こんにちは☆ しずです。
あああ。昨日は散々だったな(ノ_-。)
今日はお出かけ前に書いちゃいます~。
では,続きです。
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「はい。日本から来ました。」
彼女の流暢な日本語に,私も日本語で返した。
「そう。ここへどうぞ。」
彼女に促され,隣に座る。
年は,30代後半くらいであろうか。
小麦色に焼けた小さな顔に,くっきりとした印象的な目と,
やわらかい笑顔を湛えた,美しい方だった。
「一人で来たの?」
「はい。一人旅です。」
「そう。いいところでしょう?」
「はい。感動して涙が止まりませんでした」
「そう。それはよかった。」
彼女は遠くを見ながら言った。
あたりは既に暗くなっていたが,
ステューパはライトアップされていて,
その左頭上に輝く三日月とが,まるで絵葉書のように美しかった。
夜にも関わらず,園内はまだ参拝客でにぎわっていて,
なんだか,お祭りや花火大会の日の夜のような雰囲気を感じさせた。
「あの。日本の方ですか?」
「ううん。タイ人よ。夫が日本人なの。」
「なるほど。すごい日本語がお上手だから,日本の方かと思っちゃいました。」
「ふふふ。」
彼女は静かに笑った。
私たちは,いろいろな話をした。
彼女はタイ人で,ブッダガヤのタイ寺にお手伝いに来ていること。
夕涼みと一日の最後の参拝がてら,
毎晩,こうやってステューパの脇で,みんなで談笑するのが日課であること。
隣の人が撫でている犬は,飼っているわけではないのだが,
いつのまにかなついてしまって,皆でかわいがっていること。
ブッダガヤの旧正月は,もっと多くの,世界中の仏教徒が集まり,
そこかしこでお経が唱えられ,それはそれは美しいこと。
「旧正月かあ。来てみたいなあ」
「ええ。是非いらっしゃい。本当に,素晴らしいわよ。」
彼女はうっとりとした表情で言った。
冬のここを想像してみた。
ピンと張った空気の中に響くお経。
それはそれは,崇高な空間であることだろう。
私は昨日から今日にかけて,起こったことを彼女に話した。
「あなたがお世話になったのは,とてもとても偉い尼さんよ。
あなたは日本に帰ってから,自分がどれだけ貴重な経験をしたか,
気づくことになるわ」
「そう思っていました。
既に,とても貴重な経験をさせて頂いたと思っています」
私は答えた。
しかし本当の意味で,私はその時,その経験の価値をまだ,理解していなかったと思う。
私は,気になっていたことを聞いてみた。
「あの。旦那さんは,タイか日本に残っていらっしゃんですか?」
「ううん。もう,いっちゃったの。」
静かな笑みを湛えながらそういって,彼女は人差し指を天に指した。
意味を理解するのに,一瞬の時間を要した。
彼女の横顔は,月明かりに照らされ,相変わらず美しかった。
彼女の中にある,美しさとやわらかさの奥に潜む,何か大きな物の存在。
それはずっと感じていたのだが,その理由が初めて分かったような気がした。
深い深い憂いを超えた,慈悲のようなもの。
「あの。お名前を伺ってもいいですか?」
「ふふふ。名前はないの。
ここでは,名前はいらないのよ。」
そうか。
名前など,確かにいらないのかもしれない。
ここでは,なぜかそれが正しい気がした。
「さあ。そろそろ行きましょう。」
タイ人のお手伝いさん一行と一緒に,最後の参拝のため,歩き出した。
いつのまにか三日月が,ステューパの丁度真上まで移動していた。
---つづく---