USAフォー・アフリカ「ウィ・アー・ザ・ワールド」、バンドエイド「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」、クイーン「レディオ・ガガ」、フレディ・マーキュリーが立つ場所、ライブエイド、アフリカ難民救済、巨大な何かとの戦い、ボブ・ゲルドフ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、ロック、洋楽。


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音路(33)世界は何が支えてる【1】

二つのエイド



◇巨大な何かと戦う

コラム冒頭は、少しだけ経済やワクチンの話しなどを書きますので、音楽の話しをすぐに読まれたい方は、次の見出しにお進みください。

* * *

今、世界中に大きな変革の波が起きようとしていますね。
軍事バランス、産業構造、資本構造、格差問題、倫理観、宗教観、環境問題、情報社会、宇宙開発…など、百年単位のような大きな変革期にあたっています。
「新型コロナ」は、それらの変革に、とてつもなく大きな影響を与えたのかもしれませんね。

* * *

株やファンド金融商品の売買を行っている方々には、大きな衝撃だったと思いますが、先般、巨大なヘッジファンドの行動に対して、膨大な数の市民が、SNS等を通じ集結し、彼らに強大な対抗策をとりました。
猛烈な格差社会の中で、ヘッジファンドや巨大富裕層と、一般市民による、壮絶な対決が実際に起きるということを見せつけられました。

一般の一市民であっても、資本主義の中で巨大暴利をむさぼる悪質な者たちに、戦いを挑むことができるのかと、世界にたいへんな衝撃を与えました。
集結し、団結したら、巨大な敵とも戦える…。

これを実現させたのが、近年の情報通信技術の進化です。
今や、株取引は、上がっても下がっても、乱高下さえすれば、大きな利益を得ることも可能になり、元手資金が少額でも大きな売買ができ、タイミングや銘柄選びも、AI(エーアイ)を駆使すれば、人間が常時見ている必要もありません。
今や株価が、実体経済をそのまま反映しているものではないことは皆が知るところですね。

さらに、この「AI(人工知能)」がくせ者です。
「AI」は、まだ進化の緒についたばかりで、どの「AI」も同じような方向に向かっています。
ですが、導き出す結果が、人間にとって、すべて正しいともいえない気がします。

そのうちに、別々の結果を導き出した「AI」どうしが、戦いを始めることでしょう。
そして そこには、コンピューターと人間たちとの、新しい関係性や戦いも生まれてくるのかもしれません。
おそらくは、SFの世界のお話しではないでしょう。
そうなると、AI頼みの証券や金融の世界も変わらざるを得ないでしょうね。

「AI」が常に人間の味方であってくれるのかどうか…。
「資本主義」と「民主主義」が新しい方向に向かい始めようとしている今、私たちはこれから、いったい何と戦っていくことになるのでしょう。

戦うべき相手が、人間の目には見えない…、その実態がつかめない…、正体がわからない…、戦うべき武器が見当たらない…、戦う相手が次々に登場してくる…まるで戦闘ゲームの世界のようですが、人類は、今まで存在していなかったような巨大な何かと、戦っていかなければならないのかもしれませんね。

* * *

NHKでも、そうした世の中の変化を特集するテレビ番組が増えてきました。

各国政府は今、コロナ禍の後を見すえ、企業に対する法人税や、富裕層への、猛烈な増税を計画しています。
今や、各国の企業への法人税の税率は、その国だけの問題ではありません。
企業は、今の国際社会にあわせ、税から逃れるため、世界を移動します。

世界各国の中には、同調・共調するばかりでなく、税制を上手に使って、自国に富を集めようと行動する国もあらわれます。
数年前に日本国内で、「ふるさと納税」をめぐって各地域どうしで猛烈な競争が起きましたが、近い将来、世界的な「税戦争」が始まるかもしれません。
日本の資産を狙う国々も多いですし、日本企業の日本脱出も加速するかもしれません。
日本の正念場は、そう遠くないかもしれませんね。

* * *

一般市民へのさまざまな負担増も急速に進むと考えられます。
まずは光熱費、医療費、教育費、通信費、環境対策費…。

企業や個人が向かい合う(戦う)相手は、これから増えていくかもしれませんね。
相手にする中でも、「医療(未知のウイルス・健康・寿命・介護)」と「困窮(失業・貧困・格差)」は、言い知れぬ「恐ろしさ」を感じます。

* * *

先般、米国のバイデン大統領が、新型コロナワクチンの製造に関する特許権について、それを民間企業が放棄し、コロナ被害の大きな国々でも製造できるようにしてはという考え方を示しました。
民間の製薬企業や経済界は、当然、大反発です。
国際社会は、なりゆきを、静かに注視している状況です。

個人的には、自由と権利の国の大統領が、本心からの、言葉どおりの思想であるとは、到底思えません。
水面下での、何かと何かの戦いや交渉が、世界で起き始めていると考えたほうがいいのかもしれません。
あるいは、何らかの、人類と新型コロナとの戦い方を模索しているのかもしれません。

知的財産権(知的所有権)という権利システムは、ある意味、民主主義・資本主義世界において、時に有益なシステムではありますが、時にマイナスの作用を引き起こします。

新型コロナとの人類の戦い方において、今の民主主義、自由主義、資本主義、権利というシステムが、マイナスの方向に作用してはいないかという気もしないではありません。
中国のような、権利を重要視しない専制体制のほうが、新型コロナとの戦いでは、結果を出しているという側面もあります。

特許権の放棄ではない、とはいえ一部の巨額な利益独占でもないかたちで、ワクチンを世界各国に普及させる方法の模索が始まりました。
各国のワクチン外交での覇権争いも、エスカレートし過ぎない程度に抑えなければなりませんが、いつも自国だけは少しでも優位にと考えるのが政治家の仕事ですね。
欧州から他地域に輸出されるワクチンの半分近くが、日本向けと聞きます。

現状では、貧しい国々に、ワクチンが配分されたとしても、わずかな数か、かなりの条件を飲まされることになるでしょう。
今の日本は、世界をリードする側ではなく、完全に「恩恵・援助」を待っている側ですね。


◇こんな時代だから…

混沌、奪い合い、戦い…、まだまだ落ちつかない時代が続くのかもしれません。
こんな時代だからこそ、思い出したい世界的な名曲があります。

「ウィ・アー・ザ・ワールド(We are the world)」です。

この楽曲は、1985年といいますから、36年も前に誕生した楽曲ですので、若い世代の方々は、この楽曲の音楽しか知らないかもしれませんね。
1985年から現在まで、世界の巨大な危機の際になると、突然ふってわいたように、各地で歌われ始めるのが、この楽曲です。

日本の東日本大震災の時も、世界各国から応援・支援の意味で、この楽曲の歌唱動画がたくさん作られました。
そして、もちろん今回のコロナ禍でも、世界各地でたくさん歌われています。

今回から数回のコラムで、この楽曲の誕生時の公表済みのエピソードなどを、少しだけですが、書いていきたいと思います。
若い世代の方々にも、これからの人生に役立つ話しがあるかもしれません。


◇つなげるもの

この楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、ある音楽プロジェクトで誕生した楽曲です。
このような難しい巨大音楽プロジェクトを、しっかり成功させられる国は、やはり米国しかいないかもしれません。

音楽業界だけではありませんが、どの業界でも、人間たちのエゴや戦いはしっかり存在します。
何かの呼びかけだけで、それを乗り越えることは、まず不可能です。
どんな状況であろうと、全員が団結することは、そうそう簡単ではありませんね。

* * *

日本語には「一枚岩」という言葉がありますが、それはまさに、国歌「君が代」の歌詞の中にある「さざれ石」のようなもので、一見、ひとつの石ですが、よく見ると、異なる性質の石たちの集まりです。
何か大きな衝撃を与えると、小石たちをつなげていたものが崩れ、全体の「かたまり」が崩壊し、粉々になってしまう場合もあります。
衝撃に強い「つなげるもの」が、いかに大切かは、どの世界でも同じですね。

* * *

この楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」の誕生にあたっては、単に博愛精神だけではない、中心人物たちの知恵と苦労により生まれた「つながり」を見ることができる気がします。

マイケル・ジャクソンやハリー・ベラフォンテの存在は、まさに精神を…。
そして、クインシー・ジョーンズやライオネル・リッチーは、それが機能する仕掛人のような役割を…。
後で書きます、ボブ・ゲルドフは案内人でしょうか…。
参加した大物ミュージシャンたちには、それぞれに違った役割があったようにも感じます。

今回から数回のコラムでは、そのあたりも書いていきたいと思います。
便宜上、ミュージシャンの方々の敬称は略させていただきます。


◇アフリカの飢餓の惨状

楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、1980年代当時、かなり深刻な状況にあったアフリカの飢餓難民を救済するための慈善活動の「チャリティーソング」として作られました。

特に、エチオピアの飢餓はひどく、干ばつ、内戦、国策の失敗などが原因とされています。
下記の映像には、道路で倒れ込む人々がたくさん映されています。
ここまでの惨状は、アフリカの歴史でも、そうそうありません。
自然災害というよりも、人災に近いものです。

1984年のアフリカ・エチオピアの映像(NHKアーカイブス)

 


今現代は、中国、日本、米国、英国、フランス、ドイツなどによる、アフリカへの支援合戦となっていますね。
アフリカは資源が豊富、人口が多く有望な市場、まだまだいろいろな意味で未開発の地域もたくさんあります。
純粋な援助や支援とはほど遠い、さまざまな世界情勢や、各国の国策が背景にはあります。

ただ、この外国勢の行動が、アフリカの一部の独裁者の暴走を食い止めているともいえます。
一部のゲリラ的な暴力組織の活動は、なかなか抑えられませんが…。
一筋縄ではいかないアフリカがあります。
犠牲になるのは、いつも一般市民の弱者たちです。

* * *

1980年代の危機的なアフリカの飢餓状況に憂慮し、援助と支援として立ち上がったのが、世界各地のミュージシャンたちでした。

その活動のひとつが、1985年、主に米国のミュージシャンたちを中心としたプロジェクト名「USA フォー・アフリカ(USA for Africa)」で、正確には「United Support of Artists for Africa」です。
あえて「USA」と略させたのは間違いないでしょうが、そこを問題視しても、あまり建設的ではありません。

参加したミュージシャンたちは、米国のトップミュージシャンたちが中心でしたので、実際には、米国からアフリカへの「団結支援」の楽曲だと、当時は感じられました。


◇バンドエイド

実は、この前年の1984年に、英国とアイルランドの若手人気ミュージシャンたちが結集した、アフリカ救援チャリティープロジェクト「バンドエイド」が立ち上がり、楽曲「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(Do They Know It's Christmas?)」が誕生し、ヒットしました。

このプロジェクトの中心人物で、この楽曲を作ったのが、ロックバンド「ウルトラボックス」のミッジ・ユーロと、ロックバンド「ブームタウン・ラッツ」のボブ・ゲルドフです。
中心となって政治的に行動したのは、ボブ・ゲルドフです。

* * *

この楽曲は、他に似た楽曲がすでにあったり、「クリスマス」という特定の宗教色が強かったり、チャリティー以外の狙いも若干見えていたこともあり、実は、当時のブリティッシュ・ロックを代表する超大物たちである、元ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エルトン・ジョン、デヴィッド・ボウイ、ロッド・スチュワート、プレグレ系の大物たち、元レッド・ツェッペリンなどのハードロックの大物たちが、実際の楽曲収録には参加していません。

若いミッジとボブの二人だけでは、これらの大物たちを説得するのは、荷が重すぎるような気もします。
なにしろこの二人は、超大物たちにとっては「坊や」のような世代で、比較したら音楽実績も少なすぎます。

「バンドエイド」のメンバーは、当時の人気若手ミュージシャンであった、デュラン・デュラン、ジョージ・マイケル(ワム)、スティング(ポリス)、ボノ(U2)、ボーイ・ジョージ(カルチャー・クラブ)、スパンダー・バレエ、ポール・ヤング、クール&ザ・ギャング、スタイル・カウンシル、バナナラマ、シャラマー、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、ビッグ・カントリーなどです。
もちろん、ウルトラボックス、ブームタウン・ラッツもいます。
ほぼ英国とアイルランドのミュージシャンで構成され、米国勢もわずかですが参加しています。

ロックバンド「ジェネシス」のドラマー兼ボーカルだった、フィル・コリンズが、この楽曲でドラム演奏を行っていますが、彼はベテランの匂いがしますね。
彼のドラムなら、若手たちは誰も文句は言えなかったでしょう。
イエスやバグルスにいたトレヴァー・ホーンも大ベテラン世代ですが、一応、この二人は重鎮として、往年のプログレッシブ・ロックからの代表だったのかもしれませんね。
一応、若者世代だけではない、そして人種や国の壁を越えた雰囲気はありました。

* * *

若い彼らは皆、その名を聞けば、世界的なヒット曲をすでに持っているミュージシャンたちではありましたが、当時はまだまだ若い年齢で、実績は少なめでした。
ただ、若者世代からは、圧倒的な人気がありましたね。
ですが、英国音楽界の重鎮のミュージシャンたちや、世の中のベテラン世代から見たら、まだまだ「ひよっこ」と、とらえられても仕方がないところです。

一応、このプロジェクトには、ポール・マッカートニーや、デヴィッド・ボウイの名も入っていますが、楽曲収録スタジオの映像では姿がありません。
やはり、そこに姿があるのかないのかでは、大きな違いがある気がします。

ポールとボウイの二人を含め、元ビートルズ、ローリング・ストーンズのミックやキース、エルトン・ジョン、ロッド・スチュワート、ピンク・フロイド、ロバート・プラント、ハードロックやプログレの名ギタリストや名ボーカリストたちがいないのは、ロック大国の「大英帝国」を感じることはできませんでした。
せめて、ポール、ボウイ、エルトン、ミックの姿があったら、様相はまるで違ったでしょうね。

* * *

この「バンドエイド」という慈善活動ユニットは、大きな賛辞を得る一方で、さまざまな批判も受けてしまいます。
前述の大物たちの姿があったなら、少しは批判の熱量も違ったでしょう。

これは、「バンドエイド」のせいではありませんが、結果的に、エチオピアの独裁政権を刺激したことで、逆に暴力のチカラを強めさせてしまったという批判も起きてしまいます。
今、似た現象が、アジアのミャンマーでも起きていますね。

* * *

いつの時代の慈善活動もそうですが、中には、集めた多額の義援金の上澄みだけを援助にあて、大半を懐(ふところ)に入れるような悪意に満ちた活動も少なくはありません。
最大の目的が、PRや宣伝広告、資金集め、人材集め、情報収集にある場合も少なくありません。

「バンドエイド」の場合、そこに多くのミュージシャンが集まる姿があり、特別な楽曲がなければ、義援金はおそらく集まってきません。
それぞれのミュージシャンには、個人的な事情がもちろん、さまざまにあります。
ですが音楽家である以上、音楽をつくり、演奏し、姿を見せる…、これを売名行為や宣伝行為だと批判するのは筋違いのように感じます。

市民の中には、多額の寄付行為をする余裕はないが、そういう困窮の現状にいる人たちがいるのなら、古着や小物の提供、レコード1枚くらいなら買うことができるという人も出てくるでしょう。

アフリカの実状を知る必要などない…、そんな問題は放っておけばいい…、社会問題などは自分には無縁だ…、そうした意識に何かの変化を起こさせる行為は、決して無駄なことではない気がします。

この「バンドエイド」の人気若手ミュージシャンたちが、途中であきらめずに、集結し、結果を残したことは、多少の批判はあったとはいえ、その後の世界の音楽界に絶大な影響を与えてくれました。

大西洋を挟んだあの超大国に、その精神はしっかり伝わったのだと思います。

* * *

映像がきれいによみがえっています…
♪ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス

 

もともと英語の歌詞しかなく、日本語訳も翻訳者によってさまざまにあります。
一応、音楽に合わせた和訳付きの音楽動画が下記のものです。


♪ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(和訳付)

 

 

そもそも、アフリカの貧しい地域の方々が、この楽曲を耳にするのは不可能です。
特に、クリスマスのあるキリスト教国、あるいは、それを受け入れている世界の国々の人々に向けたメッセージの歌詞です。
人の心にまっすぐ届く歌詞ですね。

特定の宗教の布教を示唆したものではなく、たまたま時期がクリスマスに近く、欧米のキリスト教地域を想定したものと思います。
ただ、直接的な「Let them know it's Christmas time again(クリスマスが再びやって来たことを、アフリカの彼らに知らせよう」という歌詞が登場してきますので、受け入れたくない人も出てくるのは仕方ありませんね。
アフリカ、特にエチオピアは、キリスト教国ではありません。

日本人は、この歌詞部分に抵抗を感じる人は少ないとも思います。
日本では、「クリスマス」は、一般的な家庭の、まさに年中行事のひとつですね。
「また、今年も(仏さまの)お盆の時期がやって来たよ。皆が戻って来てくれるよ」…このような、やさしい表現のイメージでしょうか…。

この後に、人種のるつぼである米国で生まれる楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、こうした歌詞部分に配慮したとも思われます。
近年は、「メリー・クリスマス」という言い方も激減してきましたね。

この楽曲「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」は、発表されてから現在まで、時折、その時代の人気のミュージシャンたちによって歌い継がれています。


◇精神は海を越えて…

英国とアイルランドがやれて、あの米国の音楽界が黙っているはずがありません。

英国とアイルランドの「バンドエイド」を圧倒的に越える迫力、世代の幅、人種の多さ、楽曲の壮大さで、米国のプロジェクトが開始します。
米国のプロジェクトでは、女性ミュージシャンたちも前面で大活躍します。

その米国のプロジェクトが、前述の「USA フォー・アフリカ(USA for Africa):United Support of Artists for Africa」です。
そして楽曲が「ウィ・アー・ザ・ワールド」です。

* * *

日本にも、音楽が伝えられる前に、タイトルだけが先に伝えられていたこともあり、私は、そのあまりにも壮大で、圧倒的な、タイトルに驚きました。
USAからアフリカに贈る曲「私たちは世界(?)」…いったい、このタイトルは何だ…。
当時、音楽を聴くまでは、「またまた、英国勢に対抗して、米国勢の大攻勢が始まったな」と感じたものでした。

その後、私は、この楽曲を耳にし、内容をより知るようになり、単に米国勢による、英国勢への対抗意識ではないことがわかってきて、その壮大で高い意識、歌詞やサウンドの奥深さに感銘を受けるようになっていきました。

「バンドエイド」の楽曲「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」と、「USA フォー・アフリカ」の楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」が誕生したからこそ、次に、あの巨大音楽イベント「ライブエイド」が実現できたと感じます。

「ライブエイド」の場合は、特定の国や地域に限定せず、世界中のミュージシャンが結集した音楽イベントでした。
もちろん、日本からも、トップミュージシャンたちがたくさん参加しました。


◇ライブエイド

後世において、英国・アイルランド勢の「バンドエイド」、米国勢の「USA フォー・アフリカ」、その後に開催された世界各国のミュージシャン(日本の人気トップミュージシャンも多数参加)が参加した「ライブエイド」(1985年)という巨大音楽イベントの、この三者は、80年代のアフリカ難民救済活動として、セットで語られるようになりました。

ある意味、英国とアイルランドによる「バンドエイド」と、音楽イベント「ライブエイド」は、一部、世代間の壁や、ミュージシャンたちのエゴや確執が露呈してしまったこともあり、それを受けとる一般市民側も、市民各自の目的が優先してしまった部分があったのかもしれません。

* * *

「ライブエイド」は、世界中に演奏会場があり、参加ミュージシャンがあまりにも多過ぎて、何かとりとめのない、散漫な内容の音楽イベントであったような印象もないわけではありません。

ミュージシャンたちも、楽曲は演奏しますが、自身の言葉で強いメッセージを伝えるというシーンは、ほぼありませんでした。
そもそも、ミュージシャンのすべてが、普段から社会貢献活動に大きく関わっているわけではありません。
当時は、演奏だけで精一杯だったかもしれません。

本来は、音楽のための祭典ではなく、アフリカ飢餓難民救済という目的のために、ミュージシャンたちがエゴを捨て、団結しなければいけないはずだったのですが、これだけ大規模なイベントとなると、さまざまな思惑も交錯するものです。

とはいえ、ひとつの理由、ひとつの目的、ひとつの理想を掲げて、世界中が、一度は集結できたというのは、オリンピックに似た感慨がありましたね。

* * *

日本での「ライブエイド」のテレビ中継放送は、およそ一日か二日を通じ、フジテレビが断続的にテレビ放送しました。
多くの音楽ファンが、学校を休み、会社を休み、その日を待ち望んでいました。
ナマ中継のない時間帯に、食事をしたり、入浴したり、用事を済ませたのです。
これ以降、このような社会現象は記憶にありません。
私は、そのために新しいVHSのビデオデッキを奮発購入し、その日は、食糧を用意し、自宅で待機しました。

私の最大の注目は、完全に、レッド・ツェッペリンの一日だけの復活です。
申し訳ないですが、「救済・義援」意識と同じくらいかそれ以上に、「復活」を見たい願望がありました。
私だけでなく、相当な数の音楽ファンは、それが目的であった気もします。
あとは、まず見ることのできない、終盤での有名ミュージシャンたちの共演も楽しみにしたものです。
でも共演者が多過ぎて…。


◇フレディが立つ場所

近年、クィーンのライブエイド映像が話題でしたが、個人的には、そのライブエイドの時に、クィーンは何か前座のような扱いで、まだ明るい時間帯の登場に、クィーンに関する文章を若い頃に書いてきた私は、少し悲しかったのを憶えています。
ようするに、会場が暗くなる時刻になるほど、大物扱いである証しです。
演奏内容もかなり短縮されたかたちでしたが、それでも、会場の盛り上がりはすごいものでしたね。

* * *

「ライブエイド」のロンドン会場では、新しいクィーンが立っていましたね。
クィーンは、1980年のアルバム「ザ・ゲーム」の大ヒットで、すでに米国でもかなり人気の地位まで上がっていましたが、その後、米国では鳴かず飛ばずでした。
欧州ではあいかわらず大人気で、日本では昔からの根強いファンはいましたが、少しずつのイメージチェンジで、ファンが減少傾向に…。

そんな中、この「ライブエイド」の前に、楽曲「レディオ・ガガ」が欧州や米国でヒットしました。
この曲がまた、大人数のコンサート会場にマッチした曲でしたね。
歌手「レディ・ガガ」さんが夢中になったのもこの頃ですね。

この「ライブエイド」でのクィーンの演奏は、普段クィーンを見ることのない世界各地の音楽ファンにも強い印象を残しましたね。
思わぬ国々で超人気になったクィーンでしたが、「ライブエイド」でさらにファンが増えたのかもしれません。

フレディ・マーキュリー存命中の、最後の黄金期がこの頃だったかもしれませんね。
まさか、彼の死後に、これほどの黄金期が再びやって来るとは…。

この「ライブエイド」出演の後の、クィーンの「世界ライブツアー」が、フレディ・マーキュリーの最後のライブツアーとなります。

* * *

さて、彼は、アフリカ大陸の国であるタンザニアのすぐ隣にある、かつての英国領ザンジバル(現在はタンザニア)の生まれで、両親は、かつて英国領のインド人です。
ある時期まで、彼の出自は伏せられていました。
彼は、インドとザンジバルで暮らし、17歳の時に、ザンジバルの革命の争乱から、難民のように英国に避難して来ます。
そして幅広く芸術の勉強を始めます。
アフリカへの思いは、並々ならぬものがあったかもしれませんね。

アフリカ飢餓難民救済イベント「ライブエイド」のステージは、彼にとって、まさに、ふさわしい場所だったように感じます。

* * *

この「ライブエイド」のステージには、普通の服のフレディがいます。
飢餓救済チャリティーイベントだけに、さすがに地味めで安価な服…?
実は、「ライブエイド」では、空気を読まないド派手な衣装のミュージシャンも多くいました。

彼のこの衣装の本当の理由は、チャリティーだけではなかったのかもしれませんね。
ひょっとしたら、彼が17歳の時、アフリカから英国に渡ってきた時の姿が、これだったのかも…?

♪レディオ・ガガ(ライブ・エイド)

 

この頃のクィーンは、クィーン単体のコンサートでも、この映像くらいの集客力を持っているほどのロックバンドになっていましたね。

* * *

世界中の多くの、まだトップクラスではないミュージシャンたちは、「ライブエイド」をきっかけに、名実ともにトップスターになろうと野心いっぱいでしたね。
皆、とにかくヒット曲か代表曲を、短くして演奏しました。
ちょっと気合が入り過ぎているミュージシャンも多くいましたね。
チャリティーイベントとはいえ、決して悪いことではない「ミュージシャン意識」だと思います。
普段とは違う、彼らの熱意は、しっかり伝わってきました。

この時の日本のミュージシャンたちのがんばりも、大したものだと強く感じたことを憶えています。
「ライブエイド」のお話しは、また別の機会に…。


◇ライブエイドでの興奮の大合唱

米国のプロジェクト「USA フォー・アフリカ(USA for Africa):United Support of Artists for Africa」の楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」も、この「ライブエイド」で、多くのミュージシャンによって大合唱されましたが、後に、このシーンはあまり良い評価を受けませんでしたね。

とはいえ、テレビ視聴者は、この大合唱の中から、お気に入りのミュージシャンを見つけるのに必死で、見つけた時の喜びと感動は「ひとしお」でした。
合唱の出来不出来(できふでき)など眼中にはありませんでしたね。

冷静になって見ると、何だかぐちゃぐちゃの合唱です。
アレサ嬢(アレサ・フランクリン)は、ちょっと はりきり過ぎ…、でも彼女なら誰も文句は言えませんね。

この場で合唱に参加したミュージシャン本人たちも、みな興奮せずにはいられなかったでしょうね。

下記は、今は無い、米国フィラデルフィアの「ジョン F ケネディ・スタジアム」会場での合唱の模様です。

♪ウィ・アー・ザ・ワールド(ライブ・エイド)


下記は、英国ロンドンの「ウェンブリー・スタジアム」での合唱の模様です。

♪ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(ライブ・エイド)

 

どちらの会場とも、ミュージシャンたちは皆、興奮していましたね。


◇エゴは敵

「あいつの前にオレが歌うのかよ…」、「テレビ中継までオレが歌でつなげというのかよ…」、「なんでオレの演奏がテレビ中継に合わせられない…」、「オレは暗くなってからの登場じゃないのかよ…」、「オレのソロパートはないのかよ…」、「あいつと一緒に歌うなど ごめんだ…」。
何か、混沌とした、ミュージシャンたちのエゴが、「ライブエイド」の中に、一部、垣間見えたような印象を、多くの人たちが少しだけ感じてしまいました。

* * *

マイケル・ジャクソン、ブルース・スプリングスティーン、スティービー・ワンダーなどの、楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」の核となったミュージシャンは、この「ライブエイド」には参加していません。
そして、その両方に参加しなかったのが、米国のスーパースター「プリンス」です。
私は、この楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」の、本来の最重要の核心は、この4人だったのではと感じています。

そこに、まさか来ないと思っていた、ボブ・ディランまで来てくれた…。

クインシー・ジョーンズと、ライオネル・リッチーは、まさに、まとめ役、仲介役、指導役、世話役といったところでした。
この二人がいなかったら、絶対に、このプロジェクトは空中分解した気がします。
この二人…相当に体重が減ったのでは…。
まず、二人の前に立ちはだかる大きな敵は…「人間たちのエゴイズム(利己主義)」。

そんなお話しは次回のコラムで…。


◇次は米国のスタジオ…

米国のプロジェクト「USA フォー・アフリカ」の楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」では、多くのベテラン世代から若手まで…、さまざまな音楽ジャンルから代表格のように…、そして、もはや神格化したようなミュージシャンまでも呼ぶことができました。

英国では、ポールやボウイ、ミックやエルトン、ロッドやロバートなどの大物をスタジオに連れて来ることができませんでしたが、米国では、なぜ、そうしたことができたのか…?

これは、何かがある…。

一筋縄ではいかない米国音楽業界ですが、さすが決める時は決めますね。
大物ミュージシャンたちを納得させ、つき動かせたものは何だったのか…。
誰なら、そんなことができるのか…。

* * *

この「USA フォー・アフリカ」に参加していない米国音楽業界の大物ミュージシャンたちは、まだまだ たくさんいましたね。
参加していてもおかしくないはずのミュージシャンが、山ほどいます。
そんなお話しも、次回以降に書きます。

* * *

個人的に、このプロジェクトの進め方は、音楽業界だけでなく、あらゆる業界のビジネスでも参考になると感じます。
楽曲の素晴らしさはもちろんですが、この見事な「ビジネス調整力」にも驚かされます。
さすが、数々のドリームを実現させる「ショービジネスの国、アメリカ」を見た気がします。

* * *

英国のボブ・ゲルドフさん…、先に米国でやってもらっておけばよかったと思ったかどうか…?
ポールやエルトンが、英国用の楽曲を作っていたら、また別の「ウィ・アー・ザ・○○」が生まれたのか…?

でも、このボブさん…、「USA フォー・アフリカ」でも、スタジオ収録に招かれ、非常に重要な役目を与えられます。
彼も、このプロジェクトの成功を担ったひとりでした。

前述しましたが、私は、「USA フォー・アフリカ」に参加したミュージシャンたちが、それぞれの役割をしっかりと果たしたように見えて仕方ありません。

次回コラムで、「ウィ・アー・ザ・ワールド」のスタジオ収録の話しを書きます。

そしてこれに関連したテレビ番組が、これまたすごい!
番組進行は、あの米国有名女優…これほどの適任はいません。
米国エンタメ界は、人材が豊富過ぎですね。

* * *

コラム「音路(34)世界は何が支えてる【2】「USAフォー・アフリカ」の始動~エゴは預けてにつづく

 

2021.5.22 天乃みそ汁

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