あらあら、大事な存在を忘れて、本当はどこにもいない存在に入れ込むだなんて! | 自分を笑ってしまおう、の旅

自分を笑ってしまおう、の旅

ノンデュアリティは、ふわふわしたものじゃないんですよ。私たちの毎日の実生活のお話なんですよ。(  ^  V  ^  )

 

自我っていうもの、
つまり「私」がつねに存在していて、
そいつが真理を隠しているとか、
いろんな判断をしているとか
おっしゃる方がいますけど、
 
 
私は聞きたい。
 
 
ポンポンって
後ろから肩を叩かれたときに、
「私」なんていますか?
 
 
「あ、流れ星!」
 
 
って言ったときに、
「私」なんていますか?
 
 
花火を見に行って、
ドーン、ドーン、ドドドーン!
 

「わーっ!」なんてときに、
「私」なんていますか?
 
 
じゃあ、どこにいるのか。
 
 
その人はこんなふうに言います。
じゃあ、その花火会場で、
友人に会ったら、
すごく素敵な彼といっしょにいて、
しかも、自分よりずっとかわいい浴衣を着てて、
すごい嫉妬が湧いたとか、
完全に「私」がいますよね、って。
「私」と「私以外」を比較してますよね、って。
 
 
ふむふむ、たしかにいるように思えます。
 
 
思えます。
 
 
あなたは大事なことを忘れてますよ。
 
 
その考えはどこから出てきたんでしょう?
 
 
「私」からですか?
「私」の脳みそからですか?
 
 
違います。
 
 
「全体」からポコッと現れただけです。
 
 
あなたの「考え」なんかじゃない。
 
 
あなたに向かって起きたのでもない。
 
 
「私」なんて、
どっこにもいませんよ。
 
 
「私」は、何一つやっていませんよ。
 
 
できるわけがない。
 
 
最初から、いないんだから。
 
 
それを、スピリチュアルだとか、
はたまた心理学まで持ち出してきて
「自我」だ、「自己」だって騒ぎ立てる。
 
 
ご苦労様です。
 
 
「ない」ものを引っぱり出してきて、
頭の中でこねくりまわして何になるの?
 

私たちには
いつも「実存」がついてます。
 
 
「おまえなんか、どっかに行っちまえ!」
って言おうが、
生まれてから70年間一度も
相手にしてこなかったとしても、
ずっとそばにいてくれています。
 
 
文句ひとつ言わず、
ずっと寄り添ってくれてるんですよ。
 
 
無骨なやつです。
愛想なんてものもありません。
お世辞のひとつも言いません。
夢も語りません。
愛のような存在でもありません。
ただそこにいるだけ。
 
 
でもね、
たとえ70年無視されてても、
ちょっと振り返ってあげると、
不器用だけど、
精一杯の笑みを返してくれるんですよ。
 
 
そして、
絶対に裏切ったりしない。
 
 
それを忘れて、
いもしない「私」、「私」って。
 
 
やめましょうよ、そんなことは。オカメインコ
 
 
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