ぼっけもん修さんのてげてげ日記

Harley、旅、食、風景・・・つれづれなるままに書きます。


テーマ:
半径何kmまで自分の身近なこととして愛情を注げるのだろうか。

家族、恋人、兄弟、同僚
学校、会社、団体
ご近所、地域、郷里、市区町村、都道府県、地方、
そして国家、
さらに圏、地球。

中心は自分


3000キロだろうか。500キロだろうか。
いや10000キロだろうか。いやいや10キロだろうか。


リアルに、そしてドーナツ化せずに愛せる範囲は・・・。


例えば先日紹介したエネルギーの未来と潮流発電なんかは国家的規模の話しで、日本のエネルギーの未来や地球規模のエネルギーの未来によかれと思って、研究開発を続けられ、またその意気に感じた同じ思いの人々が応援・支援していると思っている。
だから、これは国家規模、少なくとも我が国を愛している半径3000キロメートルである。


では、郷土の芸能や祭りなどの祭事を継承していったり、地産地消を推進したり、地域の伝統食文化の保存とというような事柄は故鄉や、地域、あるいは市区町村といった半径の取り組みである。郷土を愛している。地域に愛着がある。半径数十キロ~数百キロメートル。

では、モンスターペアレントはどうだろうか。
自分の子供しか愛していないのではないだろうか。半径2メートル。
だれしも自分の家族を愛していることに異論はないと思うけど、自分と自分の家族だけにスポットライトがあたって、それより外の範囲は真っ暗では困ると思うのだ。半径2メートルでは大きな流れも高い視点も持ち得ないと思うのだ。

さらに、最近急増している救急車やパトカーをタクシーがわりに読んだり、警察官を便利屋稼業の人間みたい呼んだりする行為はどうだろう。
その行為は、もし本当にその時救急車が必要な人がいたならば・・・とは考えない、ようするに自分以外には愛情は注げない典型ではないだろうか。半径0メートル。


かつての日本人、そう明治期や昭和初期までの日本人は、このあたりの範囲が広かったのではないか。向こう三軒両隣、地域消防団、町衆、一党内、
子供は地域で育て、裕福な処は、地域の神輿を寄進したり、寺の増改築に寄付を行ったり、年末の炊き出しを自費でやったり、江戸時代なんかはもっと広かったのではないだろうか。

現代は交通網も整備され、移動手段も進歩し、人々の移動の距離は伸び、距離あたりの時間は短くなった。より遠くに短い時間で安全に行けるようになったのだ。
さらに、情報通信は格段に進歩し、居ながらにして様々な情報は手に入るし、方方とコミュニケーションも図れるようになった。

こういった本当ならどんどん自分の事と捉えて考えられる範囲が広くなるように思われる変化の中で、逆にどんどん狭くなって、半径2メートル型人間が増えているように思われるのはどうしてだろう。
また、地球規模の事柄には関心もし他国の大統領には感動するけど、自国の政治や地域の出来事には無関心な人が多くなったように思うのはなぜだろう。

先日もrfuruyaさんが民意と国について書かれていたが、この半径の狭まりは民意の低下と同じベクトルではないかと思う。
自分のこととして愛せる範囲を広げないといけないと思う。


僕は、キーマンは70歳以上の人と思っている。
直に戦争体験をされた人。

この世代の人にもうしばらく頑張っていただいて、若い世代と交流してもらうことが大切ではないか。
厳しい時代ではあったが守るべきものがきちんとあった。』そんな時代の精神や道徳観を受け継いでもらうことが大切だと思っている。だから先日書いた「上下30歳の人とお付き合いする」は自分に向かって特に言っているのである。

情報テクノロジーはどんどん進化する。
そこには新しいコミュニケーションが生まれてくるのであろう。
その素晴らしさを生かさないとならない。
と同時に、古き良き精神文化もきちんと継承し、発展もさせていかなければならない。

まだしばらく時間は残されているが、のんびり構えてもいられないのである。



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