「笑う門には福来る」を実現させましょう、ということについて書いています。
初めの記事はこちらです。
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明るいと自認しているのに、笑う門には福来るにならない人。
そういう人の中に、慈愛と同悲の言霊が足りていない人がいる。
と書きました。
そういう人にはこういう傾向があります。
悩んでいる人や悲しんでいる人を前にすると、
「がんばって」
「泣いてないで」
「元気出して」
と励ますのです。
そういわれて、「そうだな」と元気を取り戻す人もいるでしょう。
しかし、「これ以上がんばれない」、「悲しみのどん底だ」、「どうやったら元気になれるのかわからない」という人もいるのです。
明るいと自認している人の中には、その気持ちに寄り添えない人がいます。
暗いのが苦手です。
自分が悩むとき悲しいときは、その思いに蓋をして終わりにします。
それでなんとかなっている。
そのため、目の前の暗い人にも同じ方法を勧めるのです。
人は、誰かとまったく同じ気持ちになることはできません。
まったく同じ経験も、できません。
それでも人の気持ちに寄り添うことができるのは、「さぞ◆◆だろう」と推し測る心があるからです。
その心が初めから大きい人とそうでない人がいるのは確かです。
また、寄り添い方が的確な人とずれている人がいるもの事実です。
それでも、人の気持ちに寄り添いたいという思いが強ければ、深く、的確に寄り添う人になっていきます。
励ましのことばしかかけられない、明るい人よ。
人の心に寄り添う努力をしましょう。
そしてもちろん、自分自身が悩んだり悲しんだりするときは、その気持ちにも寄り添いましょう。
蓋をするだけでは、溜まっていく一方です。
それが、しあわせを遠ざける原因になっているのです。
さて、慈愛と同悲の言霊の件ですが。
次につづきます。
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このブログでは、神様に対する誤解を解こうとしてきました。
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