日向修二製作所

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日向修二のサークル、日向修二製作所のブログです。創作活動について書いていきます。

シン・エヴァンゲリオン劇場版を見てきたのでその感想。

当然のようにネタバレしますのでご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に言っておくと、僕のエヴァの履修は、

 

・旧劇場版(動画配信サイトで視聴)

・TV版(同上)

・漫画版(だいたいリアルタイムでコミックス購入)

・新劇場版(すべて映画館で視聴)

 

という感じです。スピンオフ系(碇シンジ育成計画とか)は全然手を出していません。

漫画版は最終巻だけ読んでなかったのでついこの間読みました。もっと早く読んでおくべきだった。

 

さて新劇場版の感想ですが、まず最初に思ったのは、

「あぁ、やっとちゃんと終わったな」

でした。

正直、TV版でも旧劇場版でもなんだか煮え切らないような終わり方だったと思うので、今回もそんな感じで投げっぱなしで終わってしまうのではないかという危惧がないわけではありませんでしたが、

それは杞憂に終わり、恐れていたよりももっと普通に、順当に、エヴァンゲリオンというコンテンツの結末を目撃できたな、という思いです。

僕は別にエヴァンゲリオンに特に入れ込んでいたわけではありませんが、なんだかずっっっっっっと続いているコンテンツのように感じていました。

そのエヴァがこうして終わったことで、「やっと卒業できた」みたいな感覚を味わっています。

 

さて、順番に見ていきましょう。

まず冒頭のパリの戦闘シーンですが、とても良かったです。最初から置いてけぼりでしたが、単純にハデな戦闘シーンで良かったです。シン・エヴァの戦闘シーンはここがピークなんですけども。

 

そこから、どうやら前作『Q』の直後っぽいぞということがわかって、『破』→『Q』みたいなわけのわからなさがなくて安心しました。

ここでのトウジをはじめとした、クラスメイトたちの再登場は「おぉっ」と思ってしまいましたね。

シンジたちがドンパチやってるのを見るのももちろん好きなんですが、その他の人たちの「生活」を描いてくれるの、僕は割と好きです。

そりゃあんだけ荒廃したら、ひとびとの生活はこうなるようなぁ、というような感じで。集落を作って農作業やって。

ところでヴィレのサポート体制は手厚すぎませんかね。ジョジョにおけるスピードワゴン財団のようです。

 

シンジがふてくされてしまっているの、キツかったですねー。いやそりゃ自分のせいでたくさんの人たちを死なせてしまった、大変な目に遭わせてしまった、という気持ちでふさぎ込みたくなるのはわかるんですけど、あれに付き合っているケンケンはまじで懐が深くて器がデカい。

シンジの「僕のことなんか放っておいてほしいのに、なんでみんな優しいんだよ!」

という叫びは、なんだか共感できました。優しさが苦しいときってある。

 

集落での暮らしが終わって、なんだかんだヴンダーに戻るわけですが、ヒカリちゃんはとっても複雑なキャラですね。キャラが複雑っていうか、思いが複雑っていうか。後の別シーンで気持ちを吐露しますけど、シンジのおかげで生きているのは事実で、でもシンジのせいで肉親が死んでいるのも事実なんですよね。折り合いをがんばってつけようとしているけど、つききらないところもあって、それを考えないようにしてシンジと接して、それでも無理で、みたいな葛藤が見て取れてよかったです。シンジが憎いのも本当、シンジに感謝してるのも本当。これ以上ややこしくならないように、憎む事態になってほしくないから、シンジにはエヴァに乗ってほしくない、シンジ自身の安全のためにも、みたいないろんな感情や考えがのっかっている感じがしてよかったです。人間って複雑ですね。

 

ミサトさんと加持さんの息子には驚いてしまいました。ミサトさん妊娠・出産したんですかすごいですね。っていう。

何を隠そう、シン・エヴァンゲリオンの公開を挟む形で僕も人の親になったわけですが、こういう「子供」関係の描写への感じ方が、やっぱり以前とは違いまして。ミサトさんの親心とかを想像してしまうし、トウジと委員長の子供の描写でもそうですよ。

歴史の長いコンテンツだからこそ、見る側の変化ってあるよなぁ、と思います。

 

アスカが使徒の力を使って戦うところ、アツかったですね。あの描写が、『破』のシンジと似ていたので、「あぁ、あのときシンジも使徒になっていた(人じゃないものになっていた)のかぁ」と今更思いました。あとで考察サイトでも行ってこよう。

 

オペレータのギャル子ちゃん(キャラ名わからず申し訳ない)が、シンジに敵意をむき出しにしているの、人間ぽくていいですね。そりゃシンジのせいで家族が死んでるわけだし、当然なんですが、周りのクルーは全然そんなことなくて、彼女だけ異質なんですよね。前述のヒカリちゃんとの対比も良かったです。最終的に「明日生きてくことだけを考えよ」っていうのは諦めというか、切羽詰まり具合? がなんか良かったです。

 

シンジくんとゲンドウの対話、面白かったです。なんかスタジオみたいなセットで戦ってる感じとか、フィクションフィクションしてて。そりゃもちろんアニメなんで徹頭徹尾フィクションなんですけど、フィクションであることの強調というか。ああいう表現好きなんです。

 

結局エヴァンゲリオンは他者との対話の物語だったのかなぁと思います。A.T.フィールドに代表されるように、他者と自己の境界とか、他者の拒絶とかのモチーフが出てきますし、最後は対話によって解決しますし、他者との相互理解の話なんだなぁと思いました。

 

ゲンドウが他者とのつながり、理解を断っているところ、ユイというつながれる、理解できる存在に出会ってしまったことは、幸福であり、ある種不幸であったのだと思います。幸せがなんたるかを知らなければ、何が不幸なのかもわからずに済むわけで。他者に理解してもらえる可能性を知ってしまった、そしてそれば唯一ユイだけだったし、だけだろうと思ってしまったゲンドウが、ユイに執着してしまうのは仕方ないことだと思いました。だからって全世界を巻き込んでやらんでもと思いますが。

 

なんか、ゲンドウもそうですが、アスカも、ケンケンという「自分のことを理解してくれる他者」に出会えてよかったね、って感じです。ゲンドウはシンジから逃げていたけど、最後はわかり会えたのかな。シンジを見送るホームで、現実とは違ってゲンドウがシンジを抱きしめるシーンはグッと来ました。逃げずに、恐れずにこうしていれば、違った未来があったのでしょう。でもユイ以外の人間から逃げずにはいられなかったのですね、それがたとえ自分の息子だとしても。いや、自分の息子だからなのか。

 

 

なんだかしっちゃかめっちゃかになっちゃったけど、とにかく、僕はエヴァンゲリオンの結末を見ることができてよかったです。不思議と満足感があります。

作中の用語(マイナス宇宙とか)は全然頭に入ってきませんでしたが、これからおいおい、インターネットの雑多な感想を見ながら補完していきます。

 

なんか他にも書きたかったことがあったような気がするけどひとまず。

エヴァンゲリオンに関わったすべてのみなさま、どうもありがとうございました。