2月23日(日)、新国立劇場マンスリープロジェクト「戯曲翻訳の現在Ⅱ」は無事に終了しました。

楽屋での写真はこちら↓
https://twitter.com/nntt_engeki/status/437588738256818177/photo/1

ひょっとして真剣な戯曲翻訳論の流れにでもなるかなと思って、夏目漱石の『切り抜き帖より』を舞台上にもってあがっていたのですが、そういう流れにはなりませんでした。その本には、坪内逍遙の文芸協会による日本初の本格的な『ハムレット』翻訳劇上演(松井須磨子=オフィーリア)を1911年5月22日に観劇した漱石が、後日これを批判して、「沙翁劇は其劇の根本性質として、日本語の翻訳を許さぬものである」と喝破したことで有名な「坪内博士とハムレット」という論考が収められていたのです。

 シェイクスピアは翻訳不可能と言われてしまっては、元も子もありません。ただし、問題は逍遙の訳にあるのではないと漱石は言います。逍遙の訳は鄭重なものだと褒めているのです。シェイクスピアは我々の文化から遥か遠くにあるのであり、「悉く沙翁の云ふが儘に無理な日本語を製造」したのがいけないと言います。漱石はこう記しています。

「あの一週間の公演の間に来た何千人かの観客に向つて、自分が舞台の裡に吸収せられる程我を忘れて面白く見物して来たかと聞いたら、左様と断言し得るものは恐らく一人もなからうと思ふ。夫れ程劇と彼等との間には興味の感覚があつたのだと余は憚りなく信じてゐる。
 それでは其間隔を説明しろと坪内博士が云はれるなら、余は英国が劇と我等の間に挟まつてゐると答へたい。三百年の月日が挟まつてゐると答へたい。使ひ慣れない詩的な言葉がのべつに挟まつてゐるとも答へたい。」

 そう感じたのは漱石だけではなかったようで、漱石が観た公演の4年前に試演された逍遙訳『ハムレット』(1907年、東京・本郷座)を観劇した雑誌記者はこう記しました。

 「坪内氏の訳は流石にお手に入つたものなれど、舞台の上へ乗つたのを見て、深く不足に感じるのは、あまりに言葉がむずかしくて、唯聞いて居たばかりでは意味不明な個所が随分あつて…(中略)…最後に今一つ特に自分の感興を殺いだのは、オフヱリアの変死をその兄に告ぐる王妃の言葉に、「斜に生ふる青柳が、白い葉裏を河水の鏡に映す岸近う、芝蘭の花や毛莨、さては雛菊、いらぐさの、花のかづらをいたゞいて……」といふ、馬鹿に花やかな、長たらしい言葉である。如何に原文のまゝといつても、こんなところまで原文のまゝに訳する必要があるだらうか、沙翁時代の人と、現代の人とは思想が違ふ、かゝる文句は当時の人には耳ざわりでなかつたかもしれぬが、現代の聴衆には、痛切な感情をあたへかねる。」(『帝国文学』1907年12月号)

 「使ひ慣れない詩的な言葉がのべつに挟まつてゐる」と漱石が言ったのは、こうしたことを指すのでしょう。
 しかし、シェイクスピアの原典においては、王妃は「馬鹿に花やかな、長たらしい」台詞など言ったりしていないのです。「原文のまゝ」どころではないのです。この王妃の台詞は、衝撃的なオフィーリアの死を静かに穏やかな詩的言語で語り、この戯曲の重要なテーマである<死>を想起させつつ舞台の時間を止めるという効果があります。それを逍遙は華々しい詩に歌いあげてドラマにしてしまった。劇的言語の機能を見誤ったのです。

 さらに分かりやすい例を挙げてみましょう。王妃が訃報を語り出す直前のレアーティーズの台詞を逍遙はこう扇情的に訳しました。

なに、水死いたせしとや、してしてそれは何処にて。

原文はDrown'd? O, where?という短いもの。たった三音節のリズム。逍遙自身、その非を悟って、新修訳では

なに、溺れて! おゝ何処で?

と改訳しているのだが、これでもまだ長すぎます。

 結局、漱石が逍遙を批判した原因は、逍遙が原文のリズムを無視したところにあるのではないでしょうか。
 東大での漱石のシェイクスピア講義の記録を見てみれば、漱石が優れたシェイクスピアの読み手であったことがわかりますが、漱石はシェイクスピアの劇的言語の核心を捉えていると言うべきでしょう。この問題点について「坪内博士と『ハムレット』」の最後のところで漱石はこう記しています。

「今の普通教育を受けた英人にすら沙翁の言葉は舞台の文句としては余りに詩的で、殆ど意義を構成してゐない所が多い。もし此不足を補ふにアクセントの特別な組織から生ずる朗詠吟誦の調子に伴つて起る快感を以てしなかつたら、彼等は殆ど長時間の席に堪へないだらうと思ふ。沙翁は詩人である。……要するに沙翁劇のセリフは能とか謡とかの様な別格の音調によつて初めて、興味を支持されべきであると極めて懸らなければければならない。」

そのとおり!!! さすが、漱石!

ということで、今回の『から騒ぎ』公演は、逍遙の兄の玄孫が、漱石の指摘した問題点を重々認識したうえで「沙翁劇は翻訳不可能」とした漱石にリベンジを果たそうとするものです。なんちゃって。

こちらです。

「から騒ぎ」チラシ表
「から騒ぎ」チラシ裏

公演詳細とチケットは下記へ
http://www.confetti-web.com/detail.aspx?tid=120402

ついに台本ができました。漱石の言う「朗詠吟誦の調子に伴つて起る快感」をどこまで表現できたでしょうか。ただ、『から騒ぎ』は散文が多いので、かなり自然に楽しんで頂けると思います。

『から騒ぎ』台本

そして最後に新刊のお知らせ。

PHP文庫新刊
PHP文庫から、3月4日発売です。私は監修をしました。

昨年末に出てとても好評を博している祥伝社新書と読み比べてみてください。

『あらすじで読むシェイクスピア』(祥伝社新書)