今現在中2の息子が小学校4年生の時、突然学校に行けなくなった時期がありました。

そして結果的にそれを乗り越えた時のことを書きます。

 

これ、結構いろんなところで話をしてきて共感を得られた話しなんですが、せっかくブログをちゃんと初めたので、もし今、必要としている人がいたら届けばいいな、という思いで。

 

最初に言っておきますが、息子の場合は結果的に行ける様になったのですが、別に学校に行けなくてもいいんですよ。

 

 

当時は私も、とにかく学校にいかせないと、みたいなところありましたが、その後、子供全員不登校でもハッピーな家族、学校行ってなくても立派に生きている人、不登校だったからこそ今の自分があるという人、たくさん出会って考えも変わりました。

 

ただ、愛情の注ぎ方、言葉のかけ方、親子関係、そんな事を私自身が学んだ体験だったので、改めてここに残しておきます。

 

1、まさかウチのコが!

最初の感想は正にコレ。

それまで割とホンワカした感じで育ってきたと思ってたので。

クラスと担任が変わって4年生になって数ヶ月、6月だったと思います。

 

朝になると具合が悪いと言い出し、最初は仮病だと思って無理やり行かせたり、休ませたり、途中で帰ってきたり、そんな感じで数週間続きました。

そのうち、朝になるとホントに具合が悪くなって吐いたりしだしたので、ああこれはホンモノだ、と。

 

よくよく聞くと、担任の先生と合わなかったり、ちょっとしたイジメがあったり、ということもわかったので、ひとまず学校に相談に行きました。

 

そこで面談したのが担任の若い男の先生と教頭先生。

第一声から「ん?」と思ったのですが。

二人で声を揃えて、

 

「申し訳ありませんでした」

 

コレって普通なんですか?

クレーマーみたいな親が増えたせい?

自分たちの指導に問題があった事を自覚しているから?

 

謝って欲しくて行った訳じゃなく、これからどうしていけば良いか相談しに行ったんだけどな・・・

 

この時、先生や学校に期待してもダメかな、と思いました。

(でもその後、居場所を作ってサポートしてくれた学校と先生には感謝しています)

 

2,こんな指導方法ある?

で、よくよく聞いてみると、宿題を忘れたり態度が悪かったり、まあ息子にも叱られるような事はあったのですが、問題はその罰の与え方。

 

教卓のとなりにポツンと離れ小島で机を置かれて一日過ごしたり、具合が悪くて体育の授業を休む、と言ったら、隣の教室の廊下に机を置かれて、隣のクラスの授業を聞いているように言われたり・・・

 

息子から聞いていた話を確認すると概ね事実だったようで、まあそれは「申し訳ありません」になるか・・・

 

規則や指導を守らなかったら叱るのは当然だし、罰も与えて良いと思うんですよ。

ただ、精神的な苦痛を強いるだけの罰って何の意味も無いのに、驚きと共に悲しい気持ちになりました。
 
まあ過去のことを責めても仕方がないので、その事について私がどう思うか、今後どんな指導をして欲しいか、それを伝えるのと、一緒に解決するための方法を考えていきたい、ということで面談終了。
 
その後スクールカウンセラーとの面談も何度かしますが、やさしい言葉をかけてはくれるものの、あんまり意味ないかなー、という感じでした。
 
3、夏休みと始業式
そんなこんなでほとんど学校いけずに夏休みに突入。
たぶん不登校の子はほとんどそうだと思いますが、学校行っていない時は全然普通で、「学校行ってないんですよ」というとみんなびっくりする様な状態でした。
 
夏休みが良いきっかけになるかな、と思って「すごい自由研究やって、みんなも学校休んだ後だから、始業式から行こうぜ!」と言ってたくさん息子と遊びました。
 
釣りが好きだったので、休みの日は毎日の様に釣りに行き、釣った魚を調べて写真を貼って、というアルバムを自由研究にして、始業式の日の朝です。
 
元気は無かったものの、「行ってみる」ということで一緒に登校、それまでいつもぐずっていた玄関は突破、階段を上がって教室は目の前・・・・
 
ここまででこの日はダメでした。
 
階段の手摺にしがみつき、引っ張っていこうとしても大泣きして一歩も進めず・・・
心配して見に来てくれた同級生もいたんですが、これは無理だな、と思ってこの日はあきらめて帰りました。
 
4、翌日の朝の会で
家に帰る途中で、「また明日がんばろうな」と言ってはみたものの、同じ様にしてもたぶんまた同じことの繰り返し、さてどうするか。
 
イジメっ子もいたし、「ズル休みだ」と言っている子もいたし、それを息子も知っていたので、恐らくクラス全体が受け入れてくれる雰囲気になって、それが伝わらないと難しいんだろうなあ・・・
 
かといって先生にお願いするのもちょっと違う。
では自分にできることを・・・ということで、学校に電話して、朝クラスのみんなの前で少し話しをさせてもらえないか頼んでみました。
 
すると思いの外すんなりと承諾を得られたので、話すことをじっくりと考えて翌日。
 
「今日はお前にお父さんが付いていくのではなく、お父さんにお前がついておいで」
と言って、学校に行き、クラスの朝の会で先生に紹介してもらってみんなの前に立ちました。
 
息子は教頭先生の影に隠れて後ろのドアの外から様子を見ています。

クラスの子達は初め明らかに緊張気味で、今思うと「怒られる」と思ってたんでしょうね。
 
5、クラスのみんなに話したこと
おはようございます。
今日は先生にお願いして、みんなの前で話しをさせてもらいます。
不登校の子供や、こころとからだのこと、みんなに考えてもらいたいことがあるんです。
 
今、不登校、つまり学校に行けない小学生が増えてきていて、浜松市だけでも300人以上います。
 
みんなもう4年生だから、イジメたり、イジメられたり、喧嘩したりしたお友達を見てきたと思うし、自分で経験してきた子もいると思います。
 
イジメや喧嘩って悲しい気持ちになって、心が傷つきますね。
心が傷つくと、心と身体はつながっているので、体調も悪くなることがあります。
いじめられて心が傷ついて、朝学校に行こうとしても怖くなってお腹が痛くなったり吐いたりしたりすること、本当にあるんです。
 
それから、誰かを傷つけるということは、その誰かを大切に思っている他の誰かも傷つけるってこと、知っておいて欲しいんです。
 
みんなにも、みんなの事を大好きで大切に思っているお父さんお母さんがいるように、傷ついたお友達にも、その子のことを大切に思っているお父さんお母さんがいます。
 
もし、誰かが傷ついて泣いて帰ったら、その子のお母さんも悲しくなって同じ様に傷つきますよね。
お母さんが傷ついて元気をなくしたら、お父さんも、そしてそのお父さんを大事に思っている会社の仲間も、もしかしたら傷つくかも知れません。
 
今、僕は、みんなが大好きな、そしてみんなのことが大好きな、みんなのお父さんお母さんや家族のみんなに、悲しい思いをしてもらいたくなくて、この話をしています。
 
誰かを傷つけるということは、こうしてつながっていくということを知っておいて下さい。
 
でも逆に、みんなができることもあります。
前の日にいじめられて傷ついているお友達がいたら、優しく声をかけてみて下さい。
 
それだけで元気を取り戻すかもしれません。
そして、前の日に泣いて帰ったそのお友達が、笑顔で帰って、「お母さん、〇〇ちゃんがこんな事言ってくれたよ!」って笑顔で帰ったら、その子のお母さんは絶対に笑顔になります。
 
お母さんが笑顔になって、お父さんも笑顔になって、家族が笑顔になって・・・笑顔も同じ様に繋がっていくんです。
 
みんなには、傷つけることをつなげる人ではなくて、笑顔をつなげる人になって欲しいんです。
 
そして、クラスを笑顔でいっぱいにして、4年生全部を笑顔にして、学校全部を笑顔にして、終業式の時に「このクラスでよかった!」ってなれたら最高ですね。
 
 

ここまでは、不登校の子供を持つ親を代表する気持ちで、みんなにお話しさせてもらいました。
 
ここからは、みんなも知っているように、今学校にこれないでいる僕の息子の父親としてお話しさせて下さい。
 
まず、息子がこのクラスでよかった、って思います。
昨日も階段で泣いていた息子に声かけてくれたやさしい子もいるし、こうして僕の話を真剣に聞いてくれるみんなは本当に素晴らしい。
ありがとう。
 
そして最後にみんなにひとつだけお願いがあります。
 
親にも、先生にも、校長先生にも、総理大臣にも誰にもできないけど、この4年2組のみんなにだけできることです。
 
今、傷ついて教室に入ることができない息子、実はすぐそこにいるんです。
 
もしみんなが、一声かけてくれて、「一緒に勉強しよう」「一緒に遊ぼう」「教室に入っておいで」って、背中押してくれたら、またここで全員揃って勉強したり遊んだりできると思うんです。
 
みんな、声かけてくれるかな・・・・・・
 
6、その後に起こったこと
 
そこまで話したら、4年生、めっちゃ素直で素敵でした。
 
本当に全員が、いじめっ子もみんな、立ち上がって息子の周りに駆け寄って、口々に声をかけながら、ワッショイワッショイでもみくちゃにして席まで連れてきてくれて・・・
 
それが2ヶ月ぶりに息子が教室に入れた日です。
 
その日は放課後、たくさんの子が家に遊びに来てくれました。
 
こうなることを確信していた訳ではありません。
むしろ、伝わらなかったり、逆効果になってよけいにいじめられたら・・・とか、そんな心配もありましたが、真剣に、必死になって話すことで伝わったんだと思います。
 
策を練ったり、上っ面でうまいこと誘導しようとしたしたら、子供の方が見抜きますね、きっと。
 
そしてここからまた次の展開に。
 
7、子供たちと過ごす日々
とりあえず教室に入れるようにはなりましたが、翌日から一人で登校できるようになった訳ではなく、車で一緒に行き、仕事が始まるギリギリの時間までクラスで一緒に過ごす、という日々が始まりました。
 
調子が悪い日もありましたが、時には校長室で、時には保健室で、居場所を作ってくれた学校にはホント感謝しています。
 
ところで私が教室で何をしていたか。
 
息子は放ったらかしです。
学校は楽しいところだということを見せたくて、私がクラスのみんなと仲良くなって楽しんでいました。
 
ほとんどの子の名前を憶えて、ハイタッチで挨拶し、一番のいじめっ子には頭をがっと掴んで「今日もよろしくな!」って(笑)。
最初はその子もビビってたけどめっちゃ仲良くなりました。
 
そのうちホントに楽しくなって、子供たちに元気をもらって仕事行ってましたね。
その時だけ小学生に戻ったみたいに。
 
もうそのまま、卒業まで一緒に行ってもいいや、って思ってました。
ホント。
 
そんな私の姿を見て、息子もしょんぼりしているのがアホらしくなったのか、だんだん元気な姿に戻っていきました。
 
8、そしてある日奇跡が
2ヶ月ほどそんな日が続いたある朝、息子がポツリと言いました。
 
息子「お父さん、オレ今日ひとりで学校行ってみようかな」
 
一瞬、「大丈夫か?」って言いそうになったのをこらえて、
 
「おー、行ってみな」
 
そうして一人で歩いて学校に向かったんですよ。
ランドセルを背負って、ちょっと不安そうに、見送る私の方を何度も振り返って手を振りながら・・・・
 
その時、手を振りながら私が号泣していたのは言うまでもありません・・・
 
だって奇跡が起こったんですよ。
 
「子供が一人で学校に歩いていく」
という奇跡が。
 
その時、気がついたんです。

日常が奇跡の連続で成り立っていたってことに。
 
9,今振り返って思うこと
この話をすると、すごいね、って言われるんですが、誰だってできることです。
大切な自分の子供がそうなったら。
 
私もただ必死だっただけで、それでたまたまうまくいっただけ。
 
お前のためならどんなことだってやるよ、ということを、口だけじゃなくて見せたかっただけかも知れません。
 
 
そして結果として学校に行けるようになりましたが、もはやそれは大したことでは無いと思っています。
 
もし行けるようにならなかったとしても、絶対に得られただろう事がひとつあります。
 
父と息子の絆
 
これから先、誰に何を言われようと、どんな事が起ころうと、絶対に一生揺るぎない絆ができました。
 
10、最後に伝えたいこと
 
私もどうしたらいいか、最初は全然わかりませんでした。
傷ついた息子に追い打ちをかける様なひどい事も言いました。
 
そして一度閉ざされた心の扉はなかなか開きませんでしたが、ある言葉をかけた時、ぱっと心を開いてくれた瞬間を、今でもはっきり憶えています。
 
学校なんか行けなくても、お前がここにいてくれるだけでお父さんは幸せなんだよ。
 
もし、傷ついたお子さんをお持ちの方がいたら、まずこの言葉をかけてあげて下さい。

「学校に行けないということが親を苦しめている」と子供に思わせないようにして下さい。
 
そして、不登校でも幸せな家族に会いに行って下さい。
学校に行ってなくても今立派に生きている人に会って下さい。
引きこもりもニートも、正面から心と心で向き合って応援している人を頼ってください。
 
連絡頂ければ、こんな人達をすぐに紹介します。
 
最後まで読んで頂きありがとうございました!