お洒落がセクシュアリティを越えようとする | showmのブログ

お洒落がセクシュアリティを越えようとする


ファッションはいつも、セクシュアリティを越えようとする




ファッションの宿命が新しさだとすると



そこにはまだ見知らぬ地平が広がっていて




見知らぬ地平には大抵の場合、理解できない他者が立っている





異邦人に対しての憧れや




自分を何処か遠くに置きたいという欲求を




ファッションは好む



そして、僕らにとって、ついに理解しえないものとして





セクシュアリティが立ち上がったりするのだ





ファッション業界にゲイの人が多い、ということだけでなく




ヴィヴィアンウエストウッドやコム・デ・ギャルソンの服が男性服でもスカートがあるように





女性のパンツスーツをアルマーニが見つけたように





僕らはセクシュアリティを越えようと冒険を試みるには



常にファッションの力を借りるのだ







セクシュアリティを越えれる人は大きな力を持つ






それは知りえないものを知っている人に対して抱く




宗教的な畏怖にも似ているのかもしれない




ミックジャガーもデビットボーイ、カートコバーンも、




そんな力を手に入れていた





最近ではルーファスウェインライトがそうかもしれない





そしてなにより




アントニーアンドザジョンソンズが、暗いセクシュアリティの底から




消え入りそうな歌声で




僕らにその淵を少しだけ




垣間見せてくれるのです