星組公演の感想が中途半端なまま、どんどん時がたって記憶が曖昧に…あせるあせる

その記憶をたどる前に、スカステも録画が溜まり、

ようやく、録画していた『ポーの一族』を観ることが出来ました。

劇場でも、二回観劇していましたが、

映像だと、美しいお顔の表情、

その繊細な表現をじっくり見れるのが嬉しいですね~

 

 

ハート花ハートハート花ハートハート花ハート

 

 

赤薔薇明日海りお。

スリムな肢体と、茶色の巻き毛、蒼い目。

どこから観てもエドガーそのもの。キラキラキラキラキラキラ

そして、映像で観るその表情の全て、話す声…何もかもがエドガーでした。

彼女の心の中に、少年のまま永遠の時を生きるエドガーが

しっかりと棲みついていました。

 

バンパネラであることを否定しつつも、そのようにしか生きることが出来ないエドガー、

自分の体の変化と、長い時を生きるうちに降り積もる心の変化、

妹メリーベルへの思い、

獲物として目を付けたアランを、一緒に時を駆ける存在として求めるようになる流れ、

全て、原作から、エドガーが飛び出して、今目の前にいる感覚。目ラブラブ

 

そう、原作者萩尾望都が認め、エドガーを演じることを許された、唯一の存在が、

花組トップ明日海りおでした。

 

 

ピンク薔薇柚香光

柚香光は、実は劇画のアランとは違う印象のルックスなのに、

やっぱり、アランでした。

心根がアラン・トワイライトそのものでした。

自分の身の置きどころの無さに、苦しみもがく姿は、思春期真っただ中の少年そのもの。

本当に自然な演技で、アランの心が痛いほど伝わりました。

 

また、ラストの現代に近いギムナジウムの場面のアランは、

エドガーと時を超えてきた、(ポーの一族になった)事を、

その眼の表情と佇まいだけで、十二分に表現していました!!

 

改めて、この人の演技を好きだと思いました。

 

 

赤薔薇仙名彩世。

彼女のシーラも、その美貌だけではなく、

時を重ね、醸し出されるその妖艶さ、なんとも言えず、惹きつけられる女性という

雰囲気がしっかりと出ていて秀逸でしたキラキラキラキラキラキラ

 

 

他にも、瀬戸かずやポーツネル男爵や、

医師ジャン・クリフォードを演じた鳳月杏。

その婚約者の桜咲彩花。

 

全てのキャストの再現率の高さ。

 

今や、タカラヅカは、二次元の少女漫画を3次元化する事において、

他の追随を許さない完成度だと思います。

 

ハート花ハートハート花ハートハート花ハート

 

 

でも、小池修一郎氏の作劇法と言うか、演出に、

私は、少しもの申したいのです!

 

 ※、明日海さんはじめ、花組生に対してではありませんので、くれぐれも誤解無き様にお願い致します。

 

実はこの気持ちは、『るろうに剣心』の時にも似たものを感じました。

 

生徒の再現率のお蔭で、あまり表面だって感じないかもですが、

作品の世界観の表現がいま一つに感じるのです。

(わビックリマーク言っちゃったビックリマーク

 

宝塚を代表する演出家。

エリザベートや、ロミオ&ジュリエットなど、

海外ミュージカルの日本初演を宝塚で成功させている演出家。

 

その演出家に、一ヅカファンのおばさんが、恐れ多いと自分でも思いますがあせるあせる

この、ポーの一族は、小池氏のタカラヅカ入団のきっかけになった作品で、

ご本人も長年タカラヅカで舞台化するのを夢見てこられたと聞きました。

 

その割に生徒頼みと言うか、演出が、平凡に感じてしまいました。

それは、小池氏の作品をたくさん見てきたので、勝手にこちらが

新鮮味を感じなくなってしまったからでしょうかはてなマーク

ロミジュリやエリザベートなど、宝塚の舞台に息づかせた手腕は、

本当に素晴らしく、作品にもとても感動しますが、

どちらかと言うと小池氏のオリジナル作品とは、

あまり、相性が良くないのかもしれません。あせるあせる

観ているときは、楽しいけど、

後を引かないというか、

繰り返し思い出して、反芻するような舞台ではないかなぁ…と

 

 

原作をリスペクトするなら、作品の世界観をもっと大切に舞台化できたのでは?

 

最もそれを感じたのが、冒頭のポーの村。

 

原作のポーの村は、霧に包まれ、簡単には人を寄せ付けない薔薇の咲きみだれる場所。

「霧が出てきたら、帰れなくなる」

と、エドガー兄妹を捨てに来た者に台詞で言わせていますが、

原作ポーの一族の冒頭の様に、霧を表すスモークを焚いて、

その中に薔薇の枝を折るエドガーと、エドガーを探すメリーベルを

静寂の中で登場させて欲しかったと思いました。

 

賑やかなプロローグは、ミュージカルの冒頭としては、正しいのでしょう。

でも、そのあとに、静かな村を描写して作品の世界へと、誘って欲しかった。

 

彼等の住んでる場所があまりに人間に近い感じなのも、違和感でした。

 

ポーの村という楽園が失われたことから、彼等の彷徨いが始まるので、

この村の雰囲気がとても重要だと思うのです!

 

 

薔薇の花は、映像で見ると細かな造作が施され、電気で光るように作られていて、

凝った作りでした。お金もかかっていそうです。

でも、全体で見ると装飾的すぎて、村の雰囲気を感じさせるものには、

成り得ていなかったようにに思いました。

遠い席から観たら、丸くて赤いので、薔薇と言うより林檎に見えた場面もありました。

 

そう、彼等の主食は薔薇の花。薔薇はとても重要なアイテム。

 

具体的に造花を並べるのも、安っぽく見えてしまうのかもしれませんし、

舞台の転換の事など、考慮されての結果なのだと、頭では理解しているのですが…

 

ハート花ハートハート花ハートハート花ハート

 

 

また、別の提案としては、

ラストのギムナジウムの、エドガーに「メリーベルと言う妹がいた?」と、

クラスメイトのルイス・バードが尋ねるシーンを冒頭に持ってきて、

最後にもう一度、そのシーンに戻るとかしても、面白かったかも!?

 

時間軸を行ったり来たりすると、話が分かりにくくなると、

小池氏は配慮されたのだと思いますが、原作はもっと、行ったり来たり。

 

グレン・スミスや、バイク・ブラウンの子孫を登場させて、台詞で説明するのも、

全てのエピソードを盛り込むには無理があるし、この方法しかなかったと思いますが、

エドガー達が長い時を生きているという事は、彼等の台詞より、

学校の生徒たちの制服や、クラスの雰囲気の違いの方が、より、効果的に

時間の経過を観客に伝えていたと思うので、この場面を繰り返して、強調するのも

面白い演出になったのではと思います。

 

ハート花ハートハート花ハートハート花ハート

 

 

逆に、秀逸だったと思う演出は、『ゆうるりと…』の場面。

馬車の疾走感。 仙名シーラの染み入るような歌声が、ひと時の安息を感じさせ、

生き残ったエドガーと、ポーツネル男爵夫妻が、たった三人、

仮の家族としてこれから生きていくのだという事が、強く伝わりました。

変わりゆく体に戸惑い反発するエドガーは、反抗期の子供の様に馬車を飛び出し、

この後、制御しきれずに花売りの少女を襲ってしまう…

この初めて血を吸う瞬間の明日海エドガーの瞳に、思わずゾクッガーン

 

 

ホテルにポーツネル一家が現れた階段のシーン。

劇画が動き出す瞬間を見た気がしました。ラブラブ合格ラブラブ

 

 

ラスト近く、窓に現れたエドガーが柚香アランに一緒に行くかいはてなマークと、誘うシーン。

クレーンの演出は、ベルばらや、太王四神記でも観ていますが、

今回の、二人が時を超えていくのを表すこの演出は、とても良かったと思います。キラキラキラキラ

 

ハート花ハートハート花ハートハート花ハート

 

 

明日海りおが生き写しのエドガーを演じ、小池氏が形にしたポーの一族は、

素晴らしい成功を収めていて、私も、好きな作品。

だから、手放しで讃えたいけど、

劇場で観たときの違和感は、映像で観ても、やはり、全て払拭できませんでした。

 

また、主題歌は記憶に残るもので、良いと思うのですが、

台詞に音が付いてる感じのところは

ナポレオンや、銀河英雄伝説など、今までの作品とそっくりのメロディーライン。

海外ミュージカルのような、魅力的な音楽とは思えず、

普通に台詞でもいいのではと、思いました。

 

ハート花ハートハート花ハートハート花ハート

 

 

出来上がったものに、色々難癖つけるのは簡単。

なので、ここにこんな風に書くのは、あまり、フェアとは言えないかもしれませんが、

小池氏は大物。

私目線の意見など、取るに足らないどころか、蚊の鳴くほどにも感じないことでしょうから、

自分の感じたことを正直に書かせて頂きました。(笑)

 

小池修一郎様、

タカラジェンヌの様に、

あなたも更に進化して頂きたい!!

私はそれを期待致します!!

 

 

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