前回の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました。

仕事の都合で1ヶ月も留守にしてしまいまして、やっと帰ってきました。

 

今回、紹介するのは松本城の天守(渡櫓・乾小天守・辰巳附櫓・月見櫓)です。

 

松本城天守は日本に残る12件の城郭天守でも、特に国宝に指定された5件のうちの一件です。

 

松本城天守 大天守、渡櫓、乾小天守(西から)

 

黒い姿が印象的…

 

「どーだ、息子よ。国宝の天守を見に来たんだぜ!」

「うん、カッコいい!」

 

そうだろ、そうだろう。

 

「父ちゃん、黒い天守って古いんだろ?」

「おう、よく言われるな。黒いのは黒漆を塗っていて、木造なんだって。

関ケ原以前に建てられたって説が強いな。必ずしもそうでないとも言われているらしいが。」

「ふーん…。」

 

なんて会話をしながら黒門から本丸内へ…。

 

松本城天守 大天守、渡櫓、乾小天守、辰巳附櫓、月見櫓(本丸内から)

 

本丸から見る天守は、小天守や櫓群も見渡せてカッコいいです。

渡櫓や乾小天守は大天守と同時に建てられたようですが、辰巳附櫓と月見櫓は後から増築されたそうです。

平和な時代が来て、気持ちに余裕ができた象徴ということなのでしょう。

 

大天守の真下まで来ると、どっしり構えた豪壮さに感嘆の息が出ます。

 

松本城天守 大天守

 

そして渡櫓と乾小天守。こちらは普段、立ち入ることができません。

残念。

 

外から見る渡櫓と乾小天守だけでご容赦ください。

 

渡櫓と乾小天守(西から)

 

乾小天守(本丸内から)

 

天守入口からは大天守下の石垣と石落としを間近から見ることができます。

石垣は勾配が急ではありませんが、野面積みが見事です。

 

大天守下の石垣と石落とし

 

そして、石落とし。

 

「息子よ、あれが石落としだ。あそこから石垣を登ってくる敵に石や鉄砲を浴びせるんだぜ。」

「知ってるよ、姫路城で見たもん。蓋があるんだよね。」

 

ぐっ……。

 

そうだった、妻と息子は二人で私を差し置いて姫路城を見ているんだった!

(私は姫路城と縁が薄く、仕事などで近くへ行くことはあっても未だに城へ行ったことはないんです。)

 

「フッ、姫路城よりこっちの方が古いんだぜ。」

「あっそう…。」

 

ぐっ………………。

 

古さに価値を見出さないのか、我が息子は。

 

 

そうこう言っているうちに、天守の中へ。

 

大天守2階は展示室になっていました。

 

大天守2階の梁、貫と肘木

 

展示もいいのですが、天井の巨大な梁や肘木に驚きながら進んでいきました。

 

(父)「おい見ろよ、息子よ。でっかい組み物じゃねえか。大きな天守を支えるには、こんなデカい木が必要なんだな。」

(息子)「すごいねぇ~。」

 

(父)「あそこの木(貫)に、チマチマと削ったような跡があるだろ?あれ、なんでか知ってるか?」

(息子)「なんで?」

 

(父)「昔は材木の仕上げに、今の平鉋(かんな)とは違う道具で削ってたんだ。」

(息子)「へぇー。」

(父)「槍鉋っつってな、槍の先のような道具で削ってたんだ。それと手斧とかさ。古い建物の証拠さ。」

(息子)「ふーん、そうなんだ。」

 

……実際には、あまり関心がなさそうです。

 

続いて3階へ。

 

大天守3階

 

3階は急に柱が細くなります。

なんでも、この階は表からは見えないように造られた隠し階だそう。

万が一、敵に攻められた際に味方の兵を隠しておくための部屋になっているんでしょうか。

 

細い柱を多数建て、空間を広くとっているところに実戦的なモノを感じます。

 

大天守4階

 

天守4階は「御座所」とありました。

緊急時、城主が滞在できるようにした部屋のようです。

そのため、梁や長押が平鉋で丁寧に仕上げられています。

 

そして5階。

 

大天守5階

 

通風や採光に工夫が見られます。重臣たちの居所となる部屋のようです。

千鳥破風の下に窓があったりします。

 

大天守5階の千鳥破風内

 

そしていよいよ、最上階の6階へ。

 

大天守6階の屋根裏

 

大天守6階は梁や垂木がよく観察できます。

よく見ると屋根裏に神棚がありました。

 

これも古い天守の特徴なんだとか。

 

大天守6階からの眺望

 

眺めも抜群で、遠く北アルプスまでも見えます。

ただし、上の写真は北アルプスとは逆方向を見ていて、本丸内の様子を映しています。

 

 

高みから下界を眺めて戦国武将の気分を十分に味わったら、一旦下層へ降りてきます。

続いては辰巳附櫓と月見櫓へ。

 

辰巳附櫓(右)と月見櫓

 

外観は上の写真のようになります。

後から増築されたといいますが、見事に大天守、小天守と調和して見えます。

 

これらの建物は大坂の陣以降、寛永年間(1624~1644)に建てられたとされています。

なので、武骨な大天守・小天守と違い、風流を取り入れた風雅な雰囲気を漂わせる建物になっています。

 

そこを調和させてしまうのが、日本建築のすばらしさだと思います。

 

辰巳附櫓の天井

 

辰巳附櫓の花頭窓

 

(父)「花頭窓があるよ。大天守とはだいぶ趣が違うね。」

(息子)「そうだね。」

(父)「大天守とこっち、どっちがいい?」

(息子)「うーん、どっちも!」

(父)「そうかそうか、お父さんもだよ。」

(息子)「どっちもカッコいい!」

 

月見櫓の内部

 

月見櫓は開放的な造りになってまして、接待などに使うためともいわれているようです。

 

一通り、古い国宝の天守を堪能しまして、私たちは松本城を後にしたのでした。

 

 

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松本城天守 渡櫓 乾小天守 辰巳附櫓 月見櫓昭和27年3月・国宝指定 長野県松本市丸の内

 

松本城天守は大天守だけでなく、渡櫓や乾小天守、辰巳附櫓、月見櫓などが一括して遺存しています。大天守・渡櫓・乾小天守は文禄3(1594)年頃着手、慶長年間(1596~16159初期に竣工、辰巳附櫓と月見櫓については寛永年間(1624~44)に建てられたというのが有力です。一見して黒い建物であることが目立ちますが、これは木造の外壁に防腐目的の黒漆が塗られているためであり、ほかにも五層六階建てであるなど全体に古式な部分があります。そのため、よく言われる「望楼式天守」と「層塔式天守」の両方の特徴を備えているとされ、城郭建築の発展過程を研究する上でも貴重とされています。

 

 

 

参考文献:

『日本の国宝』週刊朝日百科 85巻、朝日新聞社(1998)

『日本の名城・古城事典』南條範夫、奈良本辰也 監修、TBSブリタニカ(1989)

 

 

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