2008-11-23 18:08:28

チョコレート

テーマ:映画

怪物も チョコで癒える 舞踏会



 ほら、題名からして、甘い恋愛小説かと思いませんか。でも、気をつけて、映画の場合の原題と邦題。まず原題の「Monster's Ball」(怪物の舞踏会)。死刑の執行前に看守達が行う宴会を言うらしんですけど、これに対し、原題を完全に無視した邦題が付けられた近年では珍しい作品と言われていますよ。珍しいのかな? 
 けれども、この邦題の「チョコレート」、何じゃこれは!? じゃないんですね。むしろ、よくぞ思い切って付けなすった、と。感服するとともに、拍手喝采でもあります。とともに、自称俳人でもある私、アメリカナイズした教育に染められ洗脳されてきたことのヤバサを自覚しながら、日本人としての情感を捨てきれずに今日まで生きてきたこと、その自分の残された感情に今回ほど、ありがたきかなと思ったことはありません。
 いやはやです。原題の「怪物の舞踏会」よりも、ダブルミーニング、いやいや、トリプルミーニング? あれこれ考えさせられる、日本人には、もうピッタシカンカンのタイトルではありませんか、この「チョコレート」。そのミーニングは、本国アメリカの人には難しいかもしれませんが。
 そう、まずチョコレートは甘い。でも、甘いようでありまして苦いんです。そう。ほろ苦い。もともとはカカオなのですよ。砂糖とか練乳とかをヘタに混ぜるもんだもんで甘くなります。して、この映画に登場する人物の、キーワード「チョコレート」絡みをどれだけ思いつくでしょうね。ほうら、でしょ、でしょ。人種のチョコレート。それから、ハリー・ベリーが演じるレティシア・マスグローヴの息子、太っちょの現実逃避を象徴するチョコ好き。さらに、ビリー・ボブ・ソーントン演じるハンク・グロトウスキの、人生に疲れきった毎日の中で、ひと時のチョコレート・アイスクリーム。目に見えるチョコレートだけでも、これだけ。他にも、暗喩的にチョコレートの香りが頻繁。これ、アメリカ人よりも情感たっぷりの日本人なら、なるほどなるへそ、となりますよねえ。日本人には嬉しい映画。
 そう。ほんま、アメリカ映画なの? と。気になって監督名を見たら、なあに、なあんだ、あの「ネバーランド」のマーク・フォスターじゃないですか。そりゃ、そうですわ。彼ってね、ドイツ生まれのスイス育ち。だから、彼の映画は、どこかヨーロッパ映画なんですよ。ハリウッド製しか慣れていない人にはムリ。
 でも、ハリー・ベリー主演で、彼女、第74回アカデミー賞主演女優賞をこれで貰っちゃいましたね。有色人種として初めての受賞なんだそうで、えらく脚光浴びたみたいですけど。まあ、それはヨシとして、ぞぞけるのは、ジョージア州立刑務所の看守を仕事にしているハンク・グロトウスキを演じたビリー・ボブ・ソーントンですよね。仕事に大変な誇りを持っていて、白人であり、父親の影響から黒人差別者なんですよね。で、その影響で、同じ仕事をする息子のソニーにも、黒人迫害の考え方が。でも、息子の自殺から、彼、変わって行きますよ。親父に従順に生きることも捨てます。
 はい、そんなんで、この人種差別の問題、いわゆる平等とか平和だとか、そんな社会的側面だけで捉えたがる大多数が多いと思うですけど、そうじゃなく、知り合う必要のない、ハンクとレティシア、その二人が社会なんかどうでもいい、自分自身の打ちひしがれ孤独に陥った日々の中で出会い、あたかも傷をなめあうように癒される相手として存在価値を高めていく。
 いやはや、こういうやりかたで一石を投じようとしたマーク・フォスターの意図を踏まえ、ハンクとレティシアを極めてナイーブかつ的確に演じている、ハリー・ベリーとビリー・ボブ・ソーントンは最高の役者。何て言えばいいんでしょう。表立った部分で明らかになることしか良しとしないアメリカに対し、日本人であれば、もっともっとこういうことが分かっちゃうんですよね。そう、まるで、岩にしみいる蝉の声を奏でる力量。参りました。
 あっ、そうそう、人種差別の問題を平等とか平和、そんな社会的側面だけで捉えたがる大多数って言ったかもしれもしせんが、そういう作品は正統派では多いですよね。でも、それって、理屈で理解させようとするじゃんねえ。この作品が凄いのは、一石を投じているのは、そんな人種差別問題として捉え続けたら頭でっかちで終わる、誰も本人たちの心情は解せない、っつうことなんでしょうね。
 いいい? すごく静かで曖昧な、ある意味いい加減な主人公たち(ハンク・グロトウスキもレティシア・マスグローヴも)なんだろうけど、じわじわと惹かれてってしまう、そのどうしようもない着地点が、あの激しい性行為ですよ。だから、あれ、やりすぎだとかハリー・ベリー売らんかな、なんて言う人もいるかも知れなませんが、そうじゃないんですよ。理解して。
 お互いが子どもは失うし、ハリー・ベリーの方は旦那を死刑で失っています。しかも、執行したのは看守のハンク。そんな中での偶然とはいえ、出会ってしまう運命のもとに、「何が人種差別だよ」とマーク・フォスターは、あの場面にしつこく力を入れたんですよ。この運命、余りにも偶然過ぎる? でも、世の中に偶然なんて、ありえないかも。みんな何かがもたらす必然かも。
 ほうら、分かって欲しいんですよね。私たち、大抵は最初の出会い、みんな見た目ですよね。第一印象。でも、それで世の中くっついてたら、言い方悪いけど、イケメン・イケジョしかくっつきあえねえ。あはは。ちと下卑た言い方かな? そうじゃないですよね。知り合えば知り合うほどに、表面だけにとどまらない、お互いの奥深いところで響きあうんだってことよね。それですよ。それ! それが、真から人種を超える最も近い道なんだよ、ってね。
 そうだなあ、もし、舞台がアメリカ合衆国ジョージア州じゃなく、ヨーロッパだったら、監督は、人種差別ではなく民族問題として描いたかもしれませんよ。ほうら、分かってきたでしょ。えっ? まだ分からない? まさかあ。
 おお誰じゃあ。ふんじゃ、二人とも、もっとキャスティング、ブオトコ、ブオンナにしろよって? ああ、そういう人もいるんだね。あのね。あほ。私ら観客は第三者ですよ。しかも、こんな二人の境遇、ありえねえ、なんてすぐ愚痴言うのは、川向こうの批評家たろうとする連中でしょ。だからこそ、そんな人々には、こっち岸に来てもらうためには安直だけど間違いない、最高のキャスティングなんですよね。
 さあ、お互いが全てを包み込むように、いや、全てを諦めるようになっていくのかもしれない、受け入れ容認しようとします。そこに私たちは、人種なんかをはるかに超えた人間同士の心の絆を感じるのは、私だけ。余韻たっぷりエンディングですね。うまい! 二人のこれからに想像が掻き立てられます。人生の何もかもに疲れ、そこにひと時の憩いとして求められるチョコレート。二人はそれをともに味わっていくんでしょうね。
 こんなに奥の深い人間関係をアメリカ映画で拝見できたのは、光栄、嬉しい限りです。2001年の作品ですか。アメリカ映画もまだまだ大丈夫。そして、あまり取り沙汰されてないかもしれませんが、いやはや大きな貢献、心に染み入るアッシュ&スペンサーによるアンビエントな音楽、最高でした。

 そう言えば、チョコレートを贈る風習、バレンタイン・デーでしたっけ。こんなチョコレートなら、誰だって、生きてきた全ての人生を大きく受け止めて、そっと受け取りたいものですね。


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コメント

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2 ■lovechocoサマ

>原題とあまりにも異なる邦題に、初め違和感を感じました

ですよね。

>レティシアがチョコレートアイスで未来を見つめることが出来るなら、それはチョコレートの魅力がなせる業に他ならないし、まさしくタイトルとしてぴったりだと思いましたわ。

でしょ! でしょ! この映画、実は、原題に現れていないキーワードが、いきなり邦題に現れた、類稀な日本人ナットクなる作品、じゃないでしょうか。

1 ■BLUE BUNNYのチョコレートアイス

原題とあまりにも異なる邦題に、初め違和感を感じましたが、レティシアがチョコレートアイスで未来を見つめることが出来るなら、それはチョコレートの魅力がなせる業に他ならないし、まさしくタイトルとしてぴったりだと思いましたわ。
http://www.lovechoco.org/?p=3661

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