隠し剣 鬼の爪 | 空想俳人日記

隠し剣 鬼の爪

超えられる 分かっており申すゆえ 超えませぬ



 あのなんでもないなんとなくな日常をさらりと描きながら、得体の知れない不可解な世界も覗かせる作風を併せ持つ特異な作家、川上弘美さんが、いつか読まねばならないであろう作品、そう信じて買っておいて、足の踏み場もない床に積み上げてある書物の中で一際光る書物に藤沢周平作品があるとおっしゃられておりました。
 して、彼女よりも、私のほうが先に読んでしまい、しかも、「雪明かり」などという、そっとしずかに心をうち震わす作品などに感動するなんて、ああ、我も、小説への傾倒が、そういう侘び寂びの世界に入り込んでしまったのか、などと感慨深い思いを抱きながら、この山田洋次監督なる作品を観て、二本の原作「隠し剣鬼ノ爪」と「雪明かり」で成り立つ作品に、「ああ、いいわあ」と思うような境地にきてしまったかと思わざるを得ないのでありもうした。
 特に、原作「雪明かり」からの引用物語は、心に雪がしんしんと降るように染み渡ってきてしまいまする。物語的には原作「隠し剣鬼ノ爪」がメインであられるのでございましょうが、山田監督、おそらく、どうしても原作「雪明かり」を入れたかったのではないでしょうか。そうとしか思えませぬし、それが、この作品を高めておりまする。


 永瀬正敏殿もいい役者になられましたなあ。超えてはならぬ、超えれば、そこに確かにつかめるものがある、しかし、それを分かりながらも、その確かさを信じながらも、確かであるがゆえに超えてはならない、その葛藤を上手く演じられる、そういうご立派な俳優に成長されましたこと、まことに痛く感慨にふけるものでございます。

 あの「夜がまた来る」で素敵な作品を創られた石井隆監督の「死んでもいい」では、勝手に死にさらせ、と突き放しながら、林海象監督の名作三部作「私立探偵濱マイク」シリーズでは、おまえ頑張るじゃん、といささか驚き、そうこうするうちに、味のある役者になられなさって、あらまあ、松たか子嬢が惚れるのも仕方ありませぬ。その彼女の惚れ方も奥ゆかしくて可愛い、あのパンのCMとは雲泥の差でございます。
 奥様だったキョンキョン嬢も、先の川上弘美さんの秀作「先生の鞄」でいい演技されておりましたが、きっと、お二人の役者魂は、お二人がご夫婦であったことが、ある意味でプラスになっているもの間違いないと思われまする。


 山田監督も、今や寅次郎は二度と作れぬ作品、その精力は釣りバカの浜ちゃんに注がれているようではありますが、単品でよろしい、こういう、スルメのように噛み締めると味がじわじわ出てくる作品を、ちょこまかで構いませぬ、創っていただきとうございます。

 では、あなかしこ。合掌。