それでも恋するバルセロナ | 空想俳人日記

それでも恋するバルセロナ

バルセロナ スカーレットな スパニッシモ


 スカーレット、お久しぶりですね。確か最後にお会いしたのは、結婚披露宴でしたよね。アナタがスカーレットという固有の存在であることは、たまたま「真珠の耳飾りの少女」でドキッとして、さらに「ロスト・イン・トランスレーション」での耳元での囁きでしたね。
 それからというもの、「理想の女(ひと)」「アイランド」「ブラック・ダリア」と、アナタは私を魅了していきました。そして、アナタを理想の女性と思ったのであろう、ウディ・アレンは、「マッチポイント」「タロットカード殺人事件」と矢継ぎ早に私にもウディの心情がビリビリと魅かれあう作品に出会ったわけです。特に、あの「タロットカード殺人事件」での機知に富んだ饒舌な会話は、アナタの結婚前に二人で別荘地で明け方近くまで会話した、そんな避暑地での出来事を思い出します。
 そんな、いつのまにか普通の女性ではない、スカーレットなるパーソナリティのアナタに、今こうして再び会えることは、いたく幸せであります。しかも、ウディが本人は不在でありながら彼独特のいい加減的ウィットとユーモアに富んだ作品で出会えるなんて、光栄です。
 スカーレットはクリスティーナという名のもとで、今回お友だちのパトリシア・クラークソン演じるジュディと仲良くバルセロナに行きましたね。もちろん、ジュディが誰かは分かっていますよ。でも、結婚したのに役柄では、その役を婚約と言う形でジュディに任せながら、ジュディの方が危ういなあ、なあんて状況の中で、あなたは、 ハビエル・バルデム演じるフアン・アントニオと仲良くなり、さらには狂気の元妻なるペネロペ・クルス演じるマリア・エレーナとも親しくなる。いや、この円満なる三角関係は、実に羨ましいし、実に美しい。こうありなん。
 でも、その関係の継続が何をもたらすか分からなくなったアナタは、離れましたね。あいかわらず、ジュディは、むしろ心の中で膨らんで悶々としちゃいましたけど。でも、第81回アカデミー賞助演女優賞を受賞したペネロペ・クルスは絶対にあなたの存在に感謝していると思いますよ。アナタはそういう人なんです。きっと、ジュディもマリアも羨ましく思うアナタの謙虚さと嫉妬心は、明らかに私に近い精神ですものね。一見モラルもへったくれもなく、まさかの人間関係も平気で受け入れながら、最後は沈思黙考、このまま明日を迎えていいのか、真摯ですよね。うん、ステキです。その心と、その唇と。
 バルセロナだから、きっとそうなったジュディとも、相手がフアンだから二人に何か欠如してると感じるマリアとも違う、今を肯定的不確実性の概念で受けとめる、その素晴らしさ。やっぱ、あの「ロスト・イン・トランスレーション」でビル・マーレイ演じるボブに耳元で囁かれ、 「タロットカード殺人事件」ではウディと対等の人間関係を築く自己概念を手に入れたことが大きいんですよね。うんうん。
 それにしても、それでも恋するバルセロナ。なんちゅうタイトル。飛んでイスタンブールと五十歩百歩。原題だって、VICKY CRISTINA BARCELONA。おいおい、ウディ氏よ、なんちゅう、いい加減な。あは、まあ、このいい加減さがユニークな作品に創造されている、そんじょそこらのご立派で英雄的なアメリカ映画ではありませんね。きゃあステキ。
 しかも、この間まで、マンハッタン大好き引き篭もりだったはずのウディが、シニアになってからのやっとこどっこい英国シチュエーションです。そして、今回は、なんとバルセロナ。きっと、彼、意図的、映画の中での、モラリストさんジュディを突き崩したスパニッシュギターは、大きな効果あります。アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアのスーパーギタートリオを思い出してしまいましたわ~ん。「地中海の舞踏」、知っとるけ。挿入曲のアルベニスのアストゥリアス(レイエンダとも言う)は、心に染み入るのでござりまする。
 そうだ、みんなで飛んでバルセロナ気分なって、アルベニスのアストゥリアスを聞きまっしょい。ゴヤやガウディやダリを好きになりまっせい、みんなでね。きっと、ウディ氏は、みんなにマイ・スパニッシュ・ハートを感じて欲しかったんす。で、ジュディとクリスティーナを登場させ、クリスティーナにフアンを媒介としてマリアとくっつけたんやね。
 うん。いろんなくっつき方、見せてくれた、心は飛んでバルセロナ、違うか「それでも恋するバルセロナ」。というわけで、愛するスカーレットとワイングラスで久しぶりに「Una tostada(乾杯)」、でございまする。

 というわけで、映画内の演奏者じゃなく、クロアチア出身のアナ・ヴィドヴィッチ(Ana Vidovic)の演奏ですが、どうぞ。