9月8日からケニア北部で支援を開始し、9月15日をもって終了しました!

支援をさせてもらいながら感じたことは本当にいろいろありました。
そのすべてを一度に書くのは難しいので、アフリカを南下していくなかで伝えていけたらと考えています。

昨日支援が終了したばかりなので、まずどんな方にどんな形で支援したのかお伝えしようと思います。











ケニア北部で支援活動をされているfhさんに、北部の現状を確認するために一緒に連れて行ってもらう。


9月初めに起こった民族同士の大きな衝突により、モヤレという町から多数の避難民が生まれました。
安全な場所を求めて多くの避難民がその周辺地域に散らばることとなりましたが、いつ帰れるかもわからない不安と食糧の不足で衰弱してしまっている状態でした。


頂いた募金をここで使おうとこの時決めました。
紹介してくださった別の”SAMMY"という団体さんともお話をして、今彼らに何が必要なのか考えた上で、

・とうもろこし粉(ウガリという主食)
・米
・砂糖

の食材を購入することに決めました。


避難民の数が多いことと、支援しようにも道が極端に悪いため支援が届いていない彼らに必要なものは、何よりも食糧。

とのことで食糧を購入し届けることとしました。





支援は2回に分けて行いました。
運ぶ量が多いことと、この87941円すべてをここで使ってしまって良いのかという思いがあったからです。
頂いた募金は自分の銀行口座に入れて旅に出ましたが、マーサビッツのATMで引き出しました。

1ケニアシリング=1.13円 
87941円=78000ケニアシリング(以下、Ksh)







・とうもろこし粉(ウガリ)2㎏×2袋(1袋95Ksh)
・米 5㎏(510Ksh)
・砂糖 2㎏(220Ksh)

計920Ksh×85セット(78200Ksh)



この1セットを1つの家庭に届ける形で支援しました。


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避難民の多くは5から6人のまとまりとなって生活していました。
2回の支援で70セットを支援でき、大きなまとまりになっていない2人組の避難民の方たちには、お米だけなどのバラで支援する形にしました。

護衛のための兵士を雇うためと、ガソリン代の一部に別途料金がかかりましたが、頂いた募金は食糧を買う目的で集めたため、全て食糧を買うために使わせて頂きました。




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エチオピアとケニアを結ぶ主要道路以外は道が最悪。
支援を効率良く届けることができない。ということも納得できる。
だからこそ、交通網の整備など長期的なスパンでの支援の大事さを肌で実感する。



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栄養ビスケット

塩のようなものがビスケットに混ざっていた。
米などの支援は重さもあるので、それだけ大きな車も必要になる。
移動コストも考えると頻繁に大きな車は出せない。
だからビスケットのような軽いもので飢えを凌いでいかなければならない。
だからといって全員がもらえるわけじゃない。
もらえる人ともらえない人がいて、誰に与えるのかを判断するのも難しい問題。

ケニア赤十字の方より。
















栄養不良は身体の免疫力を弱めて、普通の下痢や熱でも命取りになる。
マラリアなどの病気ではなく、ただの下痢で命を落とす可能性があるほど、栄養が足りていない人たちがここには何人もいる。
食糧が不足している訳じゃない。
どんな飢餓地帯だって食糧は絶対ある。
先進国や途上国の富裕層では肥満が問題になっているのに、飢餓人口は増え続けている。

問題はその配分。










世界には生産性の高い国があれば低い国もある。
その一つの国の中でも生産性の低い地域があり、十分に食糧が行き渡らない。それが今回訪れた地域だと思っています。

じゃあ行き渡らなければどうすれば良いか。
自分たちで市場へ行き、買うしかないんです。

市場にいけば食糧は十分にあるけれど、彼らはそれを買うお金がない。



干ばつなどの自然災害により農作物があまり穫れない時期がある。
それでも、もし収穫したものを国民全体に分け与えていたら、飢餓なんてことにはならない。
でも、一部の裕福な商人などが食糧を買い占め商売をする。貧しい小作人は最安値で収穫物を買い取られ、全くお金を持たない人たちはその農地さえも買いたたかれてしまい、生活の源そのものを失ってしまう。



もともとお金を持っていないんじゃない。
人為的な要因でお金を持っていない人がつくり出されている感じ。


干ばつなどの自然災害によって飢餓は起こっているというのは絶対違うってめちゃくちゃ感じる。
自然災害というものを利用して裕福な人が金儲けをしているだけ。
どんな災害があろうとも裕福な人には必ず食べ物があり、死んでいくのは普段から生命線ギリギリに追いやられている貧しい人たちだけ。土地をも買い取られ、働いても安い賃金で、栄養が足りていないところに最後の追い打ちがきているだけ。











今回お金をそのまま渡すのではなく、食糧に変えてから団体さんにお世話になったのはやっぱりお金をどう使われるか怖かったから。
お世話になっておいてこんなこと言うのもおかしいかもしれませんが、全ての方が良い人ではありませんでした。
政府からのお金(各国からの寄付金)を必要としている人に届ける。でも”必要経費”としていろんなものに使ってる。 
めちゃくちゃ曖昧な言葉”必要経費”って。移動中に晩飯食べるのも必要経費、オフィスを増築するのも必要経費。
コンビニのレジの横にある募金箱に入れている人ってきっと、少しでも苦しんでいる人たちの助けとして欲しい。って気持ちで入れてると思う。もしそれを”必要経費”と呼ぶのであれば、「スタッフの晩飯にも利用させて頂いてます。」などのメッセージも募金箱に書くべき。きっとスタッフのご飯代を払うために募金している人なんていないはずだから。






いろんな人の気持ちが必要とされている国の政府へ。
その政府から支援団体へ募金が送られる。
その時どれくらいのお金が”必要経費”としてそいつらに使われているのか。
その支援団体から支援を待っている人たちへ。
その時どれくらいのお金が”必要経費”としてそいつらに使われているのか。

バングラデシュで出会った団体さんは
「手のひらに溜まった水が指先からこぼれ落ちる程度しか届いていない。」
と言っていました。


メディアを使い適当に
「先月発生した部族間の争いにより避難民となった方々が大勢餓死しました。」
などと言って、あたかも暴動や災害などの予測不可能な事態が原因で飢餓が発生しているといった情報を流す。
人間が作った政府や組織が、誰が死に、誰が生き残るか決めているだけ。飢餓を管理し、常に飢餓をつくりだすことで安定した生活をする。


飢餓を上手いこと利用して金儲けする人たちが悲しいけど確かにいる。






「職業は何ですか?」

『飢餓です。』


っていうような恐ろしい世界がほんまに出来上がろうとしている。










援助をする。
そのことによって政府や富裕層に力をつけてしまう。
飢餓がなくならないのは支援するからだ。
なんてことも言われると思う。

「少しでも役に立ちたい。」って気持ちで募金をしているのに、それが原因で飢餓がなくならないなんて、めっちゃ悔しいし腹が立つ。
でももしここで寄付をやめてしまったら、その手のひらからこぼれ落ちる支援すらも届かなくなる。
その支援で助かっている人たちも大勢いると思う。
だから、悔しいけど、悔しいけど、寄付などの支援を続けながら、政府の人間となる者への教育や支援のやり方を変えるなどの長期的なスパンでの支援が必要なんだと思う。
各国がどれほど支援したって、人々の食糧と生存に責任を取ることができるのは、結局その国の政府だけなんだから。











ボランティア団体に関わっている方や、日本および海外支援に従事されている方々のなかには、そんなことない。と感じる方も少なくないのかもしれません。
また、支援を減らしてしまうような書き方をしてしまったのかもしれませんが、あくまで今回僕がバングラデシュやケニアで出会ったボランティア団体の話を聞いたり、活動を見学させて頂いたりする中で感じたことです。
もちろん全てがそのような団体ではないと信じています。でも確かに今回感じたような”飢餓を利用している。”という現実はあると思ったので本音を書かせて頂きました。




二年前から集めだした募金は旅中のも含めると、87941円も集まりました。中・高校や大学の友達、サークルの先輩や全く知らない通りすがりの人から声をかけてもらったこともありました。
何百人という方のおかげで、ケニアの何百人という方が助かっています。
次の支援が来るまで、争いが終わり帰れるまでの短い間の支援になったかもしれませんが、その間に失われてしまった命があったかもしれないと思うと、今回ここで支援させて頂いたことは間違ってなかったと感じます。


たくさんの人から頂いた気持ちを必要としている方に届けることができたと思います。
協力してくださった団体さんを含め、募金してくださった方々本当にありがとうございました。











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