2008-09-19 08:39:31

<医療費は本当に高騰しているのか―その6―医療が日本経済活性化の鍵を握る>

テーマ:社会問題
既に述べたように、日本の財政は公共事業に関連した支出が異常に大きいという特色を持っている(土地代を除く公共事業費が先進7カ国のうち、日本一国で他の6カ国合計を上回るという異常さ)。いうまでもなく、公共事業費は民間への投資による景気の活性化を目的として充てられているわけだが、その効果は以前ほどには期待できないのが現状ではないだろうか。なぜなら、土木事業そのもののニーズが減少しているからだ。
しかしながら、ここで発想を変え、医療を負担と考えるのでなく、公共事業と同じく新たな雇用を生み出す投資先と考えてみてはどうだろう。高齢者の増大は、そこに大きなマーケットが存在することを意味し、そこへの投資によって経済の活性化を図ることができるはずである。

現在、高い技術力があっても、マーケットが小さいため、大企業は医療に参入しにくい状況がある。このため、これまでの日本の医療産業は、その大部分を小企業が請け負い、現場の医師との連携で医療技術を開発してきた。
しかし、平成17年施行の薬事法改正によって規制が強化されたため、小企業による新しい技術開発すら困難になってしまった。要は、国が医療技術開発に対し、大企業も小企業も参入しにくい状況をつくりあげているのである。日本の医療分野には優れた技術と人材が豊富にあるにもかかわらず、現状ではそれが十分に活用されていないのだ。国はもっと自国のメーカーの新しい技術開発をリスペクトすべきであるのに、ただ医療費を安くあげることだけを目的としてジェネリック(後発医薬品)への転換を推進したりしている。これでは国内のメーカーは開発能力を失ってしまう。方向を過たぬ規制の緩和によって、高度な先進技術を有する日本の大小企業が、その力をいかんなく医療に投入できる環境が整いさえすれば、日本は世界に類をみない医療技術大国へと発展することが期待できるはずである。

確かに、医療技術大国化がもたらす医療技術の進歩は本物の医療費高騰を招いてしまうかもしれない。しかし、それは日本経済にとって必ずしも悪影響とはならないことだろう。公共事業に関わる土木建築費がどれだけ高騰していても、これまでそれがさほど問題にならなかったのは、それで経済の活性化につながっていたからだ。ならば、同じことが医療分野においてできないはずはない。長年の医療費抑制政策を止め、規制を緩和してマーケットを広げてやれば、新たな雇用機会が創出されるとともに日本経済は他のどの国にもみられぬほどの発展を遂げることが期待されるだろう。なぜなら、そこには確かなニーズがあるのだから。世界最高の医療を誇る日本にこそ、世界最高の医療技術大国へと躍進する機会があってしかるべきではないだろうか。

参考資料「TKC医業経営情報誌2008年7月号」
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-09-19 08:38:17

<医療費は本当に高騰しているのか―その5―財政改革こそ諸悪の根源>

テーマ:社会問題
今日の医療費抑制政策は、財務上の都合によって機械的に断行されている側面を否定できない。その根底に、こうした医療費亡国論があることはいうまでもないが、それを後押ししているのは現行の緊縮財政政策である。
今日の緊縮財政は、2010年末にプライマリーバランスの回復を目指す政府の方針が根幹にある。現状のプライマリーバランスは赤字であり、これを黒字化しようというものだ。
プライマリーバランスとは「国債などの借金を除いた歳入と、過去の借金の元利払いを除く歳出との比較」のことで、これが赤字だと将来の国民に限りなく借金が上乗せされていく勘定になる。従って、これを収束せしめるべく、政治家も財務省も血眼になってあらゆる財政支出を削減しているのである。
小泉政権下でつくられたこの方針を、多くの国民は納得し、「仕方のないこと」として痛みに耐え続けているが、果たしてこの政策そのものに間違いはないのだろうか。結局、「医療費の高騰」といわれるものには根拠がなかった。また、今日騒がれている二酸化炭素による地球温暖化といわれる理論にも、科学的根拠を見出すことができなかった(当ブログ<温暖化理論の虚妄>参照のこと)。
それらに共通したいかがわしさを、このプライマリーバランス回復を目指す政策にも私は感じてしまう。一方で、プライマリーバランス回復を目指すその2010年に、日本は国家財政が破綻して、極端なインフレが生じるのではないかといった怪情報も出回っている。
マクロ視点でとらえるべき国家財政を、家庭の財布事情と同次元で論ずることが果たして妥当であるのか、大いに疑問が残るところだ。事実、国家財政は、財政改革のたびに悪化しているという指摘がある。

参考資料を提示する。
経済コラムマガジン
http://www.adpweb.com/eco/eco371.html
上記記事は以下の記事へつながる。
http://www.adpweb.com/eco/eco500.html

資料より
<引用開始>
■プライマリーバランスの回復
今日の日本の財政運営の基本方針は、2010年初頭(2011年と見なして良い)にプライマリーバランスを黒字化(回復)することである。まずプライマリーバランスを説明する。プライマリーバランスとは「国債などの借金を除いた歳入と、過去の借金の元利払いを除く歳出との比較」のことである。これが黒字化するということは、前者が後者を上回ることを意味する。
プライマリーバランスが均衡、あるいは黒字化すれば過去の借金は残るが、借金はこれ以上増えないことになる。つまり国の借金はなくならないが、どんどん借金が増える状況からは抜け出せる。このプライマリーバランスの回復によって、財政の破綻を免れ、持続可能な財政運営が可能になると財政再建論者達は主張する。
たしかにこのプライマリーバランスの回復という大方針は一般受けする。特にここ1,2年の増税と、法人税の増収があった。法人税の増収は大企業のリストラ効果に加え、驚異的な新興国の経済成長によって外需が好調に推移し、主に輸出企業の業績が良くなった(円安も寄与)からである。これらによって日本の財政は、たしかにプライマリーバランスの回復に一歩近づいた。そして政府・与党だけでなく、国民もこの財政再建路線がうまく行くと思い込んでいる。
小泉政権下で作られたこの方針は、今日、政府・与党の財政運営の基本方針となっているだけでなく、野党の民主党も特にこれに反対していない。逆に今日この大方針に反対するには、「国賊扱い」を受けることを覚悟する必要がある。唯一これに異議を唱えているのが国民新党である。「橋本政権以来、財政再建政策を採る度に国の借金は逆に増えている」という事実を国民新党は指摘する。しかし今のところマスコミは全くこれを相手にしない(そのうちこの話が本当のことと知って愕然とするであろうが)。
国の借金も家計の借金も同じと思っている国民にとって、プライマリーバランスの回復という方針は解りやすい。大きな借金を抱えていても、これ以上借金を増やさないというのがプライマリーバランスの回復である。誰もがこれは財政再建の一歩と考え、反対する者はいない。
しかし家計の借金と国の財政赤字とは全く違う。個人や家計がこれ以上借金を増やさないことは決して悪いことではない。ところが国が借金を増やさないということは、政府消費や公共投資を削減したり、増税を行うことを意味する。当然、これらはマクロ経済に悪い影響を与える。
一人の個人や一つの家計が借金を増やさないため、緊縮財政を採っても日本経済に影響はない(全ての個人や家計が借金返済に走れば話は別だが)。しかし国が借金返済に向かって走れば、日本のように慢性的な需要不足の経済を抱える国にとって悪影響は避けられない。この悪影響がここまで大きく表面化しなかったのは、たまたま新興国の経済発展による特需があったことと円安(政府・日銀の円安政策も影響)のためである。もちろん外需の恩恵を受けられなかった業種や地域経済は、既に緊縮財政によって大きな打撃を被っている。
国のバランスシートを静態的に見るか、動態的に見るかで、プライマリーバランスを黒字化(回復)政策の評価は正反対になる。バランスシートを静態的に見れば、増税と財政支出の削減を続けることは正しい。しかしそんなにプライマリーバランスの黒字化(回復)を良い政策と主張するなら、中途半端な緊縮財政を止め、もっと大胆な超緊縮財政を来年にでもやれば良いのである。それで経済の方が破綻すれば、今度は国民も政治家も目を醒すと筆者は考える。

■悪魔の囁き
財政の状態を示す指標には、プライマリーバランスだけでなく他に色々ある。しかし財政再建論者達はこのことに口をつぐんでいる。例えば橋本政権の財政健全化目標は、単年度の財政赤字額をGDPの3%以内に収めることであった。EUへの参加条件もこれに近い。またOECDは、財政の健全性を見る指標に、名目GDPに対する債務残高の比率を使っている(債務比率)。さらにOECDは債務残高から金融資産を差引いた純債務のGDPに対する比率というものも使っている(純債務比率)。
日本の場合、政府の債務残高は大きいが、一方に政府は莫大な金融資産を保有している。したがって筆者は単純な債務比率でなく、純債務比率の方が日本の財政の健全性を見るにはより適切と考える。この辺りは04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で詳しく取上げた通りである。
プライマリーバランス回復論者は、国のバランスシートだけを静態的に見ている。つまり財政のマクロ経済への影響を無視する。しかし財政が経済や経済成長率に影響を与えることは確実である。ところが彼等は、例えば「公共投資を増やしても、経済成長率は上がらなくなった」と言った明らかな嘘を平気でつき、これを否定する。
また外需依存経済によって円高になれば、常軌を逸したような為替介入を行う。小泉政権下では短期間のうちに35兆円もの為替介入を行って、経済を支えた。たしかに為替介入は財政支出にならないが、これは明らかな誤魔化しである。このような金こそ国内の投資に回すべきであり、もしこれを財政支出の拡大に使っておれば、今日の日本経済はもっと成長していたはずである。
緊縮財政が経済に与える悪影響は徐々にやってくる。財政はプライマリーバランス回復に一歩近づいたが、国民経済は一段と疲弊した。小泉政権流の財政運営が続くことによって、日本経済はさらに落込むと筆者は見ている。
先週号で「家計の可処分所得は2000年度の298兆円から2005年度の283兆円へ15兆円も減っている」ことを指摘した。本来、経済が成長して、逆に家計の可処分所得が増えていなければならないのに、逆に減っているのである。その差額が大企業の収益になっていたり、プライマリーバランスの回復に使われていると考えれば良い。
長期金利がわずか1.6%なのに、なんで「財政危機」なのか。政治家もマスコミも、そして国民も全て騙されているのである。ところが肝腎の政治家の大半が騙されていることにいまだに気が付いていない。
国民は「日本経済は戦後最長の景気拡大を続けている」という官僚が作った嘘話にずっと騙されてきた。しかし先の参議院選挙で与党は大敗した。有権者は経済状態が確実に悪くなっていることを実感しているのである。ようやく政治家の中にも、この「プライマリーバランスを黒字化(回復)」政策が間違っているのではないかと気付く者が出て来た。筆者に言わせれば「ようやく気が付いたか」ということになる。
ふっと気が付くと経済コラムマガジンも今週号が500号ということである。しかし筆者の言わんとしていることは、今週号に集約されているような気がする。「プライマリーバランスを黒字化(回復)」方針こそが「悪魔の囁き」なのである。
<引用終了>

いくら借金返済のためとはいえ、稼ぎ手の交際費や食費まで削ってしまっては、まともに働けたものではない。まともに働けないからさらに給料が減って借金を返すことができなくなってしまうのだ。空腹で働き続ければやがては病気になって倒れてしまうことだろう。そのとき、医者にかかる費用まで削っていたのでは、病気は悪化して、働くことすらままならなくなってしまうに違いない。緊縮財政ばかりが正しいわけではないのである。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-09-19 08:36:24

<医療費は本当に高騰しているのか―その4―医療費亡国論の虚妄>

テーマ:社会問題
これまで、高齢者人口の増大が医療費の高騰をもたらし、国家財政が破綻するという非常にわかりやすい主張が、多くの国民、政治家に疑われることなく受け容れられてきたわけだが、もとを正せば、これは医療費亡国論と呼ばれ、1983年に「社会保険旬報」に掲載された「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」で紹介された当時の厚生省保険局長の吉村仁氏の私見に過ぎないものである。

吉村氏は論文の中で以下の3点を強調している。
1)医療費亡国論:このまま租税・社会保障負担が増大すれば、日本社会の活力が失われる
2)医療費効率逓減論:治療中心の医療より予防・健康管理・生活指導などに重点を置いたほうが効率的
3)医療費需給過剰論:供給は一県一大学政策もあって近い将来医師過剰が憂えられ、病床数も世界一、高額医療機器導入数も世界的に高い

さて、論点3)は、将来の医師過剰を予見し、医師数の増大が医療費高騰をもたらすという論理だが、現在、これはことごとく誤りであることが証明された。既に述べた通り、昨今の日本は医師不足である。医師過剰が医療費高騰をもたらすというこの妄言もまた、今日の医師不足を助長した要因の一つでもあるのだが、これは1983年に米国の医療経済研究者であるRossiterたちのグループが、米国での実証研究の結果にもとづき、発表した学説であった。しかし、その後、1990年以降に米国や北欧で行われた全ての実証研究において、この説は否定されたのである。
厚労省はまた、論点2)に基づいて、2008年4月より特定健診、特定保健指導を行っているが、はじめに医療費抑制ありきの制度であることが災いし、健診として十分な効果が得られないジレンマに陥っている。しかも、こうした健診は必ずしも医療費抑制につながらないことがすでに指摘されているのである。
<引用開始>
東京医歯大・河原教授

東京医科歯科大大学院の河原和夫教授は23日、医療関連サービス振興会セミナーで講演し、2008年度から始まる特定健診・保健指導について「予防によって医療費を抑えられない。逆にコストがかかる場合がある」と述べ、医療費抑制は困難との見解を示した。その上で、医療費抑制の視点ではなく、健康寿命の延伸の視点で取り組むべきだと提案した。河原教授は「標準的な健診・保健指導プログラム」のたたき台をつくった厚生労働省検討会の委員を務めている。
医療制度改革の一環として、厚労省は特定健診・保健指導の導入によって、15年度に生活習慣病有病者・予備群を25%減少させる政策目標を掲げている。中長期的には医療費の増加を抑えることも可能としている。
河原教授は特定健診・保健指導の導入によって、糖尿病など生活習慣病が予防でき、健康保険の一部では支出を抑えることができるとした。一方で、寿命が延びることで年間30万円とされる国民1人当たりの医療費がかかる年数が増え、年金の支払期間も延びると指摘。「国全体のマクロでは医療費抑制とは逆の効果が出てくる」とした。
その上で河原教授は、特定健診・保健指導の目的は医療費抑制にするのではなく、健康に生きる健康寿命の延伸に変えたほうがいいと提案した。
<引用終了>
引用元2007年10月24日メディファクス5272号

医療経済学者、兪炳匡氏は、その著書「「改革」のための医療経済学」において、詳細なデータから医療費の高騰をもたらすのは、人口の高齢化や医療保険の普及、あるいは国民所得の影響、医師供給数増加などではなく、「医療技術の進歩」であると指摘している。
つまり、現在にあって、医療費亡国論は、既に論理破綻しているとみなすことができるのではないだろうか。

参考資料
<日本の医師不足はどのように生じたのか>
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1292.html

http://ryumurakami.jmm.co.jp/medical/report07.html

上記より、
<引用開始>
■医師誘発需要と医療費亡国論

ついで、医者が増えると医療費が増加するという医師誘発需要説が、もっともらしく議論されたことが挙げられます。1983年に米国の医療経済研究者であるRossiterたちのグループは、米国での実証研究の結果にもとづき、医師が増えると医療費が増加する学説を発表しました。この研究を詳細に読めばわかりますが、この研究では医師数が10%増加しても、外来受診の頻度の上昇はわずか0.6%でした。このように、医療需要喚起説は科学的には妥当であるものの、社会的に与える影響については疑問の余地があったのですが、多くの医療関係者の間では「医師を増やすと、医療費が増える」というコンセンサスができあがりました。これは、「医師の売り上げは、一人あたり1億円くらいはあるだろうから、人数が増えれば、それだけ医療費がふえるだろう」という医療者・厚生官僚の感覚ともマッチしたものだったのでしょう。

1983年には、吉村仁厚生省保険局長(後の事務次官)が論文や講演・国会答弁などで「医療費亡国論」を主張します。ちなみに、吉村仁さんという人は、「ミスター官僚」や「厚生省の歴史を変えた男」などと呼ばれる伝説的人物です。「医療費の現状を正すためには、私は鬼にも蛇にもなる」と言い切り、医師優遇税制改革やサラリーマンの二割自己負担などの制度改正を行い、医療費の膨張に歯止めをかけようとしました。吉村氏は、広島県出身の被爆者で肝臓癌のため56歳の若さで亡くなります。吉村氏を中心とした厚生官僚は、医療費亡国論という学説に基づき、当時の中曽根内閣の増税なき財政再建路線、武見太郎氏退陣(1983年)による日本医師会の影響力低下などもあり、公的保険医療政策を医療費抑制方針に転換させました。医療費を減らすには医師数を増やしてはいけないと考え、1984年以降、医学部の定員を最大時に比べて7%削減しました。

その後、1995年村山内閣の少子高齢化対策、1997年の医学部定員の削減に関する閣議決定、2002年から小泉内閣によって実施された骨太の改革へと繋がっていきます。

■医師誘発需要学説は否定された

このように、1983年以来、政府は医師数削減政策の学術的根拠として「医師誘発需要学説」を挙げています。

しかしながら、学問の分野は日進月歩であり、過去の学説がいつまでも支持されるとは限りません。医療経済学分野でも、様々なグループにより医師誘発需要学説についての追加研究が行われました。この結果は、驚くべきことに、1990年以降に米国や北欧で行われた全ての実証研究は「医師数を増やしても医療費は増加しない」と医師誘発需要説を否定したのです。

1990年以降、情報工学の発達や米国医療界における情報開示が促進されたため、医療経済研究者の多くは、1990年以降の研究は、それ以前のものと比較して遙かに信頼できると考えました。彼らは、新しい研究の結果にもとづき、一部の医師は自らの収入を増やすため、不要な医療行為を行うが、その絶対数は少なく、国家レベルでは問題にならない、および、医療では医師と患者の間に情報の非対称が存在しても、患者の医療知識が増加するにつれ、医師が医療サービスを100%決定できず、患者の決定権が大きくなってきていると考えるようになりました。複雑さやスケールが増した系では、独自の理論体系が必要になるわけで、医師の一人あたりの稼ぎを根拠に医師誘発需要説を支持するのは暴論のようです。

このように、医師誘発需要学説は、医療経済学の専門家の間では完全に否定されました。しかしながら、現在でも、一般社会は勿論、医療経済学者以外の医療者、厚労省の官僚の中には「医師が増えると医療費が増える」と信じている人が多いようです。もし、国民が「医者を増やしても医療費の増加は僅かである」と考えれば、医師不足の日本で大学医学部の定員を増やす合意を得ることは容易でしょう。現にアメリカでは、財政赤字にもかかわらず、医師の数を大胆に増やしています。
<引用終了>

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-09-19 08:35:48

<医療費は本当に高騰しているのか―その3―高騰ではなく自然増>

テーマ:社会問題
わが国の安価で高効率の医療は、医師たちの自己犠牲によって維持されているといっても過言ではない。OECD加盟30カ国の人口1000人当たりの医師数は平均3人である一方、新生児死亡率がもっとも低く、WHOが世界一と認める日本の医師数はわずか2人に過ぎない。WHO加盟国全体の192カ国では、日本の医師数が1.98人で、63位という有様である。
この数字が意味するものは、医師一人ひとりにかかる過剰な肉体的精神的負担の存在である。医師一人当たりの荷重、負荷は小児科、産科、救急医療を中心にひどくなる一方で、20代男性勤務医の一週間あたりの勤務時間は77.3時間(厚労省の「医師需給に係る医師の勤務状況調査中間集計報告」より)に達し、公立高校教員の52.5時間(文部科学省の「教員勤務実態調査報告書」より)や、国家公務員の46.9時間(人事院「平成17年度時報告書」より)に比べ、突出している。実際、小児科医は少ない人数の中で無理をするため、過労死が後を絶たない。医師たちの自己犠牲は払える限界に達しているのだ。

こうした状況を作り出した原因は、長年にわたる医療費抑制政策にある。病院が経営を維持するためには人件費を抑制せざるを得ず、その結果がこうした医師の負担増となって顕れているに過ぎない。それでもなお、病院、診療所の経営状態は悪化の一途をたどっており、損益分岐点比率は90パーセントを超え(損益分岐点比率:実際の売上高に占める製造費の割合。損益分岐点比率が0.9(90%)なら、売り値100円の商品を製造するのに90円かかったことを示し、この比率が低ければ低いほど収益力が高いことを示す。)、経営的に危険水準に達している。実際、病院、開業医の倒産件数は昨年だけで48件あり、前年比6割増である。

過去の診療報酬改定では、2002年度が全体でマイナス2.7%、2004年度マイナス1.05%、2006年度マイナス3.16%と削減が続いたが、この間にGDPは上昇に転じたため、診療報酬とGDPの格差は開く一方で、昨年度は実に9.3ポイントの拡大である。
小泉政権の5年間では、1兆1000億円の社会保障費削減を掲げ、医療と介護を併せて6800億円が機械的に削減されてしまったが、社会保障費の自然増を考慮すれば(厚労省は医療費が年間3~4%増大するといっている)、その5年間で本来あるべき社会保障費に対して累計3.3兆円が削減され、その65パーセントを占める医療費は2兆1000億円が削減された勘定となる。
既出の資料にもある通り、対GDP比総医療費は、OECDの平均が8.9%だが、日本は8.0%で加盟30カ国中21位である。もっとも、OECDの加盟国は格差が大きいので、比較的均等なG7と比較すると日本は最下位である。G7の対GDP比総医療費10.2%に並ぶには、総医療費を現在より27.5%引き上げる必要があるのだ。果たして、これでもなお、医療費高騰を既成の事実として削減が必要なのであろうか。

毎年、新聞には「昨年度の医療費は~兆円で、前年比~%の増加である」などと活字が踊る。多くの国民にとって、~兆円という数字には現実感がなく、ただ、巨額であるという漠然とした印象しか残らない。そうした中、「増加」の二文字にとらわれてしまって、物事の本質を見極めることができない御仁が多いのである。
総じて、人は変化に対して不安を覚える生き物であるため、この増加を容認できない。従って増加はいけない、削減が必要だという話になってしまうのだが、これは全くもって理性的な判断とは言いがたいのだ。
先進国の人口動態は高齢化に向かっており、高齢化とともに医療費が高まるのは当然の帰結である。この自然増を否定しようとすれば、不自然が生じるのが当たり前なのである。
多くの客観的なデータが、現状で日本の医療が安価で高効率であり、これ以上医療費を削減する必要のないことを示している。
にもかかわらず、業界圧力の乏しさに乗じて医療費の削減を続け、他からの財源確保に疎かであるのは政治の怠慢といわざるを得ない。
少なくとも、この日本においては、どこかの国を模範として医療費を削減する必要はなく(模範とすべき国が見当たらない)、自然増加する医療費をどこからまかなうのかについて議論することこそ、肝要といえるのではないだろうか。

参考資料:岡山県医師会報弟1238号P210~211
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-09-19 08:33:27

<医療費は本当に高騰しているのか―その2―人頭制の悪夢>

テーマ:社会問題
世間では医療費高騰が既成の事実として、「医療費削減は仕方のないこと」を出発点に議論が始まっている。しかし、事実は異なる。日本の医療は、国際比較すれば、高効率で極めて安価な、世界の模範たるべき代物であることがわかるのだ。
にもかかわらず、財務上の観点からのみ制度改革を断行する厚労省の姿勢には懐疑的にならざるを得ない。
くだんの後期高齢者医療制度は、将来、国民の医療アクセス機会を制限して医療費抑制を図る英国型の人頭制導入を目指して制定されたものであり、多くの良心的な医師がこれに反発している。
<医療費は本当に高騰しているのか>中の資料「高齢化とともに高まる医療費」からもわかる通り、この人頭制導入はかえって医療費の高騰を招き、英国では既に失敗に終わっているのだ。それなのに、何ゆえ厚労省はその失敗に追従しようとしているのだろうか。私が理解に苦しむ所以である。
英国における医療の実態について、資料を提示する。これは、ある医師の、英国留学中における経験談だ。

「イギリスで病気になってはいけない」
http://www.geocities.jp/jgill37jp/dates.html

資料から伝わってくるのは、悲惨な英国の医療実態である。
人頭制を導入した英国では、総合病院の外来を受診したくても、100日以上待たされる。また、入院が必要でも3ヶ月以内に入院できない人が10人中3人もいて、一年以上、手術の順番を待っている人が4万5千人である。このため、毎年1000人もの人がヨーロッパの他の国で手術を受けているという。
英国における救急外来の目標は、「救急外来の待ち時間を4時間以内に!!」なのだそうだ。
また、医療保険が民間保険である米国では、医療費が高く、低所得者層は十分な医療を受けられない。保険料を払えない無保険者が4000万人もいるのだ。
ちなみに、虫垂炎(いわゆる盲腸炎)の手術料を比較すると、米国で手術料は120万円以上、入院料は別で、入院は一日のみ。抜糸までは近隣のホテルから通院が必要という有様であるのに対し、日本では手術料と1週間の入院料込みで約40万円、健康保険を使えば自己負担は15万円程度で済む(岡山県医師会資料より)。

厚労省の医療改悪は、米国の富裕層が享受する高水準の医療を現場に要求しながら、コストだけは次々にカットしていくというやり方で、病院、医院経営は困難の度合いを増している。無論、経営にゆとりのある施設もないわけではないが、そうした施設では長期間の入院待ち、長時間の診察待ちの患者が数多く存在し、患者側に多大な負担が強いられている。要は、過剰な需要と貧弱な供給のアンバランスの上に経営が成り立っているというだけの話であり、健全な医療とはいいにくい状況だ。
深刻なのは、需要があってなお、経営状態が悪化している施設も後をたたないということだ。
外科手術の中には、保険点数の低さから、入院の諸費用でかろうじて利益が見込めるだけで、手術それ自体はやればやるだけ病院の赤字になってしまうものもある。
医療現場の自助努力は限界に達しつつある、否、既に限界であるというのが、多くの医療従事者の素朴な実感ではないだろうか。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-09-19 08:32:30

<医療費は本当に高騰しているのか>

テーマ:社会問題
巷では、医療費の高騰を前提とした医療改革に関する議論が散見されるが、果たして医療費が高騰して財政を圧迫しているという認識、あるいは将来、医療費高騰が原因で財政が破綻するという見解に誤りはないのだろうか。
WHO調べによって、わが国の医療の現状を国際比較すると、健康寿命は世界1位(米国24位)、医療平等性は世界3位(米国32位)、健康達成度総合評価は世界1位(米国15位)であり、先進国の中でも極めて優れた医療を実現しているということができる。
しかしながら、その医療は、必ずしも過剰な医療費が達成したものではない。
なぜなら、OECDの報告によれば、日本の医療費対GDP比率は世界21位(米国1位)と極めて低い水準にあり、先進7カ国では実に最下位であるからだ。
つまり、医療費の高騰といわれるものは、極めて主観的な認識に過ぎず、客観性に欠けるといわねばならない。国内での相対比較でもって高騰と呼ぶことは慎むべきではないだろうか。

次に、将来の医療費高騰を見据える上で、これまでの医療費の推移を高齢化率の高まりと医療費対GDP比率の推移で国際比較してみる。


資料を提示する。

「高齢化とともに高まる医療費」
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1900.html

上記資料より
<引用開始>
これを見ると、日本のカーブはそう高くない水準で左右に長くなっており、日本の高齢化のスピードの速さと対GDP比の比較的良好なパフォーマンスを示しているといえる。最近年の対GDP比では、比較した8カ国中、高齢化比率が最も低い韓国を除いて最もその値が低い。また、日本はいまや最も高齢化の進んだ国となっているので、なおさら、対GDP比の低さが目立つ形となっている。
この図で注目すべきは、高齢化の進展度合いに合わせて医療費水準がどう上昇しているかを、線の傾きで各国比較した結果である。
線の傾きで特異なのは、極めて高い上昇が目立っている米国である。社会保険の範囲が小さく、民間保険と医療機関相互の競争など市場原理をメインとしている点で世界の中でも特異なシステムをとっている米国では、高度医療の発達や医療機器の進歩では世界一となっているが、医療費については高騰に悩まされ、マネジドケアなど数々の医療システム改革にも関わらず、貧困層への医療供給は制約されて平均寿命も先進国の中で低い状況の反面で、国民の所得の多くが医療費に注ぎ込まれているという特徴があらわれている。
<引用終了>

以上より、現状において、日本の医療制度は世界の模範とされるべきものではあっても、何処かの国を模範として追従すべきものではないということができる。一般的に認知されている、医療費高騰といわれるものの実態はこの程度のことなのだ。将来、医療費がさらに高騰すると仮定しても、世界的にみて医療費削減を目的とする改革に、妥当な根拠を見出すことができない。いくつかの資料から浮き彫りにされるのは、削減されすぎている医療費である。

さて一方、財政の圧迫ということでみれば、日本の財政には他の先進国にはない特殊性がある。

資料を提示する。

「日本の医療の現状と国際比較」
http://www.khk-dr.jp/shutyou/031115.pdf

資料中、「サミット7カ国の公共事業費」より、G7の日本以外の土木建築費が、米国を含む6ヶ国合計で2682億ドルであるのに対し、日本1ヶ国でこれを上回る3279億ドルであることがわかる。つまり、日本においては土木建築費が福祉医療費に比べ、際立って厚遇されているといえる。これは、政・官・業・ヤクザの癒着によって生まれた特異な状況であり、日本の特殊性であるということが指摘されている(参考図書ベンジャミン・フルフォード著「ヤクザ・リセッション」)。
元来、医療費の高騰を問題視すること自体、おかしな話だ。国家が国民に対して、何を差し置いても保障すべきなのは国民の安全である。この目的の前にあっては、医療にかかる諸費用は国民の安全保障上、最重要かつ必要不可欠な負担であり、他の諸経費捻出のためにこれを削減するという発想は、本末転倒もはなはだしいのではないだろうか。
年金制度や健康保険制度は国民一人ひとりの安全保障である。安全保障まで民営化してしまってよいものだろうか。

高齢者といわれる人々は、今ある若者の将来の姿に過ぎず、老人といわれる特殊な種族が存在するわけではない。団塊の世代と呼ばれる方々の高齢化は、一時的な医療費の高騰をもたらしはするだろうが、それらが永続することはない。目先の医療費支出を押さえ込む名目で、これほど優れた医療システムの破壊を招く医療改悪が行われねばならぬ理由が私にはよくわからない。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。