【おしらせ】徳島新聞「てのひらの記憶」俳句エッセイ連載 | 旬の言の葉

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俳人 大高 翔のブログです。


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以下より、ご覧いただけます。
徳島新聞「てのひらの記憶」

 

第一回 2016/7/27 万年筆

第二回 2016/8/30 凌霄花(のうぜんかずら)

第三回 2016/9/28 月

第四回 2016/10/28 石ころ

第五回 2016/11/29 銀杏

第六回 2016/12/29 ニューヨーク

第七回 2017/1/30掲載 時計

第八回 2017/2/27掲載 カップ

第九回 2017/3/30掲載 桜

第十回 2017/4/27掲載 東京タワー

第十一回 2017/5/30掲載 歳時記

第十二回 2017/6/29掲載 葉っぱ

第十三回 2017/7/27掲載 卵焼き

第十四回 2017/8/30掲載 吟行1

第十五回 2017/9/28掲載 吟行2

 

次回以降の予定です。

 

第十六回 10月下旬掲載予定 

第十七回 11月下旬掲載予定

第十八回 12月下旬掲載予定

 

・・・・・2017/10/13掲載・・・・・

 

連載第十五回、9/28に掲載されました。

「吟行」(2)について書きました。

 

・・・・・2017/9/10掲載・・・・・

 

連載第十四回、8/30に掲載されました。

「吟行」(1)について書きました。

 

・・・・・2017/7/28掲載・・・・・

 

連載第十三回、7/27に掲載されました。

「卵焼き」について書きました。

 

 

・・・・・2017/7/11掲載・・・・・

 

連載第十二回目、6/29に掲載されました。

 

 

・・・・・2017/5/30掲載・・・・・

 

連載第十一回、5/30掲載に掲載されました。

「歳時記」について書きました。

 

・・・・・2017/5/22掲載・・・・・

 

連載の第十回目、4/27に掲載されました。


 

以下より、大きな画像でご覧いただけます。

徳島新聞「てのひらの記憶」

 

 

スカイツリーが完成しましたが、

わたしにとっての東京タワーは、

いまだ東京の象徴です。

 

また、上京仕立ての頃や、

「俳句王国」や「小説宝石」の仕事であちこち旅していた頃を

思い出させるものでもあります。

 

いつでも取り出せるように、

ずっと心の内側にしまっておきたい風景です。

 

ブロックの東京タワー、

てのひらサイズでかわいく描いてくださいました。

 

・・・・・2017/3/31掲載・・・・・

連載の第九回目、3/30に掲載されました。

以下より、大きな画像でご覧いただけます。

徳島新聞「てのひらの記憶」


はやいタイミングで咲いているのを探して
描いてくださった「さくら」。

201703さくら 

20170330てのひらの記憶9 


・・・・・2017/2/28掲載・・・・・

連載の第 八回目、2/27に掲載されました。
以下より、大きな画像でご覧いただけます。

徳島新聞「てのひらの記憶」

六年前の三月十一日の夜について書きました。
ちなみに次回は、続編のような内容です。


  201702湯気(栂岡圭太郎)   
 20170227徳島新聞 

イギリス在住の方のエッセイで、

イギリス人にとっての
「お茶淹れるよ」「お茶を飲みましょう」は、 
時として、それ以上の意味を持つことがあるのだ、

というようなのを、読んだことがあります。


悩んでいる友に対しての「お茶を淹れるからね」は、
「すこし休んでいったら」といったの意味を持つし、

楽しい知らせを運んできた友への「お茶を飲みましょう」は、
「ゆっくり聞かせて」という意味を持つこともある、と。


そんなふうにエッセイに書かれていたのを読んで、
へぇ、日本と同じなのだなぁ、と感じたのですが、
それは、わたしにも、「あったかいお茶」に救われたことがあるから、
感じたことなのかもしれません。


今回のエッセイに登場するKさんは、
ボリュウムたっぷりのお料理だけでなく、
繊細なお菓子も作ってくださる方です。

Kさんに出会って、
知らなかった味にも出会えました。

東日本大震災の夜、
Kさんは、ずっとキッチンにいて、調理し続けていました。
翌朝、帰宅するときに、皆に、
タッパーにいれたカレーを、たっぷり持たせてくれました。
「これ持って帰ってください。家になにもなかったら困るでしょう」と。

眠ることなく、皆が持って帰れるものを作ってくれていたのだ、
とその時になってわかりました。
Kさんて、そういう人です。
忘れられません。
あのココナツカレーの味も、忘れられません。


東日本大震災から、いろいろなことが変わりました。
わたしのなかでは、確実に。
Kさんの淹れてくれたお茶、
持たせてくれたカレーの味とともに、
思い出しています。


・・・・・2017/1/30掲載・・・・・

連載の第七回目、1/30に掲載されました。

徳島新聞「てのひらの記憶」

 

 

 

 

 

20170130徳島新聞.

 

 

 

 

 

 

小学生の頃の「長い一分」について書きました。
がんばれ受験生、そんな気持ちも込めて。

絵は、はじめ腕時計を考えていたのですが、
結局、砂時計に。
一分を計るものだそうです!

こどもの時に出会う大人って、とても影響力あるものなんだな、と
書いてみて思いました。
遊び心のある先生って、こどもにとっては魅力的なんです。

この世におもしろいことが、たくさんあるんだよ、と
あの十二歳の時に、
一緒に遊んだり、笑ったりするなかで教えてもらっていたんだなと、
気づきました。

書いている時に雪が降ってきて、
それも不思議な体験でした。
雪って、時の流れを変えますね。

・・・・・2016/12/30掲載・・・・・

連載の第六回目、12/29に掲載されました。

徳島新聞「てのひらの記憶」

クリスマスシーズンのニューヨークは、
(住んでいらっしゃる方にお聞きしたところ)
みんながいつもより人に優しくなれる特別な季節、
なのだそうです。

英語に苦労しつつも、旅を愛しています。
(毎度ながらの珍道中はどうにかせねばと思っていますが…。)

旅はいつも、ぐいっと頭の中を広げてくれ、
言葉を超えて、人種を超えて、
人と人が繋がっていける実感を、
わたしに教えてくれます。

そして、旅へ送り出してくれる家族がいること、
共に旅してくれる仲間がいること、
その幸せを年々、深く感じています。

・・・・・2016/11/30掲載・・・・・

連載の第五回目、11/29に掲載されました。

徳島新聞「てのひらの記憶」

尽きることのないこの世の不思議は、宝物。
そして、共に不思議がってくれる人がいることは、
ほんとうに幸せなこと。

色あせることのない、
たいせつな思い出を書きました。

今回の絵は、まだ黄葉の始まっていない時期に
描いていただくことになってしまったのですが、
なんと、
徳島でようやく色づいた数枚を、
見つけ出してくださいました。
すばらしい!

今年の、東京の銀杏並木も、
しっかり味わいたいと思います。

・・・・・2016/10/28掲載・・・・・

連載の第四回目、10/28に掲載されました。

書き上げたものの、細部が腑に落ちず、
何度も書き直しているうちに、
祖母のことを思い出し、
「ああ、これだ、これを書きたい」と
強く感じて、方向が定まりました。

そういえば、もうすぐ祖母の誕生日…。
天から救いの手を差し伸べてくれたのかも(?)
しれません。

当初書いたものはほとんど捨てて、
ようやく仕上がった文章でした。
それに伴って、句もたくさん詠んで、
ほとんどを捨てて。

四回目以降は、
書くつらさの先にある楽しさを見つけて、
綴っていくことになりそうです。

仕上がった時に、
「こんなところまで来られると思ってなかったな…」と、
自分で思えるような文章を書く、句を詠む、
それをこの連載ではやりたい。

甘えず媚びず逃げずにやる。
そんな気分です。

人生のほとんどは、自分に甘く暮らしているのですが(笑)

徳島新聞「てのひらの記憶」

ご覧いただけましたら、幸せです。

小さい石ころたちは、
つまみあげて食べたくなるほど愛らしく、
それぞれに、愛すべき色や模様を持っています。
一つひとつの個性を、
みごとに描き分けていただきました。

石1 
石の写真集、石の随筆集。
石2 
 石好きの方にお借りした参考図書にも、
助けられました。
 
・・・・・2016/9/29掲載・・・・・

連載の第三回目、9/28に掲載されました。
以下より、ご覧いただけます。

徳島新聞「てのひらの記憶」

一か所、訂正いたします。
✖「触れなくもいい」→〇「触れなくてもいい」

20160928てのひらの記憶3 

朝も昼も夜も、
空を見上げることで、
知らず知らずのうちに救われていたんだな、と
書いていて、気づきました。

語らないはずのものが、語りかけてくる。
語らないものに、心を寄り添わせる。

もの言わぬものたちの豊かな世界に時折触れて、
確かめては安堵しながら、
これからも暮らしていくんだな、と
書いていて、感じました。


・・・・・2016/9/4掲載・・・・・

連載の第二回目、8/30に掲載されました。
以下より、ご覧いただけます。

徳島新聞「てのひらの記憶」

のうぜんの花は、
わたしのもっとも古い夏の記憶のなかで
いつまでも揺れています。

幼い時の思い出というのは、
なぜあれほど鮮明なのでしょう。

見えている「外」の景と、心の「内」の動きが、
ぴったりと重なっていて。

年を重ねながら、
いろんなものをどんどん忘れていくなかで、
おそらく、最後の最後まで覚えている
情景と心情。

鮮やかな記憶を確かめながら、
書きました。

それから、絵。
幼い時から今に至る
時の経過を感じさせるものを
描いてくださいました。

この絵を見ると、
夢から覚めつつあるような、
しばらく立ち尽くしているしかないような、
そんな気持ちになります。

もう戻れない場所にいると知ることは
さみしいようでいて、
それでも、
記憶にいつまでも守られているのだとも、
感じます。


・・・・・2016/7/27掲載・・・・・

徳島新聞にて、俳句エッセイを連載いたします。
月に一度のペースです。

毎回、文章と俳句にあわせて、水彩画を描いていただけることになりました。
こちらも楽しみにしていただけたら。

連載タイトルは、「てのひらの記憶」としたのですが、
わたしの万年筆の字を、藍色の絵具でなぞって、
という作業を加えていただき、
いい感じのタイトルイメージに!

てのひらの記憶タイトル

せつせつと、もくもくと、
書いていきたいと思います。

徳島新聞「てのひらの記憶」

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