どんなに衝撃的な事件でも、逮捕されて新情報が出て
こなければ、一週間も経てばドコも報道しなくなる。
まるで事件そのものがなかったかのように静まり返るが
起訴、初公判でも始まればまた報道されるようになるんだが
こと、事件が大きければ大きいほど、起訴までの時間が
長くなり、いづれ記憶から消え去ってしまうもの。
平成の事件は平成のうちにってんで、オウムの主要な死刑囚は
平成の時代のうちに葬り去ったわけですが
この事件は間違いなく。令和まで持ち越しされる。
【平成の事件】19人殺害の植松被告 接見19回と手紙34通から見えたゆがんだ正義と心の闇
久しぶりに経過を聞くことができた、聞きたかったんです。
どこまで進んだかが。
事件発生からもうすぐ2年、まだ起訴にすら至っていなくて
それほど精神鑑定など、起訴に持ち込むまでの作業量が膨大
だということがわかるってもんで。(-_-;)
↑の文では、植松被告の真に迫る本音が聞けてとても参考に。
気になった証言をかいつまんで引用します。
>「事件を起こしたことは、今でも間違っていなかったと
思います。意思疎通のできない重度障害者は人の幸せを奪い
不幸をばらまく存在。絶対に安楽死させなければいけない」
なぜこの事件がずっと気になってるかといいますと
被告の言うことはハチャメチャながら、ちょっとだけ心情と
して理解ができるからでして・・・
>「私が殺したのは人ではありません。心失者です」
人ではないとまでは全く思いませんが、心失者という彼の
造語ながら「ですね」と自分も思ってるフシが・・・
>〈私が入浴支援をする際に、入所者の男性が発作を起こし
浴槽で溺れていました。すぐに助けたので大事には至りま
せんでしたが、家族にお礼を言われることもありませんでした〉
〈親でも子どもが何を考えているか分からない、
と漏らしたことも覚えています〉
被害者を一顧だにしないだけでなく、家族にとっても
障害者は不要な存在であるといわんばかりに振る舞う。
遺族は静かな生活を求め、口を閉ざす。
植松被告は「ヒトラーの考えとは違う」と強く否定し
むしろ「リンカーンを超えたかな、と」と言う。
その心は
>「リンカーンは黒人を(奴隷制度から)解放した。
自分は重度障害者を生み育てる恐怖から皆さまを守った、
ということです」
この証言には驚いた。(;゚Д゚)!
私ね、この被告をヒャクパー悪いだのというのは偽善者だと
思うところがありまして、1%でも同意するところがあるほうが
むしろ人間っぽくもあると考えてます。
であるならば、重度”知能”障害者であるにしろ、家族であるなら
24時間看ることも可能ではないか?と、近親者に問わなきゃ
いかんと思うんです。
だけど現実は毎日24時間施設に預かって看てもらってます。
家族だけで四六時中面倒を見ることは不可能だからで
被告の言う「重度”知能”障害者からの開放」という言い方は
乱暴ではあるが、現実そうなのだから言い得て妙であるかと。
いつだったか、”知能”障害者が横断歩道から通行人を
階段へ突き飛ばして死亡させた事件、当然ながら神経薄弱と
して無罪。
その時の管理者責任はどうだったか?は聞いてませんが
家族や施設長が罪に問われたかと言うと、そのような報道も
耳にしてないから無罪なんだろう。
だとしたら、この被害者は全くの”死に損”なわけで
たまたまそこに居合わせただけなのを”不運”という一言で
片付けていいものか?
そこのところも踏まえての「けしからん」という主張も矛盾
してるとは思いませんかね?
> 〈どれだけの金と人手、物資が奪われているかを考え、
泥水をすすり飲み死んでいく子どもを思えば、
心失者の面倒を見ている場合ではありません〉。
記者のもとに届いた手記に、そんな一文があった。
「社会のために、という使命感はどこから来るのか。
人生を賭してまで事件を起こさなければならなかったのか」
と問うと、彼はしばらく考え込んでこう答えた。
「社会の役に立たない重度障害者を支える仕事は、
誰のためにもなっていない。だから自分は社会にとって
役に立たない人間だった。事件を起こして、
やっと役に立てる存在になれたんです」
筆者はこう結ぶ
>ぞっとした。ヒトラーを否定し、自らをリンカーンに重ね
合わせる植松被告の心の深淵をのぞき見た思いがした。
ゆがんだ正義感を振りかざし、周囲からの称賛を疑わず、
心の中の闇を増幅させていったように思えてならない。
その闇にのみ込まれ、いつしか「心失者」になっていたのは
彼自身ではなかったか。
この筆者ね、彼が言う「心失者」と向き合ったことが一度でも
あってこういうのならホンモノだとは思うが
私が少しでも被告の一厘とも理解できる部分は、ホンの少し
ながら「心失者」とニアミスをし、遠くからですが観察した
ことがあるからそう思うものであり、四六時中”心失者”と
向き合ってる施設従業員には頭が下がる思いでもあります。
自分なら半日も持たず逃げ出すであろうことは想像に難くない
ですから。
子育ては大変だと思います。
その証拠に、子育てに行き詰まってノイローゼを患い
自殺する家族もある。
とくに物心がつき始める3才前後から「いやいや期」
親の言うことを全く聞かなくなる時期も逃れなれない通過点
でありますが、それだって”健常児”であればいつまでも続く
ものじゃないから付き合えるってもんでね、
それが「心失者」ではそうはいかない。
これから何十年も「いやいや期」が続くようなもので
それは自分が年老いて体がいうこときかない時期まで、
いや自分が死んでからも、ずっと「いやいや期」が続く、
すると誰かが「いやいや期」と付き合わなければいけない。
だとするなら被告の言う「リンカーンの奴隷解放」じゃないが
言わんとするとこは十分理解できる。
我が市にも県北最大のこのような施設がありますが
まず日常生活でニアミスであろうと接することはありません。
というのも、市内でもとっても辺鄙なところに建てられてて
もっというと、全く人目にすらつかない、まるで”隔離病棟”の
ような場所なんで。
目指して行くほうが困難なくらい、クルマ一台通れるほどの
道幅の曲がりくねって起伏の激しい急勾配の山の上、
もっと言えば、大声で泣こうが叫ぼうが全く近所に聞こえない
くらいの場所にあります。
パッと見、牧場なようでもあるその施設、
なぜそのような人目に全くつかない場所にあるのかが
すべてを語ってるように私には思うんですが・・・m(_ _)m