居飛車の基本を学ぶ一冊と進化する定跡 | 将棋大好き雁木師の新将棋文化創造研究所

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「将棋大好き雁木師の将棋本探究」をリニューアルしたブログです。
主に将棋に関する詩などの作品紹介と、自分の将棋の近況報告を行います。

読者の皆様こんばんは。雁木師でございます。今日は書籍のご紹介をしたいと思います。紹介に入る前に、最近の将棋本についてお話したいと思います。

前にも話したことがありましたが、私は2~3ヵ月に1度のペースで「遠征」に行き、実際に盤を挟んで将棋を指す機会を確保しています。最近はコロナウイルスの影響もあり自粛中で、最後に「遠征」に行った昨年12月のこと。遠征先の席主さんと将棋本の話で盛り上がっていた時に、席主さんがこんなことを言いました。

最近の将棋の本はマニアックすぎる

ここでいう「マニアック」とは扱うテーマが細分化されていることを意味します。最近の場合だと、矢倉なら「☗6七金左型」に特化した書籍が出されました。角換わりなら腰掛け銀に特化した本も出ています。このように、戦型別に見ても「矢倉」「角換わり」「相掛かり」といった大まかなくくりではなく、そこから派生して「角換わり」の「腰掛け銀☗4八金・☗2九飛型」というように戦法のとある局面を指定して重点的に解説した本もあります。

私はこれまで何冊かではあるものの、戦法の書籍を紹介してきました。ただ最近思うのは、「マニアック」と言われるほど細分化はされていないものの、どうも特定の戦法に特化した書籍ばかり紹介しているような気がしています。もっと大まかなくくりの本はないものかというわけで、今回紹介した書籍に行きついたわけです。

さて、前置きが長くなりましたので書籍の紹介に入ります。

「マイナビ将棋BOOKS

将棋・基本戦法

まるわかり事典

居飛車編

をご紹介します。

著者は佐藤慎一(さとう・しんいち)五段。マイナビ出版より、3年前の3月に発売されました。ここで著者の佐藤慎一五段をご紹介します。佐藤慎一五段(将棋界は佐藤姓の棋士が多いのでフルネームでご紹介させていただきます)は2008年四段昇段。当時26歳と年齢制限目前での昇段でした。加藤一二三九段や橋本崇載八段を輩出した故剱持松二九段門下の棋士です。第2回電王戦でPonanzaと対局し、現役将棋棋士で初めてソフトに負けた棋士として知られています。将棋連盟の子どもスクールで長年先生を務められました。早繰り銀戦法の著書、「極限早繰り銀」シリーズが好評を博しています。現在は竜王戦は5組、今期の順位戦はC級2組で5勝5敗の成績でした。

愛称は「サトシン」ですが、これはカツラ芸でおなじみの佐藤紳哉(さとう・しんや)七段と同じ愛称です。詰将棋カラオケにもご出演されたことがあります。

 

では書籍の構成に入ります。本書は居飛車戦法、とりわけ相居飛車の基本となる定跡+@を網羅した内容です。序章+6章からなる構成です。順に見ていきます。

まずは序章で概要として相居飛車の基本戦型を紹介してから本章に入ります。

第1章は相掛かり。定跡の5手目☗7八金に代えていきなり☗2四歩と突いたらどうなるかから始まり、飛車の引く位置問題や「ガッチャン銀」の仕掛け、ひねり飛車まで5つのテーマに分けての解説です。

第2章は横歩取り。相横歩取り、☖4五角戦法、升田幸三賞を多く生み出した☖3三角戦法からの派生や青野流まで幅広く、8つのテーマに分けての解説です。

第3章は角換わり。三大戦法である棒銀、早繰り銀、腰掛け銀を中心とした解説です。各戦法2つずつ、合計6つのテーマに分かれています。

第4章は矢倉。後手から攻める原始棒銀や、☖5三銀右急戦。先手番では、☗3七銀戦法とその派生から生まれた森下システムもここで紹介。5つのテーマに分けての解説です。

第5章はその他の戦型。振り飛車と見せかけて矢倉にする「うそつき矢倉」、角換わりにおける「腰掛け銀VS右玉」の戦い、雁木、後手からの速攻「☖5四銀・☖6五歩」型とメジャーとは言えないものの、面白い戦法を丁寧に解説しています。

第6章は最新の戦型。☗2五歩を早決めしてからの早繰り銀、矢倉攻略の後手左美濃急戦、角換わり腰掛け銀の後手☖4二玉型と現在の流行へとつながってゆく局面の解説です。

各章の合間にはコラムとして、子供教室、美容院、お酒について書かれています。子供教室については3度に分けて書かれています。

 

特徴としては以下の通りです

①1テーマごとの細かい分岐が少ないこと

②基本を重点に要点をまとめて紹介

③判断基準は公平に

タイトルに「事典」と名付けていることもあってか、特定の戦法、特定の局面に偏ることなくまんべんなく解説されています。かつ細かい変化が少ないため初心者の方でも読みやすい構成です。おさえておきたい要点も分かりやすく、判断基準も先手後手に偏ることなく公平な視点での判断です。

 

実際に並べてみた感想はというと…。3年前に発売された本ですので、現在と比べると「やや古い」という感は否めません。ただし基本がしっかり書かれていますし、参考となる変化やこの手をやってしまうとどうなるかという悪い変化図も丁寧に書かれているので分かりやすい内容かと思います。また、この戦法がなぜ消えたのかというのも一部ではありますが解説されており、戦法の変遷の一部分を垣間見ることができます。

 

なぜ本書が古いと感じたのかというと、個人的に相居飛車の定跡の進化(変化ともいうべきでしょうか)のスピードがとても速いと感じているからです。ここからは、現在の相居飛車四大戦法の現状を見ていきたいと思います。

まずは、最も変化したと言われる角換わりから。最近の角換わりは腰掛け銀に関する戦型が流行していますが、中でもこの局面が最も多いでしょうか。

観る将の方にもすっかりおなじみになった「☗4八金・☗2九飛型」の先後同型、観る将用語でいう「親の顔定跡」です。初手から現在の局面まで棋譜をスラスラ言えればもはや立派な将棋通と言ってもよいと思います。以前に塚田九段の角換わりの書籍の紹介でも触れましたが、最近の角換わりは初手☗2六歩から相掛かり模様の出だし4手から5手目に☗7六歩と角換わりを宣言するという手順が増えました。そこから玉を深く囲わずに、下段飛車に構えてバランスを重視する将棋に展開していきます。ただこの局面は一つの例にすぎず、この局面に至る前の時点で仕掛けたり、右銀を腰掛け銀にした状態から玉を右に囲う「セカステ右玉」という囲いも登場するなど、様々な棋士、ソフトが新構想を打ち出しています。

また、最近のプロ棋戦では早繰り銀対腰掛け銀の将棋も徐々に増えているそうです。先日中継された、棋王戦予選の☗出口若武四段ー☖藤井聡太七段の一局は先手の出口四段が腰掛け銀、後手の藤井七段が早繰り銀に構えての攻防となり、出口四段が制しました。この早繰り銀と腰掛け銀の攻防は、NHKの将棋フォーカスの講座「太地隊長の角換わりツアー」でも取り上げられているほど注目を集めています。残念ながら、将棋フォーカスの角換わりの講座は今月で終了となりますが角換わりの変化に対する注目度は今後も高くなると思われます。

 

次に相掛かりです。まずは、相掛かりを指すうえで欠かせない手順を見ていきます。

初手からの指し手

☗2六歩 ☖3四歩

☗2五歩 ☖8五歩

☗7八金 ☖3二金

と進んで早くも問題の局面です。

従来なら、ここからいきなり☗2四歩から飛車先交換をして棒銀を狙うのが自然と見られていました。しかし、最近の相掛かりはここから

☗3八銀 ☖7二銀

とお互いに右銀を動かすのが主流とされているようです。

以降は、玉形の整備に充てる手順に進んでいきます。最近では☗6八玉型や☗5八玉型の中住まいが多くみられるようです。☗6八玉型は飯島栄治七段が関連書籍を出されています。☗5八玉型は、アゲアゲさんこと折田翔吾先生がプロ棋士編入試験で合格を決めた本田奎五段との一局で採用されています。

私は相掛かりはそんなに多くは指しません。指したとしても従来の上図からいきなり☗2四歩と突くタイプを受けて立つ将棋が多いので、正直最近のプロの相掛かりの将棋にはついていけない面もあります。ただ、興味深いのはなぜ最近はいきなり上図から☗2四歩と突かなくなったのかという点です。その理由については、かなり前に紹介した西尾七段のコンピュータ将棋に関する書籍の中にコンピュータは人間より飛車先の歩交換を評価しないという旨の文がありました。従来の相掛かり定跡の6手目☖3二金以降の

☗2四歩 ☖同歩

☗同飛 ☖2三歩

☗2八飛(または☗2六飛)

の流れは人間は自然に見えるも、ソフトにとっては交換を仕掛けた先手が手損だからマイナスと判断したのでしょうか。よくよく見れば先手は飛車先に歩を交換という形で入手したのですが、結局飛車しか動かしていません。となると、あえて一旦☗2四歩を保留して模様をよくしていくという発想が生まれたのも納得できます。今後の相掛かりのポイントは、☗2四歩(☖8六歩)を突くタイミングとどう陣形を構築していくか。相掛かりは神経戦とも言われるほど、一手のミスで形勢が変化します。駆け引きも含めて注目したいところです。

 

続いては矢倉です。矢倉も本書から3年の歳月を経た現在に至るまで一気に定跡が変化しました。前回の将棋倶楽部24の途中経過報告でも話した「矢倉5手目問題」、矢倉党に衝撃を与えた「☗6七金左(☖4三金左)型」、主導権を握るという面で評価が見直された「米長流急戦矢倉」など、矢倉の変化も著しくなっています。最近の注目は急戦矢倉。従来の矢倉では守りに重点が置かれた左銀の活用法がポイントです。

この図は急戦矢倉を独自に再現してみたものです(特にこの棋戦の誰の将棋の再現ではありません)。この駒組みに至る過程の注意点としては、先手は5手目は必ず☗7七銀と指すこと。5手目に☗6六歩と止めてしまうと急戦矢倉ができなくなり、後手に左美濃から速攻を許してしまいます。先手の6六の銀は、中央の制圧と居角の活用を見越しての位置。後手も急戦矢倉で対抗してみた図にしてどうなるかというところでしょうか。

最近の矢倉では「脇システム」も復活の兆しです。

脇システムとは脇謙二八段が研究し多用したことからつけられた名前で、この局面からは角を交換する、棒銀で攻めるなどの手筋が有力。また、☗3五歩~☗2六歩と仕掛ける筋もあります。

古くはがっちり組み合ってから勝負とされてきた矢倉ですが、最近は早い段階から主導権を握るために様々な工夫がなされています。何年か前にとある棋士の「矢倉は終わった」発言が話題を呼びましたが、姿形を変えながらも矢倉は生き続けています。

 

最後は横歩取りです。私が横歩取りで衝撃を受けた一局は、今から2年前の羽生竜王と広瀬八段(いずれも肩書は当時)による第31期竜王戦七番勝負の第6局。この将棋は横歩取りから先手の広瀬八段が青野流に仕掛け、早い段階から互いに飛車角を手持ちにする激しい将棋でした。結果は広瀬八段が勝利してのちの竜王奪取につながったわけですが、この一局はなんと2日目の昼食休憩前に羽生竜王が投了されたことでも話題になりました

あれから2年がたち再度とある棋譜のデータベースを見たところ、最近は横歩取りの将棋が掲載数が落ちていることが分かりました。そのデータベースは最新順に並べてあるのですが棋士名を見るとやたらと同じ棋士の名前が掲載されています。特定の棋士しか指していなのは、横歩取りは絶滅とはいかなくともプロで流行はあまりしてないということを意味するのでしょうか。

ここでは、青野流について少し触れたいと思います。横歩取りを目指すなら以下の通りが一例。

初手からの指し手

☗7六歩 ☖8四歩

☗2六歩 ☖3四歩

☗7八金 ☖3二金

☗2五歩 ☖8五歩

☗2四歩 ☖同歩

☗同飛 ☖8六歩

☗同歩 ☖同飛

☗3四飛 ☖3三角

と進んで問題の局面です。

従来はここでいったん☗3六飛と引いて、後手の2筋への飛車回りに対処するという構想でした。しかし、ここから☗5八玉の玉上りから☗3六歩~☗3七桂を目標にするのが青野流の構想。後手が横歩を取らない場合は、先手は桂馬が五段目まで跳ねればほぼ勝勢といえます。

対策としては、後手も☖7六飛と横歩を取ることが第一歩。

下図は先手は2枚の桂馬を活用して飛車角桂で攻撃態勢を築きましたが、7七の桂馬を跳ねるタイミングに注意。間違えると一気に敗勢になることもあるので慎重な駒運びが求められます。後手は、☖7四飛と引いて飛車交換に持ち込む手が有力。やはり激しい変化が展開されていきます。

横歩取りは昔からスリリングな展開が魅力の戦法です。それゆえ、短手数で決着がつくこともあります。今回紹介した青野流以外では、升田幸三賞を受賞した玉を6八に囲う「勇気流」もありますし、最近では先手があえて横歩を取らないで単に☗5八玉または☗6八玉とする戦法の書籍も発売されました。

 

以上、相居飛車戦法の現状を四大戦法に絞って見てきました。それ以外では一時期雁木もブームでしたが、最近はやや落ち着いた感があります。現在の相居飛車の中心は角換わりといっても良いと思います。

面白いのは角換わりにおける「☗4八金・☗2九飛型」も、矢倉の「☗6七金左型」もそうなんですが、古い時代に前例があったものがソフトによって評価が見直されて甦ったという感じです。今後はどんな戦型が復活するか、新しい構想は生まれるのかという点にも注目しながら将棋観戦を楽しむのもいいかもしれません。

 

さて本書に話を戻します。本書はタイトルの通り、居飛車戦法の基本に重点を置いた書籍です。初心者の方、初めて居飛車の戦法に挑戦される方は読んで損のない一冊です。本書で基本を学んで、興味を持った戦法が見つかれば次のステージへというパターンで読んでみても良いと思います。このシリーズにが振り飛車編の書籍もありますが、それはまた次の機会にご紹介します。

 

この本を読んで将棋が好きになった、将棋が強くなったというお声をいただければ、これほど嬉しいことはありません。読者の皆様が将棋本を読んで将棋が好きになる、将棋の力が強くなることを祈念いたします。なお、次回の書籍紹介は4/3(金)を予定しています。

 

今日はここまでとさせていただきます。本日も長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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