私の身体に似合わない大きなバックパックは、
何人もの人に
「君は強い」「amazingだ」「君の勝ちだ」「お前はクレイジーだ」
と言わしめた。
日本人の中でも小さい私の背丈と、
短く刈った黒い髪と、不自然なほど日焼けした茶色い肌と、
Pumaの汚れた薄っぺらいランニングシューズは、
いつもたくさんの人に愛された。
こんな自分で良かったって、思ったんだ。
教会に響く敬虔な歌声。
ドネーションの宿の夕食では、カミーノへの想いを語り合い、
神父さんに誰もいない教会の連れて行ってもらった。
みんなで歌った賛美歌。
あまりの美しさに、一人、仏教徒の私が泣いた。
肉体の限界に直面し、もう一歩も歩けないと思った時に、
その価値を見出したこともあった。
ある人が呟いた一言に、
あなたの中の小さなあなたが、泣いている気がして、
その繊細で脆くて美しいガラスのようなあなたの心が、
今にも壊れてしまいそうな気がして。
抱きしめてあげたくて、でも出来なくて、
伝えたくて、でも伝えれらなくて、
彼女を想って涙した夜もあった。
出会うことに、気を使うことに、自分を作ってしまうことに疲れて、
誰とも話したくないと思った日。
笑顔が引きつっているんじゃないかと、自分が嫌いになった。
フロアに誰もいないと思って大騒ぎして、怒られた日。
さんざん飲んで帰ってきたのに、宿に帰るとサングリアの酒盛りに巻き込まれた日。
一人で食べる予定の食事に、いつの間にかみんなが参加していた日。
またすぐに会えると思っていたのに、大好きな人が帰国したと知った日。
いつの間にか見なくなって、
もう二度と会えないと思っていたのに、
道やアルベルゲ(巡礼宿)で再会して、大きなハグをしあった日。
いつまでも日が暮れないスペインに、
夜が、月や星や暗闇が、恋しいと思った。
お勘定を忘れるファンキーなバルのマスター。
懇切丁寧にスペイン語で道を教えてくれる地元のお婆ちゃん。
やたらオマケしてくれる小売店のおじさん。
土ぼこりを巻き上げるトラクター。
道案内してくれるかわいい犬や、
食べられちゃうんじゃないかと思うほど大きな犬。
バルでおこぼれをねだる猫と、のんびりあくびを繰り返す猫。
羨ましいほど怠惰な牛たちに、駆け回るニワトリ。
巨大な黒いナメクジに見送られ、
たくさんのコウノトリに冷やかされ、
うるさいハエを避けながら、
ミツバチと一緒に歌いながら歩いた。
何もない、ただ、青いだけの空を見て、
"ああ、空は本当に宇宙と繋がってるんだ"って分かって、
なんだかちょっと、怖くなった。
朝日は毎日、世界はこんなにも美しいって、教えてくれた。
赤いポピーと白いマーガレットは、いつも私たちを癒してくれた。
レンガに沿って咲く美しいバラと
出窓ごとに咲き乱れるベゴニアに、
ここが日本ではないことを実感させられた。
もっと、たくさんの花の名前を知ってたらよかったなって、思った。
青々としていたぶどう畑も、
刈り取りどきがよく分からない小麦畑も、
スタートとゴールでは、ちょっとづつ様相を変えていった。
時が、過ぎて行ってるって、今更わかったんだ。
ーーー続くーーー