話が前後するのだが、ジローと寿司屋へ行くことになった発端は、がねが、「湧水」という文芸誌に書かれた原稿を、ジローの大学の先生に手渡してもらえないかと頼まれたことにある。


 原稿を書いた人の名をマキさんということにしておこうか。マキさんが頼んだ理由は2つあった。1つは、マキさんが書いた原稿をジローの先生に読んでもらいたい。マキさんと先生は同級生なのだが、近頃会っていないようだ。もう1つはジローと先生とのプライベートな接点ができれば、何かとジローに役立つのではないか、という配慮だった。もちろん一番目がホントの理由だ。


しらぬいのがね-湧水


 ところが、夜になってケイタイが鳴った。マキさんからだった。原稿を先生に渡すのをやめてもらいたい。その形では、同級生の先生に失礼にあたると思い直した。自分が連絡をとり、直接渡したいというのだ。マキさんと先生は学生時代からライバルであり親友であるのだが、しばらく会っていないのに学生を通じて原稿を読むように押しつけるのはためらわれた。かくして、原稿をジローから先生に手渡すことは取りやめになった。


 ただし、マキさんはがねとジローには読んでもらいたいという。マキさんが書き続けている文章は物理に関するものと云っていいのだろうか。例えば、文章から言葉を拾い出してみると、まずタイトルが「青白き閃光」。結びが「青白きチェレニコフ光は青春の墓標である」とある。


 う~む、これでは誰も読んでくれないかもしれない。そもそも文章を書く人は世間一般では変わり物と思われ、マイナーな存在である。さらに書く内容が専門に勉強した人でなければ理解できないような内容であるなら、なおさらのことだ。マキさんとしては自分の書いた物を一人でも多くの人に読んで欲しいと願っているのだ。