これからのNGOの姿 | NGOのアナログマインド

これからのNGOの姿

2007年05月02日16時05分39秒にjanicのブログ(http://ameblo.jp/janic/page-5.html#main )に投稿したものです。


 日本のNGO界の元気が下降ぎみ、といったコメントを今は多く聞く。日本のNGO業界の基盤は徐々にできているものの、どこか画一的、管理的で昔のような活気がないというのだ。


 日本の中で元気のある、若者たちの目指しているNGOってどんな感じだろう。シナジーの取材もあるので、いろいろな情報や噂をもとに元気のある若者NGO に出会っていくと、確かにおもしろく活気がある。青年ボランティアの参加も多く、そこのスタッフも元気で見ていて楽しい。このあたりに突破口があるのかもしれないと、感じる。ここで団体名を挙げて言うことは控えるが、それらを見ていていくつか共通の傾向があることに最近気づいた。その大まかな特徴を私なりに整理してみた。


(1) 開発援助のプロジェクト管理技術にこだわらず、人間関係が活動にある

 PCM とかPRAといったプロジェクトの質を高めるための欧米の管理技術やトレンドにそれほど敏感ではない。むしろ現場での出会いや感動、そして人間関係をそのまま活動にしている。そのため、「大目標」とか「アウトプット」といった概念整理はそれほどクリアでない。しかし、そういった技術のことを知らないわけでなく、重要視していないようだ。そのため、難しい横文字も少なく、活動の内容は管理モードよりも、より個人的な現地での人間関係や出会いに左右されているように見える。しかし、わかりやすさ、実感の持てる動機が多くの若者に共感を呼んでいる。より現場に近い感覚があるのだ。ワークキャンプなども若い人を交えて実施されている。綺麗にいえば「等身大の活動」サイズに見える。


(2) ビジネス感覚

 寄附や会費に頼っていては持続的な活動の展開は難しいので、ビジネス、例えば手工芸品や食品の販売、イベント企画などに積極的なことだ。その内容も若者感覚にあふれていたり、「がんばっているので、寄附してくださーい」といった以前のモードが少なく、おしゃれで手が出てしまうようなものが多い。マーケティング用語をよく使い、ベンチャー企業のような雰囲気さえある。


(3) 肩の力が抜けている

 昔NGOのスタッフになる若者って、「俺だけが現場を知っている」「この世の中を変えてやる」といった気負いのようなものがあった。しかし、若者NGOスタッフは非常にリラックスしている。人間関係も良好に見えるし、行儀も悪いわけでない。だから性格上の欠点はあまり見つけられない。逆に私自身が反省するような気分にすらなる。「自分が好き」でやっているムードが強い。


 今思うと、私ぐらいの年代あたりから30代後半のNGOスタッフぐらいまでだろうか。欧米から入ってきた開発援助の技術論や難しいタームを必死に追いつき学ぼうとしてきたような気がする。それらは外部から現地コミュニティに入る者の配慮や、預かった資金を効果的に使うためのプロジェクト管理技術が中心だったような気がする。それらを学ぶたび頭の中は整理されるのだが、本当に自分のやりたいこと、実感に基づいた仕事から遠ざかっていったような気がする。NGOを職場としてやっていくる若者も、こうした学びは長けているが、どこか個人的な魅力に欠ける気がするのは、自分たちがそうなっているからだろうか。


 私は開発援助の現場にいて欧米のNGOスタッフが本当に現場にいく回数が少ないことを不思議に思っていた。村の食事だけでなく、トイレや宿泊も控えている様子がよく伝わってきた。当然現地の言語を知っている人が少なかった。逆に開発援助のトレンドを生み出し、マクロな視点で上手な話しをする人が多かった。欧米のNGOは現場から遠い、そんな印象を今でも私は持っている。


 この10年くらい、日本のNGOが西洋の開発援助技術に追いつく時代だったとしたら、元気のある若者NGOはそれを超えた存在なのだろうか。つまり「NGOの日本化」の一部と思っていいのだ。

バングラデシュの犬です