目覚めてから

眠りにつく

すべていとおしい

そう思えたの

 

笑うだけで

涙がでたわ

 

ごめん 大げさ?

本当の気持ちよ

あなたは私の奇跡

あなたは私の希望

 

お願い

どこかで笑ってて

それだけでいい

それだけがいいのよ

おひさま~大切なあなたへ / 平原綾香

 

 

2023,5,13土

 

2018年の秋

長男がお腹に来てくれてから

重度の妊娠悪阻に見舞われました

 

水も飲めず1週間で7キロ痩せて

毎日毎日ふらふらしながら点滴に通い

本当に産まれてきてくれるのかって不安と戦っていました。

さすがに痩せこけすぎて水分もなくて

全身カサカサ、髪の毛どんどん抜け落ちる(そして生えない)

横になるだけで全身の骨が布団にあたって痛いっていう感じでしたえーん

 

産まれて初めての極限状態の中

つらくてつらくてどうしようもないながらも

お腹に来てくれた私の可愛い大切な赤ちゃんも頑張ってくれてる!

って思うだけで涙が出ました。

 

そんなとき

平原綾香さんのこの曲を知りました。

 

もう涙がとめどなく溢れて

 

夫に

「水分ただでさえ足りないんだから泣かないで!」

といわれる始末。笑

 

冒頭に載せさせていただいたのはむしろ

長男が生まれてから私が感じたこと。

 

それまで(特にお腹がふんわりしたり胎動を感じた辺りは)

 

 

ひかりがさし

風が泳ぎ

生きてゆけると

そう思えたの

 

出会えた日は

私の記念日

アップ       アップ

 

こんな心境でした。

 

我が家は

 

夫が4月末

子どもの日5月5日

長男5月末

次男7月初

 

なので、超目白押し。

 

先日子どもの日が(次男の初節句)無事終わり

 

次はクラッカー長男のお誕生日飛び出すハート なので

まだまだやることが沢山あります。笑

 

 

長男の初めてのお誕生日は

一生餅を背負って

おばあちゃんと 私の両親と 夫と

みんなでお祝いしたな~立ち上がる

 

もうヨチヨチしていたけど

一生餅は重くてベショベショしていた長男

 

おばあちゃんは一緒にいる数時間で体感百回くらい

 

 

かわいいねぇ

本当にさくらによく似てる

 

 

って言ってくれました。

 

その時の一生餅をおすそ分けしたら

美味しい美味しいってたくさん食べてくれました。

 

あれから3年かぁ…

本当に何もかもあっという間です。

 

今日は夫が

付き合って最初のクリスマスに買った

「鞄のチャックが壊れた泣」 の後

「もう10年以上もつかってるもんな…」 と言っていて

 

 

 

はてなマークはてなマークはてなマークはてなマークはてなマークはてなマークはてなマークはてなマークはてなマーク驚き驚き驚き驚き驚き驚き驚き驚き

 

 

となりました笑

数えてみたら経っていました。

そんなに長く一緒にいるのね・・・・・・

 

でも結婚してから長男出産までの4年間と

長男妊娠してから今日までの4年間では

もう何もかも違いすぎて爆笑特に「濃さ」が…

 

たとえていうならお米のとぎ汁

(本当は1,2回目は水通してすぐ流すけど)

1回目からがっつりといだ感じの色 ←妊娠後から今日まで

 

 

南アルプスの天然水        ←結婚から出産まで

 

くらい違いますな。

うっす!!!!!(薄いわけじゃないんだけど笑)

 

 

クローバー

 

 

自分でも少しずつ

おばあちゃんのこと思い出しても泣き続けたりしなくなってきたな とか

 

このブログも自分の日常を綴れるようになってきたな とか思います。

 

でもせっかく続けられてきてるから

頃合いを見て、タイトルとか変えて続けさせてもらおうかな?

 

どこまで続くかこうご期待笑

 

 

 

僕の大好きな君が 決めたことだから

たぶんさよならを 好きになれるかもしれない

 

休みの日 / Bank Band

 

 

2023,5,11木

 

実は今日、書くことあんまりない笑

とにかく必死で1日終わりました

 

長男は給食を全部「ぴっかりんもぐもぐ」したそうです!

 

次男はベビーカーに乗るたびに寝ていました笑

 

 

 

毎日いろんなことがあるなぁ

 

世の中にはたくさんの人がいるなぁ

 

アメブロを見ていると「同じような人」が沢山いる

私たちはそれらをカテゴライズしがちだけど

 

一人ひとりに目を向けると同じ人なんてどこにもいない

そしてもっと言えば「自分の奥の奥のずーっと深く」を見ていくと

 

 

自分も気づかなった自分

 

にも出会える。

 

でも自分とはあまりにも一緒にいすぎて

自分の小さな変化に気づけなかったり

大事にできなかったり

「自分がそんなことできるわけない」って思ってしまったり

 

しがちだよね。

 

 

クローバー

 

 

私の大好きな「休みの日」

 

僕の大好きな「君」 は多分 恋の相手なんだけど

 

私は実はそこに「自分」が入って

 

「ちゃんと自分で納得して決められる」

「自分が決めたことなんだから大丈夫」

 

 

みんなが自分のこと好きになれると良いな

 

 

って思ってます。

 

 

私が家族に聴いてもらったこと

家族に話せないこともおばあちゃんや

学校や習い事の先生や

大人に聴いてもらってここまでこれたこと

 

今度は私が聴くことでエールを贈りたい

 

大丈夫だよ、あなたはできるよ、

あなたはもっと自分を好きになってあなたの人生を楽しんで!

 

って伝えたい。

 

 

そうしたくてコーチングを学びました。

 

 

 

 

きっと

出会ってきたすべての人たちから

何かしらを伝えてきてもらったこと

 

それを自分がキャッチしてきたこと

そういうすべてで自分は構成されているんだなって思います。

 

 

全然まとまらなーい!!!!!!!!

 

毎日ここに思いを綴らせていただく中で

私の中で整理しきれないことが出てきてしまったおやすみ

 

少しずつまた書かせてください。

 

 

誰かの言葉に 惑わされぬように

そして誰かの痛みから 逃げ出さぬように

 

白いカイト / 柴咲コウ

 

 

原曲 My Little Lover

 

2023,5,10水 はれ

 

今日長男を幼稚園に送っていたら

東京FMから柴咲コウさんカバーver.のこの曲が流れてきた

(住吉美紀さんのブルーオーシャン好きすぎて毎日聴いてます♪)

 

サビの「空は夏の色に染まる」って秀逸すぎませんか?

っていつもサラっと聴きながら思っています。

淡々と進む曲の中で ぐっ っと引き込まれる…

今日思わず車から降りて空を見上げてしまいました。

 

 

クローバー

 

 

私今回のおばあちゃんのこと等などで

人の「痛み」とか「背負ってきたもの」「抜け出せなさ」は

切っても切れないなぁと感じています。

 

 

※ここから先、センシティブ(グロい)表現があるので

 読んでくださる方は気を付けて判断してください

 

横浜大空襲で被災したおばあちゃん

「本当に一面火の海で、桜木町の辺りもみんな「熱い熱い」って

 川に飛び込んでそのまま死体が沢山浮かんでいたよ。

 おばあちゃんも焼夷弾がバラバラ落とされると急いでその辺のバケツの水を

 頭からかぶるんだけど、ボウフラが沢山うようよしていてね、でも

 生きるためにそんなことは言っていられないのよ。

 そして、たくさんの死体をふんずけて走って逃げるの

 怖いとか可哀相とか言ってられない、そうしないと死ぬから

 でも生きようとかそういう…そういうのとも違う、とにかく必死だった」

 

このニコニコの優しいお上品なおばあちゃんの口から

戦争体験者の話」をコピーしたの?っていうような

信じられない

信じたくない

沢山の「実体験」を話してくれたね

 

何十年経ってもそんなの忘れられないよね

 

ずっとそのことだけ考えているわけにもいかないし

でも忘れて「なかったこと」として生きられるわけもない

 

それは誰にでも多かれ少なかれあって

自分の「無意識」のうちのバリアが働いたりすることは多いんじゃないか って

 

だから今私ができるコーチングだけじゃなくて

セラピーとかヒーリングとかも体得していきたいなって思ったのよ。

 

前を向いて進んでいく コーチング と

本来の自分にマイナスの状態から修復していく セラピー と

両方できたら

もっと大切な人たちに寄り添えるんじゃないか と思って。

 

そして

ほかならぬ自分のためにもなるのよね。

 

私がコーチングを勉強してから

  • 自分の何が抵触しているのか
  • 自分が今どんな状態なのか
  • 自分はどうなりたいのか
  • その目的は何か
  • その件の進捗は今どこまでいっているのか

などが俯瞰して見られるようになって

HSPの私がちょっとだけ生きやすくなったから。

 

でも元々

コーチングを知る前はセラピー方面に興味があったのよね

その話をもし今おばあちゃんにしたら

 

「さくらは優しいからねぇ」

 

そして

「それで無理しなさんなよ」 って声が聞こえてきそう笑

 

 

 

おばあちゃん長男は今日プールも頑張ったし

次男は歯がまたちょっと増えそうだし 兄のことを呼ぶしぐさを見せるよ

 

どんどんどんどん成長する息子たち

私も負けずに成長しなくちゃね。

 

・・・部屋の片づけもしなくちゃ。

おばあちゃんとの交換日記

手元にあるのわかっていて

納棺の時に入れるか迷ったんだけど

やっぱり自分で持っていることにしたよ。

 

もうこれは一生捨てられない

 

私が1Kの家に住まなきゃいけなくなっても

絶対死ぬまで持っていようと思います。

 

明日はどんな一日になるかな?

 

 

ああ 負けないで 泣かないで

消えてしまいそうな時は

自分の声を信じ歩けばいいの

 

いつの時代も悲しみを

避けては通れないけれど

笑顔を見せて

今を生きていこう

 

今を生きていこう

 

 

 

2023,5,9火 はれ

 

今、自分が通っていた中学校の近くに住んでいるのだけど

毎朝と夕方登下校する中学生を見ていると

「あーこの子達 たくさん 色んなことがあるんだよなー」

 

って思います。

 

子どもだから何も考えてないとか そんなのは嘘。

 

子どもの方が

経験がない分

自分でできることが限られている分

環境に左右されやすいぶん

やわらかいぶん

 

傷ついたり悩んだりすることが沢山あるんだよな~

 

だって毎日全力だったもの。

 

 

私はそんな多感な時期に

自分の親以外に頼れる大人がいてくれました。

 

1,学校の先生

2,ピアノの先生

3,お習字の先生

 

そしていわずもがな、おばあちゃんの存在花

 

 

今でも急に

部活の女の子たちとなんかうまくいかなくて(何だったかは忘れた)

 

土曜日の午後(今の子は土曜日学校があったこと知らないんだろうな…)

部活までのお弁当の時間、一人で硬くて冷たい廊下に座って

お弁当を食べながらちょっと泣いたこととか思い出すんです…

 

お母さんは「さくらがお友達と楽しく食べられますように」って

思って作ってくれたと思うんだけど

そう思うとごめんねって思って、悲しくて悔しくて淋しくて泣

 

そういう話を

思春期真っただ中の私は自分の親には話せなかったんだけど

 

部活が終わって

お習字に駆け込んで

先生に「どうしたの?元気ない?」って聞いてもらって

 

「あのね・・・」

 

って話せたりすることは

本当に本当にありがたかった。

 

 

おばあちゃんがいつも言ってた

 

ありがとうございます

お世話になります

おそれいります

ごめんなさい

 

これだけはしっかり言えるように っていう教えは

本当に一生大切なことだったなって今でも思います。

 

 

クローバー

 

大人になったらなったで

悲しいこともつらいこともたくさんある

 

からこそ

いつの時代も悲しみを避けて通れないけれど

笑顔を見せて 今を生きていこう

 

の歌詞が突き刺さります。

 

 

今日はさっきテレビ朝日で

 

 

こちらのご夫妻を特集されていて

思わず号泣してしまいました。

 

自分のお子さんを亡くすなんて どれほどおつらかったか

想像できません。

 

 

残された自分の「役割」や

故人からいただいた「想い」の伝承

 

悲しむだけじゃいけないんだなって改めて思いました。

 

いつものことながら

今日あったことをつらつらと…

 

 

どんな小さなことでも

どんなささいな思い出でも

そのすべてに大きな大きな存在を感じます

 

一緒にいるときは感じなかったけど

いなくなってから「存在そのものの影響」を感じるのかな なんて思いました。

 

 

 

 

    

わたしは その手が好きです

ただ 毎日をまっすぐ生きて

わたしたちを育て 旅立たせてくれた

あなたのその手が好きです

 

雨に打たれても土に触って

ひとつひとつ種を蒔く背中は

諦めた夢もきっとあるでしょう

だけどわたしには笑顔で

 

風に吹かれて 泣いて笑い 生きるこの道

あなたの笑顔 それは道標

風に吹かれて 走っています

あなたがくれたこの命の道を

 

わたしは この手が好きです

ほら あなたに よく似ている

わたしたちを育て旅立っていった

あなたの その手が好きです

道標 / 福山雅治

 

 

おばあちゃんが元気だったころ

この歌を初めて聞いておばあちゃんが浮かんだのよ。

 

戦争真っただ中に横浜に引っ越してきたおばあちゃん

生きることに必死で 娘二人を育て上げた

 

おばあちゃんはいろんなこと知ってた

でも昔は女は学校なんて行かせてもらえなかったんだよ って言ってた

 

諦めた夢、きっと沢山あったよね

自分に厳しく 人にやさしく

 

私の大好きな大きなごつごつした両手

私の手も大きくてピアノでドからオクターブ上のドの先の「ミ」まで届くけど

おばあちゃんはもっとぶあつくて大きくてすごい力だった

 

「さくらの手は綺麗な手だね。苦労してない手!」

 

「苦労なんてしなくていいんだよ」

 

っていってくれた。

 

おばあちゃんの苦労なんて計り知れない

でも今の私たちが恵まれてるとか、そういうことは言わなかった

とにかく私たちが、安心で、安全で、何も心配せず

笑っていて欲しいって それだけ思っていつも笑顔で接してくれたね

 

 

 

クローバー

 

 

 

 

2023,5,8月

 

やっとお線香あげに行かれた

おばあちゃんがやっとおうちに帰ってこられた

その一瞬に二回会いに行って

それっきり行かれていなかった

 

「おばあちゃんち」。

 

家では普通に過ごせることが増えたけど

 

おばあちゃんちに行ったらだめだったよー!!!!!!!!!!

だっておばあちゃんの匂いでいっぱいなんだもん。

棺に入れられなかったおばあちゃんの愛用品が

おばあちゃんがよく来ていたお洋服、前掛け、ブローチ・・・

 

おばあちゃん、眼鏡忘れてるよ!!!!!!

金属だから入れられなかった眼鏡

あっちでちゃんと見えてるのかな?大丈夫?

足元見えなくて転ばないでよ!

 

 

 

そんなものでいっぱいだから

 

ひょこっと

台所から

廊下から

「きてくれたの?」 って顔を出してくれそうで

 

「おばあちゃん、べんじょだったよ笑」 っていそいそ手を洗いにいったり

 

「お茶のんでいきなさい!ほら、この前〇〇さんがお菓子贈ってくれて!」

 

って大事にしまってあるかんかんを高いところから降ろそうとしたり

 

 

 

そうやって全部におばあちゃんが詰まっているから

今日も泣いちゃったよ。

 

 

長男は

「〇〇幼稚園にも、おばあちゃん見に来るかな?♪」って

 

もうおばあちゃんの存在を、あり方を、心に留め方を

理解したみたいで、安心したように生活をはじめたよ。

 

私はいつまでもおばあちゃんの面影を

ひょっと出てきてもう子どもじゃない私の頭をなでてくれないか

一緒に笑ったり叱ったりしてくれないかって おもっちゃうんだよ。

 

 

大事にしなきゃ

生きている今日を

一緒にいる家族を

 

当たり前じゃないんだから

 

 

こんなに強く思ってもすぐ忘れちゃう私に

やっぱり喝を入れてほしいなぁ…

 

でもあまあまもおばあちゃんだから

きっとそんな私も許してくれるんだろうな。

 

 

 

はっきり言ってかんたんなサラダ

切って盛るだけのかんたんサラダ

誰でもつくれる それを残さず

食べてくれるあなたが好きよ

あなたにサラダ / DREAMS COME TRUE

 

2023,5,7日

 

今日は超絶風が強くて雨もひどかった

GW最終日

 

夜中からずっと次男が起きまくってて

それなのに5時すぎから覚醒して私は白目…

 

「朝から体がだるおも~」だった

 

昔から

天候に体調メッチャ左右される私

体調悪いと心もなんか落ち込むよね

 

そんな私をいつも心配してくれて

季節の変わり目や天気の悪い日に連絡をくれたおばあちゃん

今は喘息も出てないし、元気だよ。大丈夫だよ!

 

って

心配され続けてきたから

自分の心の中でそれを伝える癖がついちゃってる。

 

あーきっと心配してくれてるだろうな。大丈夫だよー!

 

って。

毎日の中に、旅行先に、眠れない夜に。

 

 

クローバー

 

 

昨日

「明日はシュウマイにしよう!たくさん作ろう!」って言ってたのに

もー全然それどころじゃなかった笑

 

 

日本地図パズルとお相撲ごっこを長男としていたら

 

母「買い物ある?」

私「クッキングシートないからってお願いできますか?」

母「シュウマイやるの?」

私「え!?言ったっけ!?」

 

っていうラインのやりとりがありました。

 

私と母は献立かぶりーずで 結婚してから

 

「きんぴらやったけど食べる?」

「肉じゃがやったけど食べる?」

「ポテサラやったけど食べる?」

「大根と豚バラの煮物やったけど食べる?」

 

らへんがかぶりまくり

 

「豚汁やったけど食べる?」に至っては数え切れぬほど笑い泣き

 

 

天気とか体調とか考えながら

献立たてるからかぶっちゃうんだよね。

 

つまりだ

私 →ラブラブ← 母 

母 →ラブラブ← おばあちゃん

 

 

私 →ラブラブ← 母 →ラブラブ← おばあちゃん

 

 

になって

 

「あれ!?おばあちゃんちも豚汁!?親戚みんな豚汁!?笑い泣き

 

なことが何度もありました。笑

 

 

さて

結局我が家はシュウマイはやらず

母が作ってくれたおすそわけにありつきましたチュー

 

結婚してからは何度か私が作ったものを

おばあちゃんにおすそわけしたり

一緒に食べたりすることがあったけど

 

「あんたの作ったものは、おばあちゃんなんでも美味しい」

 

って目を細めてよく言ってくれました。

 

やだーそうじゃなくて、ちゃんと答えてよー!

 

って言ったけど、きっと本当にそう思ってくれていたんだね。

 

 

クローバー

 

 

今日なぜか長男が相撲やりたいと言い出して

 

先代の愛犬と夕方の散歩しながらおばあちゃんちに寄ると

大相撲をテレビで見ていて

相撲に疎い私が

「楽しいの?」って聞くと

 

楽しいよ っていうときと

別にたのしきゃないわよ っていうときがあったなって思って

 

楽しくないんかーい! って思ったんだよって夫に笑いながら話せました。

 

 

 

 

明日から平日がまた訪れる…

 

私もほどほどに。

みなさんも、ほどほどに。

良い一週間になりますように!

 

    

かなしみは 数えきれないけれど

その向こうできっと あなたに会える

いつも何度でも / 木村弓

 

 

2023,5,6土

 

おばあちゃん

今日はまた泣いちゃったんだよ

しかも、家族全員で泣いちゃったの。

 

何があったかというと

 

夕飯の時

テレビで❝70年ぶりに英国の戴冠式をやる❞って言っていて

 

私「次70年後だったらもう私たちいないねー」

夫「そうだねー100歳越えか…」

私「長男は73歳、次男も70歳だって!笑」

夫「おじいちゃんじゃん!!」

長男「おじいちゃんじゃないよ!男の子!!!」

 

って話してて

 

ふと

自分がいない未来を想像して

私「長男くん、次男くんと仲良く元気で過ごしていてね」 

 

って何気なく言ってちょっと悲しくなったのよ

 

そしたら長男が

ポロポロ涙を流しながら

 

「ママと一緒がいい!!!!ずっと一緒にいる!!!!!!」

 

って

 

もう

いつもとは明らかに違う泣き方しててね

 

最近よくそういうから夫もあんまり気にせず

「ママがいなくなったら悲しいの?」ってばかなこと聞くから

 

顔色変えて泣きじゃくって

長男は優しいし繊細なのに今回色々あってナイーブなんだから

余計なこと言わないでよ!!!!って夫にはきつく言っちゃったよ。

 

「大丈夫だよ、泣かないで。長男が泣くとママも悲しいの」

 

ってポロポロ泣いてたら

 

ますますどんどん涙が溢れて

 

長男も私が悲しいと一緒に悲しくなるんだって。優しいね。

 

家族ってありがたいね。

こんなに大きくなったんだね。

 

 

私は私で

 

もちろん長男がいうとおりにしたいのよ。

 

ずっと一緒にいたい。

 

でもそれは叶わない

「順番」だから

 

って思って

私もおばあちゃんに「順番」の話されたなって思い出したの

 

私のひいおばあちゃんが亡くなった時

一緒におばあちゃんの実家に行ったよね

 

初めてのお葬式だった

そして 人が骨になる っていうことを知った

 

煙突からの煙をみて

お父さんが「お空に帰るんだよ」って言ってた

 

小さかったし

ひいおばあちゃんとはほとんど会ったことがなかったから

悲しいとかさみしいとかとは違うけど

怖かったり みんなの悲しみが伝わってきて ちょっと泣いた

 

全部断片的な記憶なんだけどね。

 

その時におばあちゃんが「順番なの」って言った

お母さんも言ってた気がする

 

「さくらが、おばあちゃんやあんたのお母さんより

 早く逝くのは絶対だめだよ」っていう話もされたよね。

 

 

クローバー

 

 

私はこれまで

 

息子と自分が離れたくない 

自分が死んじゃうってどんな感じなんだろう

淋しい、怖い、不安

 

っていう気持ちは感じたことはあったんだけど

 

今回おばあちゃんとお別れして

おばあちゃんがおばあちゃんの身体だけになって

私たちが病室に取り残された瞬間のあの

悲しみを

痛みを

やるせなさを

 

長男や次男に味あわせたくないな って思ったの

 

それを思ったら私も涙が止まらなくなっちゃった

 

 

おばあちゃんも

私たちがみんなあんなに泣き叫んで、悲しむ様子をみて

きっとつらかったよね。

 

 

私も自分の命が消えるときと消えた後のことを思うと

私がそのあとみんなにしてあげられることがないから

もう本当に 切ないなって思う

 

私は大丈夫だよ みんな元気で仲良くね って伝えられないわけだから。

 

 

今日私と長男で泣いてたら

夫が珍しく涙を浮かべて

「だからみんなで仲良くしようね」 って言ってたよ

 

私も

「ママ元気でいられるように頑張るから

 みんなで元気に仲良く過ごそうね」 って言った

 

いつも次男に意地悪したり「あっちいって」「いなくなって」っていう長男が

 

「ママと次男くんと長男くんとパパと4人でずっと一緒にいたいの!!!」

 

って泣いてたんだよ。

 

 

 

 

 

 

おばあちゃん

私が泣くと悲しいって 子どものころ言ってくれていたね

 

私が泣くと一緒に悲しんでくれる人が

あの頃より増えたんだよ すごいでしょ

 

でもおばあちゃんが悲しくても

私も悲しかったんだよ 一緒だね

 

自分の子をもって 初めて知ること

自分が教わったことを 伝える責任

襷みたいにずっとつながっていく家族と

お互いを大切に思って支えたり大事にする伝統

 

ちゃんと全部生きてるよ 活きてるんだよ

 

 

大丈夫だから 泣かないで

 

って

かけてくれた言葉を あたたかさを 安心感を

息子たちにも伝えていくよ。

 

 

 

ついしん

長男が今日「〇〇おばあちゃんいっぱい遊んでくれたねぇ」って

お風呂からあがったら急に言ってきたのよ

3歳だから

これから成長する上で忘れちゃうかもしれないけど

 

それでも

おばあちゃんのことは忘れないと思うよ。

 

明日で二週間か・・・

毎日早いね。

 

そちらは大丈夫ですか?

明日は雨みたいだから 冷やさないようにしてね。

 

 

ほころんだ場所が この胸にある

悲しみを跨いだ時 できたのかな

ほつれた糸を無意識で引っ張る

するりするりとほどけていった

ほころび / Mr.children

 

2023,5,5金曜日

 

今日はとってもとっても良く晴れて

長男のお友達家族と公園に行ってきたよ

 

公園についた瞬間芝生の香りがむわっ!っとしてきて

みんなのはしゃぎ声と楽しくて嬉しい空気に満ちていて

 

ap bank fesを思い出したんだ

 

 

大学一年生の7月の三連休に初めて参加した

静岡県掛川市の「つま恋」で行われるフェス

 

ちょうど 冒頭の「ほころび」の頃で

公園に足をふみいれた

帽子のつば越しに見えた青空を感じた瞬間に

ap bankをこの曲と一緒に思い出したんだ。

 

おばあちゃんが静岡出身だから

私は静岡出身の人にはすごく親近感を感じるんだけど

 

おばあちゃんの地元から毎年買っていた「シーチキン」も一緒に思い出したの。

 

離乳食にもシーチキン使うから って長男の時に気にしてくれたよね

それで

 

タイトルの

 

シーチキン ってもしかして…

 

だけど

私さきほど大発見をしてね

もしかするともしかして

 

sea 海の 

chicken 鶏肉

ってこと?驚き驚き

 

 

ちがうのかな…

確かにほぐすとチキン感あるよね…

 

おばあちゃんにこの話したら絶対

「ほぉ!!!へぇ!!!!やっぱりさくらは賢いねぇ!!!!!!」って

言ってくれるんだろうな。

 

これ読んでくださってる方は「ふざけてんのか」位に思われるかもしれませんが

 

至って大真面目です。

 

おばあちゃんは

→本当にさくらは賢い、すごい

→さすがおばあちゃんの子だ!

 

って言ってたから笑

 

 

そんなわけで

今日は泣かずにすごせたよ

おばあちゃんとお別れしてから初めて泣かない日だった

 

おばあちゃん

そちらも雨が降ったり晴れたり寒かったり暑かったりしますか?

 

あんまり厳しいのは可哀そうだけど

四季のうつろいをたくさん感じるおばあちゃんだったから

食べ物の楽しみとか

着るもののおしゃれの変化とか

 

そういうものも楽しめるといいな。

 

 

今年はap bank行かれないけど

次は息子たちと一緒に行きたい

 

その時は

おばあちゃんのふるさとに宿をとって

おばあちゃんのお母さんのお墓参りもして

私の「道標」の一人であったおばあちゃんが見ていた景色

感じていた毎日の中で時間を過ごさせてね

 

 

おばあちゃん、私泣かなかったよ!!!!!

淋しくないんじゃない 悲しくないんじゃない

でもちょっとずつ前に進めてる

むしろこれまでよりもっといつもずっとおばあちゃんと一緒にいる気持ち

 

ありがとうね

 

 

 

僕が生き急ぐときには

そっとたしなめておくれよ

 

悲しくて 悲しくて 君の名を呼んでも

めぐり来ぬあの夏の日

君を失くしてから

 

淋しくて 淋しくて 君のこと想うよ

離れても 胸の奥の 友達でいさせて

 

悲しくて 悲しくて 君のこと想うよ

もう二度と 会えなくても 友達と呼ばせて

Hello, my friend / 松任谷由実

 

 

2023,5,4木

 

おばあちゃん

あっという間に10か月になった次男

 

今日思い浮かんでたのはゆーみんのHello, my friendだった

「夏」の歌なのにね

そして恋の歌なのに

 

おばあちゃんと61歳も違うのに

 

なんか友達みたいな感覚があったのよね

勿論大人になってからだけど

 

私はおばあちゃんがお友達から呼ばれているあだ名が好きで

「なんて可愛いんだろう」と思って

それで呼んだりもしたけど

 

どんなに小さな声でおばあちゃんを呼んでも

同じ小さな声で「なぁに?さくら」っていってくれたおばあちゃんが

呼んでも呼んでも泣き叫んでも返事をしてくれなかったあの日

 

頭の中に流れてきたこの曲を

改めて思い出したのかもしれない

 

 

 

長男も「ひいばあちゃん」とか「大ばあば」とかじゃなくて

その あだ名+おばあちゃん で呼んでいるのも

同じ気持ちで呼んでいたんじゃないかなぁって思うよ。

 

そして私が小さいころおばあちゃんを呼んでいたのと同じように

長男の呼びかけに「はぁい」って答えて

いつも一緒に遊んでくれたね

 

ひ孫が8人

おばあちゃんのおかげで

命をつないで

今の私たちがあるんだよ

 

 

クローバー

 

 

 

今日もとってもいいお天気だった

今日を迎えるために3年前の長男の時の写真を見たり

おばあちゃんからのお手紙を読んだりして 結局泣いていたけど

 

今日お母さんがおばあちゃんのお写真を持ってきてくれたから

それを飾って おばあちゃんも一緒の気持ちだったよ

 

次男はめっちゃよく食べて完食したよ

長男は「🎏こいのぼりランチ」を残したけど(笑)

おばあちゃんは「えらいねぇ、可愛いねぇ」ってずっと言ってたね

 

次男にも同じようにいってくれたんだろうなぁ

 

7月に産まれた次男を見るたびに

「あかんぼは神様だよ、天使様なんだよ」って言ってたね

 

自分が入院しても、ぼんぼんは大丈夫?元気?って心配してくれてたね

 

そのぼんぼんたち

確実に成長しているよ!見せたかったよ!

 

次男は今日突然沢山おしゃべりするようになった合格

長男より喜怒哀楽が静かなタイプだけど

まンまンまンまン ってこっちに来てくれたり

大きな声を出して注意を向けたりする姿もこの目に焼き付けるよ

 

これからも大事に一緒に成長していくから 心配しないでね

 

 

クローバー

 

 

毎日この時間、今日あったことと気持ちを書き留めていると

おばあちゃんがどんな風だったか

「なんとなく」じゃなくて「ハッキリと」思い出すことができます

 

読んでくださった方

登録してくださった方

ありがとうございます

 

明日も良い日になりますように!

 

2023,5,3,水

 

今日も温かかった

今日はおばあちゃんの家の近くの大きな公園に

朝から家族4人でいきました

 

長男が「〇〇ちゃんおばあちゃんち」って言ってたのに

 

わかってか、わからずか

「〇〇しゃんち(叔母のあだ名)」っていっていたよ

 

だけど確かに❝お別れ❞っていう言葉に敏感になっている

お通夜で「おばあちゃんにお別れしようね」って言ったからかな

 

さっきも突然「ママ、どこにも行かないでずっと一緒にいて」って

急に泣き出したんだよ

 

 

 

 

クローバー

 

 

長男の育休中、よくその公園に行って

帰りにおばあちゃんちに寄ったりしたね

そのころにはコロナが始まっていたから

思うようには寄れなかったけど

 

長男の赤ちゃんの頃と私の赤ちゃんの頃がよく似ていたこともあって

おばあちゃんは本当に本当にかわいがってくれた

 

明日は一日早いけど

次男の初節句を家でやるよ

 

去年はお腹が重いやらまたつわりがあるやらで

うちではできなくて

実家におばあちゃんと我々呼んでもらって

みんなでごはんを食べたね

私が作った茶碗蒸しを最初に「美味しい美味しい」って食べてくれて

 

長男にお寿司をあげてくれて。

 

google photo って便利だわ

一年前の今日を思い出すのに役に立ちまくっている!

 

おばあちゃんが亡くなってから

次男と、私と、おばあちゃんの写真が1枚もないことに気づいて

絶望してしまった

 

産まれてからはそのことに精いっぱいで一緒に撮ってっていえなかった

 

それで「今を後回しにしなきゃいけない瞬間がある」って最近思うのよ

確か最初に会いに来てくれた日、夫がもう帰ってくるから

実家の車をどかさなきゃいけなくて慌ててたんだよね

だから3人の写真がないのよ

そんなこと

次男の一生に一回の出来事から見たら

本当にどうでも良いことなのにね

 

小さなことを気にして

大事なことを疎かにしてしまう

ところがあるよね

 

・・・肝に銘じます

 

明日はおばあちゃんもお空からお祝いしてね