7年

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今日で東日本大震災から7年ですね。


いつも適切な言葉を探すのに苦労して、その度に臆病になって言葉を引っ込めてしまいますが、今日はそんな弱さに打ち勝って書きたいと思います。


7年という年月のなかで、街は新しい姿に生まれ変わりつつあります。


原発事故のあった福島の避難区域に指定されていた、浪江町、飯館村、川俣町、富岡町の4町村は、避難指示が解除されてまもなく1年になります。


それでも課題は多く、再び街に戻ってくる人は少ないと聞きます。戻って生活してらっしゃる方々にお会いしたことがありますが、みなさんとても元気でした。でも表には見えない不安、心配をたくさん抱えてらっしゃるのだろうなと思いました。


去年の8月12日に飯館村に「いいたで村道の駅 までい館」がオープンしました。


避難区域にあった村に道の駅ができたということは福島県民に、そして飯館村の方々に多くの希望をもたらしたと思います。


街を生き返らせようという、飯館村の強い意志とすさまじい情熱、その力の結晶が道の駅なんだと思いました。


飯館村には「までい」という文化があります。


手間を惜しまず、丁寧に、心を込めて相手を思いやる姿を「までい」といいます。


厳しい環境の中で働いて生活してきたからこそ、共に暮らす人々を労わり、相手を心から思いやるという気持ちが生まれたのだと思います。


厳しい環境の中で生まれたのが、物ではなく心だったということに、驚いたのを今でも鮮明に覚えています。


キレイな言葉を並べても、それが誰かのお家を建てられるわけでも、生活の足しのお金を届けられる訳でもないのだけれど、


「までい」は飯館村の何より素晴らしい宝物です。


そして本当にきれいな村なのです。


「までい」がある限り、飯館村は進んでいくと思います。


この7年で私は、何もできないと嘆く自分より、知って傷つく自分になればいいと思うようになりました。


それ1つ気付くのに7年もかかるなんて、なんてバカなんだろうと思います。


私が例えで申し訳ないのですが、1人の人間が1つ変わるのにこれだけ時間がかかるのに、街はなんというスピードで変化していくのだろう、と、その姿を力強くたくましく眩しいとすら思います。


飯館村の村のゆるキャラ「イイタネちゃん」と一緒に、テーマソング「笑顔のタネ」を歌って踊らせて頂きました。


歌詞に


きっとそう
どんなタネを植えるかが大事になんじゃなくて
誰かを幸せにしたい
その想いが
みんなを笑顔にする花になるんだ


とあります。


想いから始まっていくから大丈夫だよ。
と、背中を押してもらえる曲だなと思います。


私はたくさん方に笑ってもらえるように邁進していきたいです。毎年毎年同じことを言ってるんですが。


たんぽぽっていう笑いの花もたくさん咲かせたいと思います!!


夢は福島でライブできるようになること。
 

そのためにはまずはネタ!
笑いのタネ!ネタ!を探したいと思います!


復興にご尽力下さっている、県内県外のみなさん本当にありがとうございます。


そして福島のみなさん、
いつもありがとうございます!!