【Day31 Camino de Santiago】2025.10.4 ビールの恩返し | ちびタンクのひとりごと

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【Day31 2025.10.4 アルフセン滞在4日目】


朝、もはやルーティーンと化した巡礼者のお見送りを行い、ついで朝ごはん、シャワー、洗濯を済ませる。


足は回復傾向にある。

いつでも出発できるよう、大規模な断捨離を実行し、加えてバックパックと靴の洗濯も行った。

これまた恒例となった宿の支払いと買い出しのために商店に出向く。

ついでに教会に寄ってアルベルゲへ帰ってくると、すでに午後2時を過ぎていた。


アルベルゲのテラスには自転車が置かれ、中からは音楽が聞こえてくる。

誰かいるようだと玄関を抜けると、ダイニングに中年の男性がいた。

挨拶を済ませたあと、今からパスタを作るけど食べるかと聞くと、お腹が空いているからありがたいという。

日本人である私に向けて彼は、藤井風の”死ぬのがいいわ”をかけてくれた。

いい選曲だねえと、二人でキッチンで身体を揺らす。

ちょうどパスタが出来あがろうかという時に、小麦色に焼けた細身の女性が現れた。

パスタを食べるか聞くがいらないと言う。

彼女はベットルームに荷物を置くと颯爽と水着で出てきて、テラスで水を浴びて良いかと聞く。

良いけど、シャワールームはそこだよ、と言うと、夏は外の方が気持ち良いから、と言って出て行ってしまった。

なかなか強烈なキャラである。


音楽のおじさんにビール飲む?と聞くと遠慮がちにいいの?と言う。

ちょうど去って行った人がくれたりして、多めに残っていた。

どうぞどうぞと、缶ビールとトマトオリーブサーディンパスタを机に並べる。

おじさんはアイルランド出身の55歳。

サンティアゴからセビーリャに自転車で逆走しているのだそうだ。

少し深い話になりそうになった時、水着ガールが戻ってきた。

冷蔵庫を開けて、このビール誰の?お金払うから飲んでいい?と聞く。

私のだけど、飲んでいいよと言うと、いやいや払うね、と言いながらプシュッと開けてダイニングの席に着いた。

あちこちにタトゥーが入り、ブレスレットなどのアクセサリーが眩い。

未だ水着である。

カナリア諸島出身だという彼女。

どうりでである。


三人でビールを飲みながら話していると、新たな巡礼者がやってきた。

破れた胸ポケットのシャツを着た高齢の男性である。

荷物を置いてダイニングの席に着くと、ビールがあるのかな、と聞かれる。

どうやら今日は、みんなにビールを振る舞う日らしい。


今日はこの4人だね、なんて話をしていたら更に中年の4人のグループがやってきた。

一連の流れを見てきたアイルランドのおじさんが、まだまだビールが必要だねと、と笑う。

さすがにそんなには持ち合わせていない。

女性二人、男性二人のグループは、この道で出会ったそうだ。


加えて背の高いカップルもやってきた。

アルベルゲがこんなに混雑するのは初めてだ。


人数が多すぎると、逆にそれぞれ個別に過ごすという現象が発生する。

特に団体は必然的に存在感が強いので、それ以外の人が居場所を失いがちである。


今日はこれ以上、誰かと親しくなることはないのかなと思いつつ、テラスの椅子に座る。

ストレッチしたり、誰かに連絡をとったり、日記を書いたり、そんなことをしているとあっという間に夕方になった。


7時を皮切りに、私は缶ビールを開けた。

テラスの椅子に座って、ぼんやり夕日を眺める。

するとグループの一人が隣の椅子に腰掛けて、いい景色だね、と呟く。

彼女はイングランド出身で、高齢の母親がマラガに住んでいるからEUの在留ビザを取得中なのだと言う。


そんな話をしていると、外に出ていた水着ガールが帰ってきた(もちろん、もう水着ではない)。

彼女は小さな木辺を持って出てきて、ライターで先端を燃やし、煙を私に向けた。

どこかで嗅いだことのある匂いだ。

“パロサント!?”

“そう、あなたの足に効くと良いと思って“

パロサントは香木であり、聖なる木として知られている。

そのままでも良い香りがするが、煙は浄化やリラックス、瞑想などに使われるものだ。

”一つしかないから、半分しかあげられないけど。今、切ってあげるからね“

煙が切れると彼女はそう言って、キッチンのナイフでその木辺を半分に切って、大きいほうを私にくれた。

なんということだろう。


あまりのことに言葉を失っていると、今度はダイニングにいた破れたシャツのおじさんが、あんたの足に中国の療法が効くだろうからやってあげるよ、と言う。

水着ガールはそういう自然療法が好きらしく、見たい見たいと囃し立てる。

なんでも良いからお願いしたい私は、おじさんの前の椅子に腰掛ける。

水着ガールがまたパラサントを焚いてくれた。


おじさんは、足で手を何回か叩いたあと、私の両膝にゆっくりと手を置いた。

その手が温泉みたいに温かい。

そして少しづつ手の位置を変えながら、膝の全面を温めてくれた。

驚くことにその温度は一向に冷めない。

足だけではなく、全身がぽかぽかしてきた。


終わりと言われても、やめないでほしいと思ってしまうくらい気持ちいい。

一体、なんなんだ?これは。

明日、カセレスまで走れるよ、というおじさん。

本当にそんな勢いである。


時刻はまだ9時。

いつもならもう一本ビールを開けている時間だが、この温まった身体のまま寝たくなって、珍しく早く寝室に戻った。


振る舞ったビールは意外な形で私の元に戻ってきた。

でもそれ以上に、出会ったばかりの私の状況を気にかけて、できることをしてくれたことが嬉しかった。

人が多かろうと少なかろうと関係ない。

パラサントの甘い香りがほんのり漂う部屋で、インナーシーツの中の膝は今もまだぽかぽかしている。