最近は、人と会うことが本当に減った。

 

コロナとか関係なく、でもきっかけは、コロナで自粛になり、人と合わなくも生きていけるんだなと知れたことは大きい。

 

私たちの意識がいかに、外に向いていたのかが分かる。

 

本当は、一番に自分に意識を向けてあげるべきだったのだ。

 

家族は、同じ共有のスペースに存在するので、意識は少なからず向いてしまう。

 

好意的に向けてあげると幸せがもれなくやってくる。

 

その時々のタイミングで、様々な感情が湧くこともあるが、自分の人生の主導権を他人に委ねてはならない。

 

いつでも、自分の人生の主人公は自分だ。

 

 

父の命日に、母と墓参りした。

 

父は、自分の人生を楽しめただろうか?

 

 

父が亡くなって、死についてを考えるきっかけをいただいた。

 

死の反対は、生。

 

生きること。

 

呼吸すること、食べること、寝ること、繰り返しの日々に、

 

心はいつも幸せを感じられるように、

 

今、やりたいこと、

興味のあること、

好奇心が揺さぶられること、

 

周囲の人が笑顔になれること、

 

まずは自分を、

そして、周囲を、

範囲を拡大していき、

 

世界が平和になりますように、

 

まずは、自分。

 

ここ、大切ですね。

 

優しい人は、他人を優先してしまうし、

これまでの観念が抜けきれないと、癖となって自分を苦しめる。

 

孤独が合っているんだな。

父に似ているかも。

 

 

雨が降りそうな曇り空だったのに、晴れた。

 

お父さん、ありがとう。

 

妹も一緒にきてくれたような気がする。

紫陽花は妹が実家の庭に植えた、唯一の花。

 

6月の父の命日に供えて欲しいという願いだろうか。