顔を思い出し、
フンと鼻で笑うと授業に遅れちゃうわとウンスは研究室を後にしたのだった――。






「・・・・・・・何故だ?」



兵舎の寝台から起き、素早く飯を食べたヨンが再び横になったがあの夢が見れない。


7日経ってもあの夢を見る事は無く、


「・・・どういう事だ?」

呆然とヨンは呆けるしかなかった。



ウンスの夢が見れなくなり、


一ヶ月、

一年、

そして、

三年経ち、

ヨンは何度も試したが、

ウンスがいる場所へ行く事は出来なかった――。






「・・・っはぁ、まただわ」
「どうしました?ユ先生?」

内線の電話を置いた途端、ウンスがため息を吐き出し隣りのデスクの医師が尋ねるとまたよ、とうんざり顔を向けて来た。

「漢江のホテルで行われる勉強会に参加希望していたけど、連れて行くのはオウ医師に決まったからって・・・」
「またですか?」
「結局女に学ばせても仕方ないと考えているんだわ、腹が立つ!」
「結婚したり、子供が産まれたら・・・て事でしょうかね?どこの職業もそこは全く変わらないんですねぇ」
「本当に遅れてる!」

二人の会話を男性医師がちらりと見て来てウンスは更に睨み付け、医師は慌てて目を逸らした。
美人だが性格に難があると言われ数年、ウンスもそんな噂は薄々気付いていた。そもそもそんな話、大学時代から言われており、ある意味開き直ったともいう。
あの後、大学内ではひと騒動あり先輩はやはりキム教授から呼び出しを受けていた。あの若い女性は一年下の学生であの子にも言葉巧みに研究補助と自分の様にレポートを書かせていたらしい。

ただ私と違うのはそれなりにお付き合いがあり、騙された、裏切られたと泣いていたと後から聞き、彼女に対して嫉妬というよりは同情が強くなってしまった。

「熟(つくづく)最低な男だったみたいね」

声を出し、おっとと口に手を当てる。


――・・・私は誰に話しているのか。


「・・・そこにいるの?」

ちらりと横を見ても既に彼の姿は見えないのに、何故か気が付くと話しかける様に声を出してしまう。


『直ぐ戻る』


そう言ってチェヨンが消えてから、もう4年も経っていた。
イマジナリーフレンドと思っていた男と一夜を過ごし、匂いはわからないものの肌の質感も熱い体温もまだ覚えている。


――とはいえ、あれから4年。

――・・・あの人、まだ来ないんだけど。


「・・・まぁ、私も30歳になってしまったし、夢ばかり見るなって事かしら」

あれは若い時に見れる夢だったのだと、
医師になり病院に勤務する様になり日常の忙しさに、偶に彼を忘れそうになる時もある。

・・・そういう事なのだろう。

街を歩きふと顔を上げると、今流行りの占い師達がいるというビルが見えた。

「・・・占ってみようかしら?」

今年中にあの病院を辞めるつもりだ。

現在研究している資料を持って薬品会社や製造受諾先を探す為に来週に控えた展示会に行く前に、そこで上手く契約先、寧ろ素敵な男性なんて見つけたら万々歳だ。

「頼まれた時はムカついたけど・・・、チャンスかもしれないわ。ポジティブに行くのよ、ウンス!」


――きっと、もうチェヨンは来ないだろう。


これから後ろ向きに考えるのはいけない。

ウンスはフンと鼻を鳴らし、
狭い階段を上って薄暗いビル内へと入って行ったのだった――。






「船が無いだと?」


船着場でトルベ達が船守を問い詰めている姿を見て、ため息を吐きヨンは階段を上がって行く。

元に迎えに行った新しい王と王妃は終始無言で、代わりに横にいる男が煩い位に話し出す。さも自分の言葉が王の意思だと言わんばかりの態度に、ヨンも同行したチャン侍医も冷めた眼差しを向けていた。
しかも大雨で足を取られ予定より遅れているが、船が一つも無いなど有り得るだろうか?

「賃金を多めに渡したが、急いでも明日の朝になると・・・」
「脅せばいいだろうが」

チュンソクが戻って来て話す内容に更に苛立ちヨンがそう言うと、それはと困惑の顔を返されもういいと手で払った。
偶然なのか罠なのかもわからない為、早く宮殿に帰らなけばならないのにこの緩さは何なのか。

「隊長、気が漏れていますよ」

壁に背を付け静かに立っていたチャン侍医は、ピリピリとヨンから放っている内功を見て声を掛けて来る。

「なら、あの男を黙らせてくれ」
「チョ参理ですか?」
「何なんだ、王に聞いているのに何故あの者が口を出して来る?」
「小さい頃から世話をしていたと・・・」
「王はまだそんなお年か?」
「隊長・・・」

王に対しての言葉はとチャン侍医に窘められ、黙ったヨンはどかりと床に座り持っている剣を見つめ始める。そうなると途端静かになるヨンにやれやれとチャン侍医はため息を吐き、王達がいる部屋へと入って行った。

――・・・まだなのか?
まだ会う時ではないのか?

あれから何度試してもあの場所へは行けず、時間が空けば部屋に籠り寝るが一日、二日経っても違う夢ばかりだ。中にはメヒがあの木の下に立っている夢もあり、自分は急いでその元まで走り頭を下げていた。すまないと詫び許してくれと頭を地に付け、謝罪した夢を見たがその時のメヒの顔はやはり見えない。
だがこれからも永遠に詫びていくのだろうと、剣の握り部分を見たが巻いた布は何時の間にか何処かに落ちてしまったのか消えていた。


――しかし、あの後ウンスはどうなったのか?

ふと浮かぶのはウンスの顔で、小さい頃、少女の頃、大人になった頃と順々に出て来てあの夜の姿に辿り着く。
白い身体が仄かに赤く染まり、汗ばんだ手を伸ばして執拗いと抗議をする姿に余計興奮してしまった事はあの時ウンスには言えなかった。

漸く二人の心が向き合ったのだと思ったのに・・・。

まさかウンスの身に何かあった訳ではないだろうか?
あの男が報復として来ていたなどとは・・・?


ヨンは剣を抱え立てた膝に顎を乗せ、薄汚れた床の一点をただ見つめていた――。



そして日が落ち。


警戒していた通り敵が旅籠屋の中へと入って来たが、迂達赤隊が待ち構え取り抑えるつもりでいた。

二階の王達がいる部屋にまで入って来た刺客らなど、迂達赤隊の力の半分も無いと一太刀剣で受けヨンには悟ったが――。


それぞれが敵と向き合っていたほんの一瞬。

護衛がいなくなった王妃に刺客が剣を振り下ろし、喉元を斬られた王妃は目の前でガクリと身体が落ちていく。

咄嗟に近くにあった剣を振り投げ刺客の背中に突き刺したが、その向こうの王妃は首を抑え一瞬で顔色を無くしていた。


「王妃様!」

床に崩れ落ちる寸前の王妃の身体をヨンは抱き締め顔を見るが、既に目の焦点は朦朧としゆっくりと瞼を閉じていった。



「あぁ、何て事だ!」


チョイルシンの声に気付き直ぐ様後ろを振り返り王を見たが、呆然とその様子を見ているだけで何の反応もしない。そんな様子に小さく舌打ちをしていると、近付いて来たチャン侍医が何処かに寝かせろと指示をし急いで場所を移したのだった。


「何て体たらくなのか!王妃は魏王の娘ですぞ?
命を落としたらもう高麗が生きる術は無いでしょう!」

黙ったままの王の前で、喧しい程に騒ぐチョイルシンとちらちらと戸惑った眼差しで此方を見て来る王の視線を無視し、ヨンは何時もの体制で剣を見ている。

「高麗は滅ぶらしい、隊長はどう思う?」
「政(まつりごと)を某に聞かれてもわかりませぬ」
「・・・」
「早く、王妃を助けねばなりません!」
「しかし、チャン侍医は最早あれだけ斬られてしまったら無理だという」

服に真っ赤な血を付け王妃の首の血の流れを少しの間だけ止めたと言うチャン侍医は、
それでもとちらりとヨンを見てから話し出す。

「隊長の内功で止めているに過ぎず、暫くすればまた血は溢れて来るでしょう。
そうなったらおそらくは・・・」

弱くなっていく脈だけで、次に出血したら王妃の命は持たないとチャン侍医にはわかっていた。

そして、ヨンにも。

高麗一の医師だと言われているチャン侍医が無理だというのなら、望みは“無”だろう。
部屋内の面々は半ば諦めに近い空気を放っており、それはこれから高麗の滅亡にも関わるのだと王は目を閉じようとしたが――。


「神医だ」


先程煩い声を止めていたチョイルシンが、再び話し出した。王やヨンは少しだけ顔を向けたが、直ぐに再び下を向け、それでも顔をあちこちに向け必死にチョイルシンは訴え続けている。

「神医?あの華佗ですか?」
「私は見たのです!昼間山の上に赤い雲があるのを」

赤い雲?そんなものあっただろうか?

チャン侍医は腕を組みその話を聞き始めたが、彼の自分は見たと興奮気味の話を聞き徐々にチャン侍医も呆れ顔になっていく。


「あの下に神医がいるのです!
神医なら王妃を治して下さるに違いない!」
「・・・そういう事だが・・・」

発言は最早酔狂じみており、王もその判断を決め兼ねている様で視線はヨンに向けていた。

結局はこの判断はヨンが決めろという事なのだろう。


「・・・そこにいるのなら迎えに行くまでです」
「信じるのか?」
「もう手だてが無いのなら・・・行くしかないのでは?」

ヨンの言葉はけして信じている訳ではなく、
王妃を助ける為に少しの可能性にも縋るしかない、
というある意味諦めにも近いものだった――。







ウンスの名前と生年月日が書かれた紙を見て、筮竹(ぜいちく)をジャラジャラと鳴らせながら正面の占い師がそれを机に置き話すが、先程から占い師が話す言葉の意味がわかりそうで全くわからない。

最初は興奮気味に話す占い師にウンスも浮かれて頷いていたが、途中から眉を顰め首を傾げていた。

「・・・だから、それはどういう意味なの?」
「ですから、その門の前に貴方を待つ人がいるのです」
「どこの門の話?」
「それはわかりません」
「・・・」

――・・・階を間違えたわ、多分ここじゃない。

確かにこの江南区のビルによく当たる占い師がいると聞いていたが、それが何の占い師かは調べていなかったと今更ながらにウンスは後悔していた。
易学占いなのか、占星術なのかも怪しい動きで筮竹と本を交互に見ている占い師に引き攣った口元を隠す事なく、ウンスはそこを詳しく教えてと声を上げる。


だが。

「はっきりと見える様なら、それは占いでは無く先見になる。卦(けい)とはそういう物では無いのです」
「あー、そうですか」


――当たらぬも八卦・・・て事?

駄目だと立ち上がったウンスに、待ちなさいと占い師は手を伸ばしまだ質問をして来た。

「先程言った様に、昔の男に思い当たる事はないか?」

出会って来た数ある男性の中で、そんなたいそうな良い条件に当てはまる人など知らないし会った事も無い。
偶に医者としての自分に好意を寄せてくれた人もいたが、食事をすると何故かそのまま終了になってしまうのだ。

・・・どうせ、自分の想像と違うと引いてしまうのだろう。

お淑やかにすればモテるのにと何時も言われたが、そんなのは私じゃないと言いたい事は言うようにしてこの始末になっている。

・・・待てよ?

その中でまだ私に気がある人でもいたのかしら?
今更だけど、研究に興味を持ってくれたとか?

「貴女にはわかっている筈です。本当に思い付きませんか?」

そう問われ椅子から離れて行くウンスに占い師はまだ問いかけて来て、そんなもの無いと、言い返そうとしてウンスはピタリと動きを止めてしまった。

「・・・」

誰かに相談出来るものなら、小さい頃から既にしていただろう。だが、話したところで誰がそれを解明するのか?
自分の精神的状態も疑われる内容を他人に話す気にはなれなかった。

「・・・違う階にも占い師ていますよね?」

あははと乾いた笑いを残し、ウンスはその部屋を後にする。


「・・・むぅ、本当に珍しい気が見えたんだがなぁ・・・」

占い師の言葉は、既に部屋にいないウンスには聞こえていなかった。





《国際医療展示会》

ソウル特別市江南区にあるイベントホールで開催されるそれは、国内外の最新医療機器やまだ病院には出回っていない道具、これから必要であろう開発中の機材等ありとあらゆるメーカー達が病院や海外医療機関に売り込む為、会場いっぱいにブースを立て展示をし招待された医療従事者、関係者に声を掛け契約を得るという催し物であり、
そんな賑やか光景を眺めながらウンスは、自分の仕事をするべく講習会場へと向かっていた。

――・・・結局違う階に行ったけど、そこの手相占いも曖昧な話ばかりで何もわからなかった。
本当に有名な場所なの?

曖昧だらけの内容通り、今日までに何か変化があった訳でも無く契約先も素敵な男性も現れていない。


「ユ先生の仕事は江南病院の美容整形外科のイメージアップにも繋がりますからね。頑張って下さい」

台本があり誰でも出来る事をウンスがする悔しさを知っているのか、単なるデリカシーが無い奴なのか、
自分がオ博士に同行出来る優越感を隠す事無く話し掛けて来たオウ医師を思い出し更にウンスのイライラは増していった。

「どうして、周りはそういう男ばかりなの?」

教壇に今日使うプロジェクターと資料を置き、大きなため息を吐き出す。

どうやら今日は天候もおかしく、遠くで台風も近付いているらしい。テレビで太陽フレア爆発の説明をしており
“大学時代そんな事も習ったな”
と微かに頭を掠めたが、それよりも講習中にいきなり停電などならないで欲しいとそればかり願っていた。

「風も強いし、雨降る前に帰れれば良いけど・・・」

1日休んだらまた何時もと同じ日々が続いていくのだ。
江南病院という望んだ就職先だと思うのに、辛く感じる時があるのはやはりないものねだりが再び出てきているからだろうか?

「・・・・・」

あの時似た様な悩みがあった少年は、立派な男性へと変わっていた。

――・・・彼は何をしているのかな?


隊長として頑張っていれば良いけどね。

そうふと思い、
ウンスは話す為の資料をもう一度見直し始めたのだった。




空は星が見える程に晴れているのに、
何故か風が吹き始めている。


先程まで風も無かったのにとヨンは顔を上げ、真っ暗な夜空を見上げた。
月や星を隠す雲はそんなに無い筈だが、生暖かい風が何処からともなく吹き気持ち悪いとさえ感じてしまう。

「あそこに石仏が!きっとあの場所です!」

先を進むチョイルシンは嬉々として、うっすら見える大きな石仏を指差し興奮気味に声を上げ突き進んで行く。

「なぁ、本当に大丈夫なのか?」

この先に本当に医者がいると思う者はおらず、寧ろチョイルシンの姿に皆心配しているのかヨンの後ろから歩いて来る隊士達からそんな声が漏れていた。
見えた場所は石仏と今は誰も訪れていない様な祭壇めいた祠があり、そこに指示された通りに貢ぎ物を置くと、

「さっさとしろ!・・・では王様、祈りを!」
「・・・あ、ああ」

隊士達を退かし、
祈祷をと言うチョイルシンに王はまだ困惑している様子だった。


そんな時――。

何処からともなく強い風が吹き始め、それは徐々に強くなっていき、
初めにそれに気付いたテマンは、「あっ」と叫び前を凝視する。

ヨンもその風とテマンの視線を辿り前を向くと、何とその風は石仏の下の祭壇から流れている。
だが次には青白い光を含ませた渦となり、台風の目の様に真ん中をぽっかりと空間を開けその場にいた皆は呆然とその光景を眺めるしかなかった。

「あの先に華佗が、神医がいるのです!
早く迎えに行く様指示を!」

王が命令をし、誰かあの中に入る様参理が促しているが、見た事もない風の渦に王も声が出せない。

「それなら貴方が行けばいい」

背中を押されたチョイルシンは何故自分がとばかりに眉を上げ怒り出したが、それを無視しヨンはジッと王を見つめている。

その視線に気付いた王は躊躇しながらもどうかと尋ね、

「王の命令ならば」

と一言返事をすると足を祠へと進ませて行く。

「隊長ー!」

テマンの悲痛な叫び声が背後から聞こえたが、
ヨンは応えず渦へと近付き、
強風に目を細めながらその中へと入って行った。



轟々と風が暴れる音が切れ、
真っ白な空間だと思った瞬間、
ヨンは身体が一瞬宙に浮いた感覚に思わず身体を屈めると、
何故か手は地面を触っている。





「・・・?」



先程までの砂利道では無い手触りに目を開け、
素早く辺りを見渡すとそこは寺の境内の様に広い場所へと変わっていた。


――・・・天門の先に来たのか?

まさか本当に神医がいるという場所に自分は辿り着いたのか?

振り返り上を見上げ石仏が弥勒大仏へと変わっておりヨンは思わず手を合わせる。しかし油断は出来ないと持って来た剣を強く握り、遠くに見える門へと歩こうと足を進めたが、


パシャリ。


「―ッ?!」


背後からの光と音に剣を構え、後ろを振り返ったがそこには誰もいない。気配はまだあるが攻撃的で無い事を感じ、それでも周囲に警戒しながら早く出る為に大股で走り出した。

「・・・何だ、ここは?」

しかし、直ぐに足を止め目の前の光景に目を丸くした。

空に続く様な長い建物は頂上まで明るく、それが密集する様に並んでいる。絵が代わる代わる動き、奇妙な音楽まで流れており、想像していた桃源郷には似ても似つかないと唖然と立ち竦む。

「・・・これが天界だと?」

あのチョ参理が山を登って来る途中、煩く話していた話。
そこに華佗がおり、不老不死の薬をも作っているというが、目が痛い位の眩しさにとても仙人がいる様には思えなかった。

一度寺の境内を抜けそこに近付くも、馬車より速い箱の様な物体が行く手を塞ぎ前に進む事が出来ない。


しかしあの馬車。
似ている。
ウンスがいた場所で走っていた物に。


「・・・まさかな」


眩しい光や異様な形の馬車で前に進めず、結局また境内に戻って来てしまったヨンはどうすれば良いかと悩んでいると、何処から聞こえた声に近付き何かを唱えながら歩いて来る住職の姿を見つけヨンは安堵し声を掛けた。

「もし、住職殿」
「・・・ん、何かな?」
「某はチェヨンと申します。下界から華佗を探す為に天界に来た事をお許し下さい」
「は?お参りに来た方ですか?」
「華佗を探しておりまして・・・」
「華佗?あぁ、医者ですか。医者と申しましてもこの国には色々な医者がおります。
内科、外科、神経外科、整形外科・・・何をお求めかの?」

――ないか?げか?・・・わからない。

しかし、箇所によって医者が分かれているという事なのか。

首は・・・。

「この辺りを治す・・・」

ヨンは首辺りを指で撫でると、住職は直ぐ気付いた様ではいはいと頷いた。

「整形外科ですな?この国はその医者は沢山います。確か今日は正面のCOEXで有名な医者が沢山来ているイベントが開催されております」
「こ、こえ?ですが、先には・・・どの様に行けば良いのかですか?」
「・・・?横断歩道を真っ直ぐ行くだけじゃが」
「真っ直ぐ・・・」

先程途中でわからず帰って来たヨンを知っているかの様な住職の言葉に、ヨンはわかりましたと頷き感謝を述べ再び境内を出て行った。

「何だ?何処かでドッキリの撮影でもしているのかの?」

だったら友人にも教えておいてやるか、住職は止めたばかりのスマホを取り出し電話を掛け始めた。



――ただ真っ直ぐ。

ヨンは正面だけを見つめ、光の中へと歩き出す。

四方から物凄い音や怒鳴り声が聞こえたが、住職の言葉通りに歩くとすんなりその騒がしい道を通り抜ける事が出来た。

「・・・そうか。己の気持ちで進む事が出来るものなのか」

やはり天界の住職は素晴らしいと呟き、ヨンは辿り着いた建物を見上げると大きな絵は女人の顔だけで、
書いてある文字は見た事もなくヨンは躊躇しながらもその中へと入って行く。

外より更に明るい建物内は人も大勢いたが、何より仕組みがわからない道具や像などが勝手に動いている事に、見る度驚き前に進められないでいた。



――ふと。


ヨンは一瞬だけだが、確かに何かを感じ顔を奥へと向けた。



――・・・気のせいか?



知っている“気”を感じたのだが。

いや、知っているというが、
こんな場所で知る気配など
『一人』しか知らない。



展示物から離れ、ヨンは歩き出し更に奥へと進んで行くと頑丈な扉の上に文字が並んでおり中に『切開・手術』等の漢字と、他の場所とは違う静かな雰囲気にこの中に神医がいるのだろうと確信した。

「あの・・・」

横の机に座っていた女人が扉に手を掛けたヨンに慌てて声を掛けるが声を無視し重厚な扉をヨンは押し――。



「・・・・この気は」



先程より濃くなった気に動きを止めてしまう。



しんとした部屋の中、
一人の女人の声だけが室内に響いている。


何度も聞いた懐かしい、高いが自分には心地良い声。


「――・・・この技法は20年前から使われていた手術法でした。
しかし、1つの欠点は長い持続性が、無かった事です――」


部屋は階段の様に下がっており、その先には一人の女人が大勢の前で悠長に説明をしていた。


後ろには人間の顔の皮膚を剥いでいる絵が貼られていたが、何故か少しも気味の悪い光景には見えず寧ろ神々しいものに感じたのは、自分が贔屓目に思っているからだろうか。
漸く会えたウンスは数年前より更に自信を持ち、あの寂しそうな眼差しなど強い意思で覆い隠してしまう程の強い瞳になっていた。


ゆっくりと歩き、
ヨンが教壇をよく見下ろせる位置で止まると、向こうも気付いたのかヨンに視線を向け少しの間、
ぱちぱちと大きな目を数回瞬かせ、動きが緩やかになったウンスは、え?と口を小さく開けている。


「・・・ユウンス」


ウンスはまだ俺が夢を見ているのだと思っているだろうか?


違うと伝えたい。


「・・・漸く来れた。
迎えに行くと言っただろう?」


ヨンは小さく笑みを浮かべジッとウンスを見下ろし、
ウンスはまだ驚いた表情で見上げていた。



しかし、

ざわざわと部屋内の人間も後ろを見上げている事に気付いたウンスは会場内の様子を伺っていたが、
出入口から警備員と関係者が入って来て突然ヨンの腕を掴み講習会場から連れて行ってしまった。



更に騒めく会場内。
小さく咳をし再び説明を始めたウンスだったが、
会場内の誰よりも混乱しているのは確かだった。


――・・・ちょっと待って。
今警備員、チェヨンの腕を掴んでいなかった?


・・・どういう事?

他の人達も彼が見えている様に後ろを振り返っていたのだ。
自分にしか見えていなかったチェヨンの筈が・・・。

いや、
そんな事よりも、
ちょっと?
彼何処に連れて行かれたの?!
何やってんの、チェヨンさん!


それからの残りの講習会はウンスもだが、終始会場内は落ち着きない雰囲気のまま終了したのだった――。






「君さ、何処のイベント関係者?何処かの企業ブース、ではないよね?」


イベント運営会社の職員はヨンを乱暴に椅子に座らせると険しい顔を向け質問したが、
ヨンは初めて見る室内を見渡し呆けた表情のまま答え様とはしなかった。

「仮装するのは構わないけど、ちゃんと許可証は貰っているの?そもそも今日のイベントに時代劇風の展示なんて無いんだがね・・」
「あっ」
「え?何?!」

返事をせず目を動かしているヨンに眉を顰めた職員だったが、彼が急に立ち上がった為驚いた声を上げてしまう。

「この、・・・この中に入る事は出来ますか?」
「中?」

焦り気味に指差し聞いて来たが、ヨンが指しているのは防犯カメラが映し出されている画面であり、その行動に更に顔が曇っていく。

「ここにいる医員に会いたいんです」
「医員?・・・はあ?」

医員?どれだけ役に入り切っているのか知らないが、それで逃げ通そうというつもりなのか?
職員は鼻で笑い再び話し出した。

「まさか前の寺で撮影してるの?こんな血糊まで付けて・・・それも小道具―・」
「触るな」
「ッ、いたた!」

ヨンの格好を揶揄い持っている剣にも手を伸ばした職員だったが、ヨンに手を掴み後ろ手に捻り上げられ突き飛ばされてしまう。軽々と飛ばされ机にぶつかった職員は、近くにいた警備員から警棒を取りヨンへと構え怒り出した。
そんな男を無視し、画面の中にいるウンスを目で追っていたヨンは警棒を振り上げて来た男に剣を一振するが、その間にウンスは箱の絵から消えてしまっている。

「あ・・・」

ヨンが振った剣で警棒は真っ二つに切れたが、切っ先が職員の顔を掠め小さな切り傷を作った為、その場にいた職員や警備員達はヨンを見て硬直し次には慌てて壁側へと逃げていく。

「わぁ!本物だ!!」
「け、警察に連絡を・・・っ!」
「くそ、何処に行った?」

部屋から逃げて行く男達など見もせず、画面から消えてしまったウンスを必死にヨンは探すのだった。




講習会が終了し後片付けを済ませたウンスは、慌てて会場内を探し回っていた。

「何処に連れて行かれたのかしら?」

警備員達がヨンの腕を掴んでいた筈だから、スタッフ室か裏口か・・・。

まさか実物の彼が来たのだろうか?
彼が言っていた地名が本当にあり、そこから来たとか?
だけど、何故何時もあの姿なの?

あれで歩き回ったら確実に職務質問を受けるだろうに。


「連れて行かれたって事は、イベント関係者では無いって事よね?」

あんな仮装した男性が医療関係者ではない事は確か。
それにしても、どうしてこの会場にいるのか?

ウンスがこのイベントに参加している事さえ知らないのだから、偶然かもしれないが来る意味がわからない。

「あぁ、ユ先生。おはようございます!」
「あ、あぁ、どうも」
「今お暇ですか?ユ先生に是非見て頂きたい商品があるんですよ!」
「はあ・・・」

企業ブースを通り過ぎ様としたが、手術道具の展示辺りからウンスを呼ぶ声につい足を止めてしまう。
病院に縫合糸やルーペを卸している業者の為蔑ろには出来ず会場内に視線を向けながらも対応をしていると、何やらバタバタと数人の警備員達が走って行く姿が見えた。

「何かあったんでしょうか?」
「・・・まさか?」

会場奥に走って行く数人の警備員達が何故か緊張している様にも感じ、手に持っていたルーペをテーブルに置く。

・・・嫌な予感がする。

探した方がいいかもし――。




「・・・ユウンス」
「?!」



だが、
少し離れた場所から呼ばれた名前に動きが止まり、
ウンスはゆっくりと後ろを振り返った。




「今時のメーカーは、あんな仮装までして呼び込みするんですねぇ?」

隣りからの質問に返す言葉も思い付かないまま、正面に立つヨンを凝視する。


「・・・チェヨンさん?」
「・・・」

ウンスと名前を呼んだだけで黙っているヨンに、徐々に冷静になっていく。
自分だけでなく、他人にも彼の姿が見えているという。


『直ぐ戻る』
と言われ、4年経った。


どういう意味で彼が言っていたかはわからないが、
本物のチェヨンになり此処にいるという事なのだ。


「・・・まだ、寝ている訳じゃない・・・わよね?」
「・・・ああ」

そう答えヨンは、小さく苦笑したまま少しずつウンスに近付いて行く。
少し疲れた顔色なのは隊長職が大変なのか、それとも歳を取ったからか。
間近で見ると数年前と変わらない彼の空気を感じたが、ただ違うというのなら――。

くすりと笑うウンスにヨンは目を丸くする。

「・・・何だ?」
「チェヨンさんから初めて匂いがするわ」
「・・・」

ウンスの言葉に腕を鼻まで持って行き、確認しているらしい。
彼からは森林の様な葉や土の匂いがし、イメージした匂いそのままな事にウンスは思わず笑っていた――。



「・・・・・」

ウンスの懐かしい笑顔を眺めながら、ヨンもそれには気付いていた。
ウンスに近付く度、花の様なそれでも爽やかな匂いが漂い動くのを躊躇していたのだ。
そして、ウンス本来の匂いを知り数年前を思い出してしまったのは、女気の無い生活を送って来たからだろうと開き直っている。人肌が恋しい等と思っていなかった筈だと思ったが、直ぐ様否定した。

いや、思っていたんだ。

ずっと、ウンスを思い出していたではないか。
また自分が抱きしめる事は出来るのか、
そして、ウンスは自分を心の中に置いてくれているだろうか?

―――と。

抱きしめた事があるのだから、
またしても良いだろうか?


「・・・ユ・」


コホンと小さく咳をし、
ウンスに手を伸ばそうとしたが――。


「あの男です!!」


会場奥に走って行った警備員達が、此方に向かって来た事にウンスは驚いた。
微かに外からパトカーのサイレン音が聞こえる気がし、しかも警備員達はヨンを指差している様にも見えるのだ。

・・・いや、確実にチェヨンを指している。


「あの男が、刃物を振り回しています!」


警備員達の後ろから頬を手で隠し男が叫ぶと、その言葉に企業関係者や歩いていた人達は慌てて逃げ始め騒然とした会場の中、唖然とした顔のウンスと無表情のヨンだけがぽつんと立ち尽くしていた。

「ち、ちょっと・・・」
「何だ?」
「何したの?」
「知らん」
「嘘言わないでよ、あの人怪我しているじゃない!」
「先に襲い掛かって来たのはあの男だったぞ」

――やっぱり何かしていた!

サイレン音はCOEX前で止まったのか、音は止んだが建物全体がピリピリと緊張した空気に包まれたのをウンスは感じ取った。

「・・・チェヨンさん・・・それ本物?」

今更だが随分と立派な剣を握っている事に気付き、ウンスが恐る恐る尋ねると、

「本物で無いと何になるのだ?」
「・・・・・」

師匠から譲り受けた剣が偽物な訳がない。

そう答えたヨンの顔を見上げ、
ウンスはまだ解決出来ていない謎を思い出した。

――・・・チェヨンさんが話す、高麗って、何?

彼の格好、
当たり前の様に持ち運ぶ本物の剣、
話し方と全くのアナログ人間。

確かに小さい頃から突然目の前で消えていた。
だが、今は本物のチェヨンだという。

自分を追い掛けて来た訳では無いが、何故かこの会場にいるのも疑問だ。


「・・・・・チェヨンさんって、何処から来たの?」
「・・・?前も言ったが、高麗・・・――ッ!」

その問いに何かを思い出したヨンは、険しい顔になるとウンスへとそれを向けて来た。

「その前に、喉を斬られた者がいるんだ。
・・・ユウンスは治せるか?」

医者になった事は先程の姿でわかった。
ウンスが治療出来るのなら、これ程頼もしい事はない。

やはり、昔感じた事は正しかった。
これはおそらく偶然の産物では無い。
屋敷の前、学び舎の近く、この広間、
何時も自分はウンスがいる近くに来ている。

小さい時は、自分と同じ悩みを持つ者を欲していたが次からは違う。
悩んだり、苦しくなると俺はウンスを心奥で探していた。

それがわからず、メヒに酷い事をしてしまったのも・・・。


どうか、
ユウンスが“神医”であってくれ。

これ以上離されるのは、俺は無理なんだ。




「・・・それは見てみないと。まず救急車は呼んだの?」

そう質問しながら、何となくだがそれさえも彼はしていないだろうと思っている。

車を知らない彼が救急車など知っているのだろうか?
それに、聞きながらとても不安になるのはどうしてなのか?

彼の話を聞いていく度、まるで遠い世界の話に聞こえてしまうのだ。

「・・・?、誰も呼ぶ等はしていない」
「え?!」
「だから、俺が探しに来た。ユウンスがいるとは思わなかったが、・・・助かった」

ウンスを見て心底安心した顔のヨンに、恥ずかしい様な嬉しい気持ちになると同時に、聞いた自分を叩きたくなるのはどうしてか?

――・・・あぁ、何でだろう?

これは聞いて良かったのかな?

「まずその人を病院に連れて行って・・―」
「無理だ、動かせない」
「え?」
「動かした途端に内功で抑えていた血が溢れてしまう。ユウンスが来てくれ」
「そんな事言われても・・・」

患者を動かす事が難しいのは相当危険な状態になっているのだと思う。
だが、医者のウンスが外で執刀するのは法律的に違反になるのだが・・・。

「手術道具も無い・・・あ・・・」

無い訳ではない。

チラリと横を見れば、溢れる程に医療道具が展示されている。
ウンスの視線に気付いたヨンは、企業ブースに展示されている道具をあちこち見渡した。

「これが道具なのか?」

チャン侍医が使う針と似ていないが、
金属製で出来ている道具を使った治療の絵がその横に貼り出されている。

「必要な物はこれだけか?」
「そんな訳ないでしょう、もっと必要な機材が・・」

「・・・ユ先生?」

少し離れた場所に避難していた営業男性がヨンを気にしながらも恐る恐る声を掛けて来た。

「・・・もしかして、その男性はユ先生のお知り合いですか?」
「え?・・・まぁ・」
「まさか、何かトラブルでここまで・・・?」
「・・・・はぁ?」

この男性の眼差しはウンスとヨンが過去にトラブルがあり、
刃物を持ってここまで来たと疑っているのだと気付き慌てて声を上げるが・・・。

「この道具で間に合うのなら、ユウンス、来て欲しい」
「ッ?!、ちょっと、チェヨンさん!」

早く行こうとウンスの手を取り出したヨンにウンスもだが、見ていた男性や警備員達も驚いた。

「何の道具が必要なんだ?」

近くにあった器具やルーペを、ブースのテーブルに敷いていたクロスで包み始めるヨンに慌てて止めるが、

「早くしなければ、王妃の命が危ない」
「・・・王妃?その人は女性なの?!」

生死の境をさ迷っているのが女性だと知り、
ウンスも焦りながらも小走りで違うブースの消毒液や抗生剤物質などを両手に集め出した。
ヨンと同じ行動をし始めたウンスに男性は困惑し、近付こうとしたが素早くヨンが剣を向けて来る。


「ユ先生っ?!何を・―わあ!!」
「邪魔をするな」

見上げる程の体躯のヨンに男性は慌てて近くのテーブルに隠れ、助けてと叫んでいる。


「ユウンス、早く!」
「で、でも、出るのは無理なんじゃ・・・」

ヨンに手を握られながら二人はイベント会場を出て、
中央フロアまで来たが二人を会場から出すまいとしている機動隊が2階ギャラリーや正面玄関前にずらりと並び、
その様子にウンスはやっぱりと躊躇し始めてしまう。

しかし、ヨンが嘘を言っている訳では無く、女性が重症なのも本当の事だろう。
きっと、これに付いて行ったら自分の医者としての今迄の評価や功績が変わってしまうかもしれない。

・・・あぁ、だけど。


「その女性を離しなさい!」

機動隊員の誰かがヨンに警告を発したが、
それにヨンが従う筈も無く険しい顔になり正面をずっと睨んでいる。


しかし。


「い、いや、その女性も仲間だ!」
「えっ?!」

その声にウンスは驚き後ろを振り返ると、顔を怪我した運営会社の職員と企業ブースの男性が後ろから隠れる様に付いて来ており機動隊を見ていたが、職員はウンスも刃物男の仲間だと声を上げ出す。

「その男は、女性と関係がある!女性も男に協力しているんだ!共犯者だ!」

すると、構えていた機動隊員は二人を取り抑え様とする空気に変わり出し、その雰囲気にウンスは困惑と同時に腹が立った。


「あの営業男!」

病院との契約会社だから親切にしてあげていたというのに、こんな状況になると我が身命が大事で裏切るなど平気なのだろう。
信頼してはいなかったが、結局はウンスという存在もそんな女だと考えていたのだ。

何時も薄い氷面の上を歩いている様な不安を抱えながら、医者として過ごして来た。“この手術が成功すれば”、“この学会で上手く説明出来れば”、なのにウンスには何の順番も回って来る事は無く自分より若い男性医師にチャンスが行ってしまう。

“私は彼の何倍も実績があります。”
“この研究結果を読んで下さい。”

1年間に何回上層部に訴えたか。

だが、
実績は積み重ねても、自分の評価は微妙になり更に遠ざかる。

私だってそんな女になどなりたくなかったのに・・・。

今までの状態で自分に対しての評価はそうだったのだろうと改めて思い知らされた気がした。

「・・・・・」

黙ってしまったウンスの顔を見ていたヨンだったが、
握っている手を更に強く握りしめる。

「・・・結局私は医者に向いていなかったのかな?」
「それはない」
「色々頑張ったけど、報われた事なんて無かった。
平凡な医者としてしか扱われず、研究も誰も興味を持ってくれなかった」
「俺は、昔から考えていた。ユウンスが医者として立派に役目を務めているのだと」
「チェヨンさん・・・」
「だから、あの姿を見て心から安心したんだ。ユウンスなら王妃を治せると」

手を握ったままウンスを見下ろし、ヨンは小さく口角を上げる。


「直ぐ戻ると言って4年経ってしまったが、迎えに来たと言っても良い。・・・来てくれ」


――“俺にはユウンスが必要なんだ。”


「・・・」


「メヒには生涯謝罪していくつもりだ。
・・・俺は、ユウンスを昔から慕っていた、それは変わっていない」

もっと早く気付けば何かが変わっていたのかもしれないが、
医者というウンスを待っていたのならこれで良いとも思っている。


――ただ今は、もうこれ以上ウンスを離すつもりは毛頭無い。


「・・・それを私も気付いていたら、違う考えになっていたかしら?」


苦笑しながらも潤んだ瞳で笑うウンスをヨンは手を引き、身体を寄せウンスの肩に顎を乗せて同じくくすりと笑う。

「いや、俺はウンスが医者になるのを待っていたのだと思う」

会えない数年間でお互い辛い事はあっただろうが、再会出来たのは偶然では無く必然だったのだ。

身体を離し、ヨンはちらりと正面の機動隊に目を移すと、

「少し屈んでいてくれ」
「え?え?」


一体何を?

しかしヨンからピリピリとした空気をすぐ側で感じ、ウンスは頭を抱え屈み身体を小さくした。


床が微妙に振動しているのは何故なのか?

徐々に振動と一緒に館内にはバチバチと変な音まで響き始めていく。


ウンスが何?と顔を少しだけ上げると――。




バンッ!!




激しい突風と光る衝撃音がすぐ側から放たれたと思った途端、
正面玄関にいた機動隊員達は吹き飛び後ろのガラス壁は全て粉々に粉砕されていた。

その衝撃は外にいたパトカーや警察官達にまで届き、車の窓さえも割れている。

その光景に頭が真っ白になったウンスは呆然と立ち尽くしていたが、名前を呼ばれゆっくりとヨンを見上げた。

――・・・え?

今この人が何か出したの?


「行くぞ」
「へ?―・・きゃ!」

突然ウンスの身体を担ぐ様に持ち上げると、砕け散ったガラスの上を大股でヨンは歩き出す。


呻く様に倒れている機動隊員らの横を無表情で通り過ぎて行くヨンに担がれたまま、
ウンスがちらりと後ろを振り返ると隠れていた職員達も唖然とした様子で此方をみている。
営業男性などは頭を抱え床に丸く縮こまって怯えていた。


「・・・何か、少しだけすっきりしたかも」

後々自分の悪口を病院で言うのかもしれないが、
どうせ年内には辞めるつもりだった場所に何の未練も無い。


仲が良かった同僚と引き継ぎだけは少し気にはなったが――。






境内に戻って来るとまだ光の渦は止んでいなかった。

担いでいたウンスを下ろすと、へたり込んでしまい大丈夫か?とヨンも座り様子を伺う。
するとウンスは、ちょっと、と声を上げ少し怒っている様だった。

「何なのあれ!横断歩道、危ないじゃない!
車に轢かれたらどうするのよ!」
「ん?」

きょとんと丸くした目で首を傾げウンスを見て来るヨンに、そうかとウンスは脱力する。

彼は車を知らないのだ。

横断歩道を車が流れる中、歩き進んで行くヨンにウンスは驚愕し、
肩の上で危ないと叫び続けていたがヨンは『真っ直ぐ進めば良いと言われた』と意味不明な事を言いながら渡りきった。

そして何処に行くのかと思えば、正面にある寺の境内に向かい着いた場所は弥勒大仏前だったが、何故かその下が青白く光っている。
先程から想像を遥かに超える出来事に、ウンスの脳もパンクしそうになり乾いていく喉を唾を嚥下し少し潤した。

――・・・本当にチェヨンさんは誰なの?

何処に行くのか?何処から来たのか?

彼を信じていない訳では無いが、はたして行った先は大丈夫な場所なのか?

「・・・チェヨンさんを、信じていいのよね?」
「はい」

すると、ウンスの正面に座ったヨンは
ウンスの手を握りしめジッと強い眼差しを向けると――。


「某は高麗国武士、チェヨン(崔瑩)と申す。
国の武士として、崔家の者として、ユウンスをお守り致していきます」

「・・・そ、それは・・・」

ドキドキと鼓動が激しく鳴る。


――気のせいだろうか?

何故か受けた事も無い
プロポーズの言葉にも聞こえた気がしたけど。


・・・勝手に私が思っただけ?


光の中から一陣の風が吹き、ヨンは立ち上がるとウンスの腰に手を回す。


相変わらず細い腰に先程から少し動揺している自分がおり、強く握りしめない様にしていた。
だが、抱きしめる度にやはり離れるのは無理だと自覚してしまう。


「・・・行くぞ。離れないで」



握った手と腰に力を込め抱き締める様にウンスに寄り添うと、


ヨンとウンスは青白く渦を巻く光の中へと入って行ったのだった――。






空想的幸福論【まとめ・後】終わり
△△△△△△△

【後】まとめを出しました。

空想的という題で、完全に個人が望む展開、話、なんですね(*^^*)
私は思うの。
一目惚れは最強だと😍💘

これはヨンがウンスを迎えに行くまでで一括りです。
(ま、高麗に行っても2人がラブラブしか出てこないからなぁと・・・😏)
一気に読みたい方にはこんな感じのも良いかなと。

何でアメ限にしていたんだっけ?と思い出し、確かこの時期足の骨折で色々めんどくさかったのでしたわ(笑)
・・・まあ、何時のりまワールドでしたが、楽しんで頂けたら嬉しいです♡

読んで下さりありがとうございました😊💞




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