知恵と工夫・民の抵抗の変遷を食の歩みからヒモ解く!ナチュラル人類史講座 | 医者ギライ・クスリギライのための1日10分!医食同源・自然食実践ブログ

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その民族の歴史には必ず、

“食の歴史”

が付随するもの。私たちはそれを食文化と呼んでいます。

変容をしつつも、今日までしっかり受け繋がれている。それは人類的資産、そんな風にいえるものかもしれません。

ソースはヨーロッパで普及し、伝承されてきた食の体系。

高級品のように思われていますが、そもそもを考えれば、ちょっと違う。 食材を絶対に

“ムダにしない!”

その強い信念の結晶、それがソースであると思うのです。

 




■命を賭けて・・・
「豚一頭」

ヨーロッパにおいては、これをすべて食べ尽くす努力をします。

腸は肉を詰めソーセージになり、耳はテリーヌになり、舌はトロトロの煮込み料理に仕上げていく。

豚足はもちろん、膀胱は素材を入れて容器にする。そしてソーセージには、豚の

“血!

までをも入れていく。使えるものなら何でも使う。

こうした体系が西洋料理の基本になると解説されるのです。

そして、本体である豚肉を炙ると、脂がポトポトと垂れていく。それを受け皿にとり、食材に活かしていく。 

うまみの凝縮した脂にさらに味付けを施し、炙った肉と再び合体させていく。

それがフランス料理などのソースの原型ではないかと想像されるのです。

華やかなソースの裏にある民族の歴史。そこには、暮らしの知恵が隠されている。

文化の裏に背景あり、こうしたものでもあるのです。

ヨーロッパは雨の少ないエリアで、河川も短い。東京の年間降水量は1500ミリで、世界平均は1000ミリ。ヨーロッパ各都市はどうか?というと、

「ローマ:716.9ミリ パリ:652.8ミリ ヘルシンキ:678.6ミリ」

このような統計結果が出ています。

こうした事情のため、食用植物が少なく、食品は極めて乏しいエリアというわけです。

ヨーロッパの歴史とは飢えとの闘いの歴史。食べものが少ないからこそ大切にし、使い倒していく。

 

今は事情は違うのでしょうが、かつてのヨーロッパにおいては冬を前に家畜の豚をすべて屠殺してしまう。

 

理由は、豚は人間と食べるものが近い雑食性の生き物だから。人が食べる貴重な冬の食料。豚を生かしておけば、それを分け与えなくてはならなくなる。

 

だから冬を前に、村の人々が集まって豚たちを処分する。みんなで保存食のソーセージなど作り、冬支度をする。


肉からしたたり落ちる脂すらも、絶対にムダにしない。その精神が

“ソースの心” 

というわけです。

かつてヨーロッパにおいて、コショウ一粒は金一匁に相当するといわれていました。

肉の保存にコショウは欠かせないものであったからです。

生き死にがかかっているからこそ、キケンを承知で、荒れ狂う海へと出ていった。これが大航海時代を迎えた経緯になるというわけです。食材をいかに 

「保存するか?」

これは民族の生死を揺るがすほどの死活問題。危険な海を渡り、見知らぬ大陸を目指そうとする。いや、目指さなければ生きられない。

行動の背景には、厳しい食料事情があったというわけです。

ヨーロッパが豪華絢爛なイメージを持つのは、あくまで産業革命以降の話。300年くらい前からの新しい出来事になります。

それ以前は、食べものに執着せざるを得ない事情があった。

ソースはこのことを静かに物語っているのです。


■巧みな使い分け
それは日本においても同じです。

温暖で雨の多い気候。

日本は旧石器時代から人口密度が世界一高い国といわれています。

豊かな食用植物に恵まれてきたことが理由と解説されますが、やはり食べものを巡って、さまざまな

「困難」

もあったのです。

温暖で雨が多いと、どうしても湿気の多さに悩まされてしまいます。食べものを保存しようにも、スグに腐敗してしまう。

そこで私たちの先祖たちが考え出した方法が、カビを以ってカビを

 

“制する!”

という発想。味噌や醤油などの発酵食品は、その知恵の結晶であるといえるのです。

また、厳しい年貢の取り立てに悩まされ続けた農民たちは、

「品種改良」

という手段で、対抗する術を編み出していきました。

この面積の田んぼなら年貢は、このくらい。太閤検地でも、徳川幕藩体制でも、年貢米は面積ベースだった次第です。

農民たちは、この点に着目し、打開策を見出していく。

1本の稲になるべく多くの粒が実るようにと、品種改良の努力を怠らない。

穂数の多い稲の品種を育て、一粒でも多く手元に残す。このような努力をしていたことが分かっているのです。

実際に、室町幕府後期、戦国時代に書かれた『親民鑑月集』には、当時すでに

“96種類”

もの稲の品種があったことが書かれています。飢饉に強い品種、デンプンの多い品種、穂数の多い品種・・・。

このように稲の品種を使い分けることで、あらゆる事態を想定し、栽培していた、そんな工夫が垣間見えるのです。

稲のみならず、麦24種豆32種と記されていて、

「高地用・低地用」

などといった具合に、品種のバラエティーを巧みに使い分けていた。その様子を窺い知れるのです。

 




■非常時への対策
家の中にも、工夫がありました。よく、土壁に

「ワラ」

が混ざっている。そんな旧家の壁を目にした方も少なくないと思われます。とかく、ファッションやデザインの一環ではないか?と思ってしまいがちなのですが、そうではない。

 

 あれはカベの強度を高めると同時に、飢餓に備えた、最後の最後に使う奥の手の

“非常食”

だったことがいわれているのです。

飢饉の際には土壁を壊し、ワラを取り出し、水洗いをする。潰して煎じることで、その汁を飲む。そのことでワラから出るデンプンを体内に補給する。

飢えへの備えが土壁のワラには、込められていると説明されるのです。

塩の乏しい山間地帯においては、壁に塩を入れて、いざ!という時の備えとしておく。

また山間地帯では、塩や味噌の塩分含有濃度をあえて高くすることで、

「塩不足」

への備えにした。

塩の供給が不安定な地域では、日ごろから漬物も発酵食も、塩分濃度を高くしておくことで不測の事態に備えていたというわけです。

食べものを決して

“ムダにしない”
“粗末にしない”


そして食べものへの無上の感謝と尊崇の念。これらの事例から感じるわけなのです。
 

■食材先にありき!
最近は、「食育」の重要性について盛んにいわれています。

“食文化を守れ!”

なんてスローガンをよく見かけますが、食文化の前にまずは食材が

「先にありき!」

であるはずのもの。食材を語らずしての食文化などはあり得ない!私はこのように思っているいのです。

食糧問題はこれまで『量』の面ばかりに比重が置かれ続けてきました。

でも現在は、それに加えて農薬、添加物、肥料といった

“質”

の問題もクローズアップされてきているのです。

食材の質と量とを同時に保つ。そこに環境と調和した永続性のある食と農のあり方が常に求められている。

そして肥料も農薬も一切使わない「自然栽培」は、質・量、そして永続性の問題に対して、具体的な解決策を提示できる農法ではないか?

そのように思う今日この頃です。


■参考文献

 

無肥料無農薬米・自然栽培と天然菌の味噌・発酵食品の通販&店舗リスト

 

 

自然食業界キャリア15年のOBが綴る

無投薬・無医療の生き方マガジン!

 

 

 

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