「風の電話」 佐々木格 | 瞬間(とき)の栞 

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「多くの方がなぜ「風の電話」に来るのか、

 

来たいとと思うのか・・・・・・大切な人を

 

亡くした方には分かっているのだと思う。

 

「風の電話」に来て、線のつながっていない

 

黒電話で話しかけるのは、その亡くなった人に

 

対する「祈り」なのだと・・・・・・そして、それが

 

自分の癒しに繋がっているのだということを

 

理解されているのだと思う。」

 

 

 

 

 

 

 

「風の電話」 佐々木格

 

 

 

 

 

 

今日は、東日本大震災が起こって

7年目。

 

 

 

昨日は、「風の電話」をもとに作られた

いもとようこさんの絵本の記事を

書かせて頂きました。

 

 

 

僕が、「風の電話ボックス」のことを

知ったのは、NHKで「風の電話」の

放送を見たことによります。

 

 

 

今日は、「風の電話ボックス」を、ご自宅の

庭に作られた、佐々木格さんご本人の著作

からご紹介します。

 

 

 

風の電話は心で話します
静かに目を閉じ 耳を澄ましてください
風の音が又は浪の音が或いは小鳥のさえずりが
聞こえてきたなら あなたの想いを伝えて下さい
 

 

 

 

「会えなくなった人へ想いを伝えたい・・・・・・」
ひとりきりになって、電話をかけるように、

相手に想いを伝える空間をつくり、大切な

人を亡くしたり、会えなくなってしまった人たち

に、その『場』を提供したい・・・・・・

 

 

 

見えるものだけをみる、聞こえるものだけを

きくのではなく、目を閉じ想像力を働かせる

ことで見えないものも観え、聞こえなかった

ものも聴こえてくる。

 

 

 

自分の考えが、心の部分ではっきりと

見えてくる。

 

 

 

何千年、何万年前のことも想像力を働かせ

感性で見ることができる。

 

 

 

現代のように知識や技術が発達している

社会こそ、感性を磨き「心で見る、心で聞く」

ことが大切になっているのではないだろうか。

 

 

 

 

そんな想いから、「風の電話ボックス」は

誕生しました。

 

 

 

それまで佐々木さんは、田舎暮らしの夢を

ずっと抱いていたそうです。。

 

 

 

その夢が、現実味を帯びてきたのは、

1998年、9月、佐々木さんが希望していた

土地を手にしたことでした。

 

 

 

そこで、ガーデンをつくり、グリーン

が活きいきするガーデンのオブジェとして、

電話ボックスを置くことを考えました。

 

 

 

ガーデンのオブジェから、亡くなった人への

想いを伝える「風の電話ボックス」に発想が

切り替わったのは、従兄のヒロさんの闘病生活と、

その後のヒロさんの死でした。

 

 

 

悲しみの中、ヒロさんに話をしたいと

きっと思われたのでしょう。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

2011年4月20日、「風の電話」が

完成しました。

 

 

 

東日本大震災の約1ヶ月後のことです。

 

 

 

震災と犠牲者を目の当たりにした佐々木さんは、

こう語っています。

 

 

 

なぜ幸せの絶頂にあり結婚式を間近に

控えた二人が、犠牲にならなければ

ならなかったか。

 

 

 

なぜ、わが子の誕生を待ち望んでいた

妊婦が、犠牲にならなければならなかったか。

 

 

 

なぜ、まだ歩くこともできない赤ん坊を、

母親の手から奪っていかなければ

ならなかったか。

 

 

 

なぜ、小学校の入学を前にランドセルを

背負い、楽しみにしていた子供が犠牲に

ならなければならなかったか。

 

 

 

なぜ、寝たきりで動くことが出来ない病人や

お年寄りが、犠牲にならなければならなかったか。

 

 

 

このかけがえのない人達が一体何をしたというのだ。

どんな罪を犯したというのか。

何の報いで、これほどの恐怖と苦しみ、悲痛を

受けなければならないのか。

 

 

 

従兄の死から発想した「風の電話」。

震災で大切な人を亡くされた方に、今こそ

重要な意味を持つと、佐々木さんは考えました。

 

 

 

 

ある時、

 

 

 

 

高野山のお坊さんが来られました。

 

 

 

 

「この電話ボックスは良い場所にありますね」

とお坊さんは言いました。

 

 

 

つづけて、福井県で起こった災害後の

お話をされました。

 

 

 

 

「災害後心のケアが必要だと町の中に

相談所を設けたのですが、誰一人として

相談に訪れる人はいませんでした。

 

 

 

ケアを必要とする人たちの悲しみ、苦悩

する姿を見られたくないという心理状態を

理解せず、形を整えても駄目なのです。

 

 

 

ですから、どこにあっても良いというわけ

ではないのです。その点ここの電話は

ケアを受ける人の気持ちを解っていると

思います」

 

 

 

こうして、東日本大震災から7年が経ち、

たくさんの悲しみに、「風の電話」は

寄り添ってきました。

 

 

 

電話ボックスの中の、ダイヤル式の黒電話

のとなりに、ノートが置かれています。

 

 

 

2014・5・13

 

お母さんへ

独りでも生きていけるよう、強い子に育てていくのが

私の子育て。と言って私を育ててくれました。

お父さん、お母さんが亡くなり、兄弟もなく

仲の良い友達が何人も亡くなってしまうと

本当に淋しくて、こちらで独りがんばっている

ことが苦しくなります。

親しい人が多いそちらに行きたくなることが

度々あります。

お母さんに会える日まで、私がこちらで頑張って

生きていけるよう見守っていてください。

会いたいです夢でもいいから会いたいです。

 

 

 

2014・6・12

 

父ちゃんしばらくだね、二人で話しするのも

涙になってなにを話していいか頭に出ない。

一日でいいから夢ではっきり会いたいよ。

 

 

 

2015・3・5

 

お父さん、お母さんどうしていますか?

私たちは皆元気でいますので安心してください。

また会いたい・・・・・・あいたいです。

やっと来ましたよ!

もうすぐまた3・11がやって来ます。

元気でいますから安心して見守っていて

下さいね!

お母さんの誕生日

ここにこれて良かったよ!

 

(「風の電話」ノートより 出典:「風の電話」)

 

 

 

 

他にも、ノートには、遺族の「会いたい」という

思いがいっぱいに綴られていました。

 

 

 

 

泣きたいときには何時でも「風の電話」に来て、

思い切り泣いていけばいい。

 

 

 

やがて思い出を慈しむ〝あたたかな涙〟に

変わる時が来るだろう。

 

 

 

また何度来ても電話を取れない人、ボックスに入る

気持ちになれない人など悲しみ、苦しみ、辛さ、

悔しさは個人差が大きく、心の復興には何時それ

何時までに元の日常を取り戻す、と期日を設定する

ことは難しく、長い寄り添いが必要になる。

 

 

 

「風の電話」を訊ね来られる方に静かに寄り添って

「よく来たね」「大丈夫ですよ」と声をかけてあげなければ

ならない方がまだ大勢いる。

 

 

 

それらの方々に想いをかけ、思いをはせることを常に

心せねばならない。

 

 

 

 

 

今、「自分にできることは何なのか」

を心に問いかけ、耳を傾けるということ、

今、「誰かに寄り添う」ということが、

とても速く過ぎ去る時間の中で、かなりの

割合で見失なわれているのではないか

ということを、真剣に考えさせられた本でした。

 

 

 

 

「風の電話」という場は、深い悲しみのなかに

ある方々が、本来持っているご自分の生活力を

取り戻すため、自分が主体的に行動することを

促していくところである。

 

 

 

その結果、人々は、自らの力で、自身の

治癒力を呼び覚まし、過去から将来へと

意識の向け換えが出来るようになると

考える。

 

 

 

 

 

【出典】

 

「風の電話」 佐々木格 風間書房

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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