さてさて

前回お話しした通り

OBAとの出会いをお話ししましょう

現在、日本のストリートダンサーで知らない人はいないであろう

ポッパーにはたまらないダンスチーム

"Rhythmalism"

その中のOBAはオレが渡米した3ヶ月後に渡米してきました

お互い、New YorkのBroadway Dance Center(BDC)の留学プログラムISVP(international student visa program)に入っていました

当時BDCにはstudent showcaseと言って定期的なショーケースがありました

今もあるのかな?

オレは毎回ソロで出ていたんですがOBAが入学してきた時のショーケース後に彼に声をかけられました

「SHUNさん、ポップとタップ、一緒にやったら面白くないっすか?」

当時、そんなことやってるやついなかったし、そんな考えは頭に微塵も無かったオレには衝撃でした

そして、すぐにチームを組み

次のショーケースにはもう2人で出演してました

{7A60D02B-F7B3-413A-96DE-9A4CBFECE9BD:01}

すごかったのは

なんの見本も無いまま試行錯誤と熱量だけでやって

大絶賛を浴びるというミラクルを起こしたこと

それから2人はジムのスタジオで夜な夜な深夜に練習したりリハしたりしていました

次から次へとイベント出演のオファーがきてたくさん踊ったのを覚えています

中でも印象深いのは

BDC全体の発表会にゲストで出演したこと

今は移転して小さくなってしまったけど

当時、57th streetにあったBDCはNew Yorkで1番大きいダンススクールでした

その発表会にゲストで出演したのは

オレとOBA

そして

ジョンテ
マウウェイ
ジェイミー
ジョアンナ
ルアム
ラジョン
デーナ
など有名ダンサーが所属する
ラプソディー(Rhapsody)カンパニー

この2チームだけでした

オレもOBAも当時18歳、19歳とかでした

あのスタンディングオベーションは忘れられない


あと

オレとOBAが挑んだ

エンターテイメントの世界大会
(ダンサー、シンガー、アクター、ミュージシャンなどエンターテイナーであれば参加可能)

この大会で日本人、さらにダンサーで唯一

ベスト4になれたこと

さらに、その後おこなわれた日本での優勝者来日イベントにスペシャルゲストとした呼ばれたこと

この2つは本当にオレ達を成長させてくれたなぁ

それもこれも

オレらがNew Yorkのエンタメ界でやれたのは

それらのノウハウをつきっきりでオレらに叩き込んでくれた

今は亡きフランク・ハチェットがいたから

感謝しています



オレとOBAがNew Yorkで想い描いていた絵がある

「いつか、色んなジャンルのやつ集めてチーム作りたいな」

このお話しはあの伝説のチームができるまだまだ前のお話し