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現地の音楽だろうか?
民族音楽風の着信音が鳴りだしたのは,
空港の駐車場で,運転手と沈黙の空間を弄んで間もなくであった。
彼の携帯電話を握りしめていた私は,瞬時に出た。
相手はもちろん,心待ちにしていた大使館のN氏からであった。
「VISAはXXXXXXXXX,MASTERは○○○○○○○○○にかけてみてください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「今晩,帰国なんですよね。」
「はい。」
「クレジットカード盗難の場合,ショッピングでは保険が適用されますが,
暗証番号を使ったキャッシングの場合,ほとんど保険がききません。
現地の警察で届けを出せれば多少変わるかもしれませんが,
それも難しいということですよね?」
「はい。もうすぐここを経ちます。今,空港に居るんです。」
「そうですか。損失は免れないかもしれません。
とにかく,一刻も早く,カードを止めることです。」
「わかりました。いろいろとありがとうございます。」
「何か困ったら,遠慮なく電話してくださいね。」
「はい。本当に,ありがとうございます。」
私は,心からの感謝をこめてお礼を言った。
電話を切ると,日本語のやり取りが一向にわからない運転手は,
”もうそろそろ・・・”と言わんばかりの表情でもじもじと私に訴えてきた。
これ以上,彼の時間と電話代を奪うのは筋違いであろう。
ここは空港。
遠慮なく国際電話を掛けることができるはずだ。
私は運転手にも丁寧にお礼を言い,
小銭しかないラオス紙幣の代わりに,残っていた10ドル札を握らせた。
電話代にしては高額過ぎるとは思ったが,
私にとってこの恩は,10ドルでは安いくらいだ。
感謝の意を伝えたかった。
彼は,予想もしない臨時収入に大喜びで去って行った。
”さあ,問題はこれからだ。”
私はタクシーを降り,空港の建物の中に急いだ。
---つづく---