運転免許の教習所に通い始めたばかりの頃
「周りにこんなにいっぱい道路標識って
あるんだ」と驚いたのを覚えてます
意識して気にしだして見てみると
道路標識がこんなにも
目に入って来るのよね
鬱病も同じ
気にしだすと
「こんなにも自分はダメなんた」って
マイナス要因ばかりが
目に入って来るのよね
ダメだな ダメだな って
また自然と涙が溢れて来ちゃうの
鬱病の終活として
カメラに興味を持ち
「何を撮ろうかな」って
例えば自分の好きな物や
街の何気なくも素敵な風景とか
レトロな街並みとか
ま ここでは「小さな幸せ」としておくね
「カメラで撮れる小さな幸せ」
それを意識探して行くうちに
道路標識の様に
「小さな幸せ」が
目に入って来る様になるのよ
「小さな幸せ」を探して行く内に
消える為のHow-toを考えるよりも
「何を撮ろうかな」って考える事が
多くなって来たの
終活として始めたので
写真はある意味
「自分が生きていた証」
「小さな幸せ」を探す行為が
鬱病と付き合って行く
とても良いリハビリになったのだと
今振り返ってそう思うよ