感動と嬉しさで眠れません。 | 松竹芸能師匠たちのオフィシャルブログ『アラ還ブログ』Powered by Ameba

感動と嬉しさで眠れません。

海原はるかです。

昨日の市民表彰の喜びと興奮状態で昨晩は中々眠る事が出来ずに布団の中で我が芸人人生を振り返っておりましたが自分で言うのも変ですが本当に良く頑張って来たなぁと納得しております。
昭和42年に熊本県立済済黌高等学校を卒業して弟のアドバイスも有り芸能界への夢や希望を手紙に書いて大阪の新聞社全社に出し熊本の自宅で返事が来るのを待っておりました。
思いましたのは簡単にチャンスを頂けるとは思ってませんがダメでしたら又次の方法を考えたらいいかなぁと楽観的に物事を捉えてましたので、思ったのは一斉に各新聞社に手紙を送ってますので待つのは一か月と決めてました。
一か月待って返事が無かったら次の手段を考えようと思ってましたが次の方法は何をしたらいいのかは全く分かりませんが若さ故の勢いなんでしょう、ところが手紙を送って10日目位に読売新聞から返事が有り大阪に芸能学校が最近出来たので新聞配達をしながら勉強するのでしたら奨学資金も出してあげますの返事でしたので即お願いして熊本から大阪に向かいました。
全てが若さ故のスピード行動に不安は全く無く夢と希望がどんどん膨らんでいるのを実感して大阪駅に迎えに来て頂いた読売新聞の担当の方と日本橋に当時店舗を構えてました読売新聞難波直配所の寮に入って大阪暮らしが始まりました。
矢張り二年間の新聞配達と芸能学校での基礎的な勉強が今思えば今の僕のたくましさを育んでくれた様な気がします。
と言いますのは新聞配達員としての仕事は配達以外に集金や読者獲得のセールス他先輩配達員の手伝いなど本当に多忙でしたが夜に開講される芸能の授業を楽しみにしての毎日でした、二年間の新聞配達と芸能学校の授業を受けて卒業ですが熊本の田舎の兄ちゃんに何処のプロダクションの誘いも無く夢は矢張り夢で終わるのかなぁと不安な気持ちになりましたが又々若さと非常識な行動で我が道を歩いている未来の海原はるかでした。

写真は昨日頂いた記念章と受賞者の名前と略歴が書かれた小冊子をパチリ。