【Day65 2025.11.7 シュンケイラ→オーレンセ 23km】
オーレンセまで二十数キロの歩き。
カーリーンは昨日から、”シー、明日はカヴァを飲もう!“と息巻いていた。
“え!?ほんと!?
カヴァ大好きなの!うれしいーーー!
飲みたかったのー!“
と私も大騒ぎ。
“そういうモチベーション大事よ”
とカーリーンは言う。
今日は道の途中で私を追い越しながらも、
“カヴァが待ってるわよー”
と上機嫌だ。
今日はサンティアゴまでで最後の大きな町オーレンセまで、23kmほど歩く。
オーレンセからサンティアゴまでは100km強である。
カミーノ・デ・サンティアゴでは100km以上歩くと証明書がもらえるため、このポイントからにさらに人が増えると言われていた。
午後2時には町の中心地にあるアルベルゲに着いた。
大きな町のこんな中心地に格安で泊まらせてもらえるのは本当にありがたい。
そして多くの巡礼者を見込んでか、ガリシアに入ってからはアルベルゲの規模が大きく、かなりシステマチックになっていた。
ファシリティも概ね同じだ。
アルベルゲにはカーリーンはまだいないが、フランス語兄弟(実際は兄弟ではない)と、他にも二人の巡礼者がいた。
ベットメイクとシャワーを済ませると、夫からLINE電話が掛かってきた。
今日は仲間たちと飲み会だったので、掛けてきたのだった。
どこにいるの?足はどうなの?いつ帰ってくるの?と、みんなとかわるがわるおしゃべりをする。
みんなもう酔っ払っていて、如何に楽しく過ごしていたかが伝わってくる。
いつもだったら私もそこにいたはずだ。
それが今はスペインを歩いていて、こっちの生活スタイルと人間関係がメインになっている。
しかしそれもあと数日で終わり、また画面の向こう側の世界に戻る。
そのことはとても奇妙に感じた。
みんなはほとんど変わっていないし、私のことも変わっていないと思っている。
でも多分、私は少しだけ変わっている。
そしてもう、元に戻ることはできない。
このあたりのアルベルゲは3€で洗濯機が使える。
大型の洗濯機を一人でお金をかけて使うのは勿体無いので、カーリーンと示し合わせ、今日は洗濯機の日にしようと決めていた。
遅れてきたカーリーンは私だけでなく、アルベルゲにいたみんなに洗濯物はあるか聞いていた。
最初の人を寄せ付けない印象と違って、彼女はとても面倒見のよい人だった。
洗濯機を動かすと私はカテドラルに向かった。
カーリーンは以前も見たことがあるから行かないという。
カテドラルは素晴らしかったが、ここのところ歩きすぎているせいか、私はなんだか眠くなってしまった。
カテドラルを出るともう日が暮れ始めていた。
オーレンセは本当に“街”という感じで、カテドラルの周辺には飲食店が立ち並び、人々が行き交う。
ヨーロッパの古くて美しい石畳の街並み。
それを彩るバルのテラスではダウンジャケットに身を包み楽しそうに雑談する人々。
アルベルゲに帰る途中、そんな人々の様子を見ていたら、この町に一人でいることに急に寂しさを覚えた。
もちろん、カーリーンやフランス語兄弟がいて、知り合いがいない訳ではない。
でも彼らは日常ではないのだ。
だからと言って、今の日本に私の日常もない。
私の日常は、一体どこに行ってしまったのだろう。
カヴァを飲もう!と息巻いていたカーリーンは、宿に来る前にスーパーに寄り、電子レンジでできるパスタとチーズとカヴァとプラコップを買ってきてくれていた。
ところがこのアルベルゲは飲酒禁止という。
“どうする?”と聞くと、
“高架下で飲んで物乞いしましょ”
というカーリーン。
私は爆笑してしまった。
カーリーンと私は先にパスタで夕食を済ますと、カヴァとツマミを持って近くの広場に出かけた。
天気はなんとか持ちそうだ。
そして寒い中、広場のベンチで私たちはカヴァのボトルを開けた。
爆笑しながら乾杯する動画を撮ってジョンに送る。
雨が降ったらあの高架下に逃げようと、二人で笑う。
まるで学生にでも戻ったみたいだ。
日常をこんな風に意識できたこと、それこそ貴重なことなのかもしれない。
そして良い年した大人がバカみたいに笑いながら、大きな町の広場でワインを一緒に飲む仲間がいること。
それがたとえひと時でも、それは何よりの財産である。
晴れ間を見せていた空は翳りを見せ、雨を降らせた。
しかしカーリーンがよくわからないドイツ語のお祈りをすると、空はまた晴れ間を見せてくれて、私たちは笑いながらカヴァを飲み干した。