私が子どもの頃、ちょっと歩くと空き地があった。

どこからともなく、子どもたちが集まって、大人から怒られるまで、遊んでいた。


私が子どもの頃、

地域には、何をやっているかわからない大人がいた。

だいたいは、「ブローカー」と呼ばれていた。

また、親戚の中には、やはり何の職業かわからない大人がいた。


そういう空き地や大人たちは、私たちが辛いときや、悩んだときに逃げ場となっていた。


たぶん、サードプレイスとか、今なら言われる場所かもしれない。



いくら、

ヒトの生命は自分のものじゃないと言っても、

親や神に与えられたものと言っても、


いくら、

ヒトの存在なんて、宇宙の広大さに比べればと言われても、


いくら、

アナタを絶対に支えたいと言ってくれるヒトがいても、


たぶん、

生きるのが辛いことはあるかもしれない。


それでも、

アホになっていい、

犬になってもいい、

草になってもいい、

ゴミになっていい。



世界は絶望に溢れている。


けど、希望があって、未来がある。

良くなる。

間違いない。

信じていい。

やり方はある。


だから、生きていた方がいい。