ザ・ビートルズ「レット・イット・ビー( Let it be )」。ジョン・レノンさん、ポール・マッカートニーさん、ジョージ・ハリスンさん、リンゴ・スターさん。歌詞の中にあるもの。現代にも生きている曲。

 

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各コラムで紹介した曲目リストは、「目次」で…

  

あの曲や動画はどこ… 音楽家別作品

 

*今後の予定曲

 

音路(14) Let it be ~ 止まるのではなく前進すること



◇ザ・ビートルズ

「音路シリーズ」の前回コラム「音路(13)あなたがいるから」では、癒しの楽曲を紹介しました。
今回も「癒し系」の楽曲をご紹介します。

世界的に知られたロックバンド「ザ・ビートルズ」の「レット・イット・ビー(Let it be)」です。
この楽曲の発表は、50年ほど前の1970年です。

今の50歳台後半以上の年齢の方々は、どれだけこの曲に癒されたことでしょう。
普段、ロック音楽を聴かない、クラシック音楽ファンや、演歌・歌謡曲ファン、そもそも音楽をあまり聴かない方々でも、この楽曲は耳にしていると思います。

* * *

今の30歳台以下の年齢の方々は、彼らの音楽を聴いたことがなくとも、「ビートルズ」というバンド名くらいは耳にしたことがあるかもしれません。

「ビートルズ」という名は知らなくとも、ジョン・レノンさんや、ポール・マッカートニーさんというアーティスト名は知っているかもしれませんね。
この二人がメンバーだったバンドが、ビートルズです。

ビートルズの楽曲「イエスタディ」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」は、日本の義務教育の音楽での教材にもなっていましたので、少し前の世代までは、この3曲は少なくとも耳にしているかもしれません。

* * *

実は、ビートルズというバンドは、その活動期間が10年ほどしかありません。
ジョン・レノンさん、ポール・マッカートニーさん、ジョージ・ハリスンさん、リンゴ・スターさんの4人がそろった1962年をスタートと考えれば、終焉となる1970年まで9年間です。

1964年の世界的大人気と初映画「ハード・デイズ・ナイト」から、ジョンさんとジョージさんがバンド脱退した1969年までと考えたら、わずか6年間です。
こんな短い期間に、よくこれだけの量の名曲を残したものです。
メンバーたちの音楽性の成長速度といったら驚愕でしたね。

下記のページで、その歴史を簡単に知ることができます。

ビートルズの歴史概要

ビートルズの録音記録

ちなみに、1960年代頃までは、バンド名に「The(ザ)」という文字がついていることが非常に多いです。
外国だけでなく、60年代の日本の音楽グループにも、たいてい「The」がついています。

これは、英語表現の通常の「the」ルールと同じものですが、その時代頃までのバンド名は非常にシンプルなものが多く、同じ名のバンドも多くいたためだったからかもしれません。

70年代以降の凝りに凝ったバンド名に、あえて「The」などつけなくとも、他の名称やバンド名と誤認することなどなくなります。
レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ピンク・フロイド…、カラー(色)名も多いですね。
「クィーン」名も、まさか女王陛下がロック演奏するなどとは誰も想像しませんね。
音楽の話しの中で、クィーンといえば、あの「ボヘミアン…」のクィーンですね。


◇ビートルズの終焉

1969年頃は、ビートルズのメンバーそれぞれの音楽性が相当に成熟してきており、それぞれの独自色も際立って異なるようになります。
ジョン・レノンさんは、芸術性と精神性をもともと持っていましたが、さらに奥深い方向性に向かっていましたね。
独特なリズム感も持っていました。

ポール・マッカートニーさんは、その作曲能力の高さ、そして音楽の多角的な才能は、誰もが認めるところでしたね。

この頃には、それまでサブのような存在であった、ジョージ・ハリスンさんの音楽の才能が開花し始めていました。
今現在、世界でもっとも聴かれているビートルズの楽曲は、「ヒア・カムズ・ザ・サン」だそうですが、これはジョージさんの楽曲です。
他の3人のメンバーも、ジョージさんの途中からの急成長に驚いていたようですが、なにしろ、あのジョンさんとポールさんに挟まれていたのですから、よい影響を受けないはずはありませんね。

成長期から成熟期にさしかかった、ジョンさん、ポールさん、ジョージさんの音楽の方向性が、これほど大きく違っていたら、もうひとつのバンドとしての活動は無理だとも感じます。

* * *

この時代に生まれた有名なロックバンドに、ローリング・ストーンズがいます。
今も現役で、1962年から現在まで約60年、バンド活動が続いています。

このバンドは、ミック・ジャガーさんとキース・リチャーズさんの二人が重要な二人ですが、この二人も音楽性が違いますが、ミック・ジャガーさんは相当に幅広い許容力を持っていますので、この二人はそれぞれをよく理解し、別れることなく関係性を維持できています。
その音楽を聴けば、この二人が別れないことがよくわかります。

* * *

ローリング・ストーンズと異なり、ビートルズのメンバーほど、音楽の方向性が異なってしまったら、バンド継続はまず無理なのは、よくわかります。
みな、それぞれの音楽の求道者のようでしたので、バンド終焉は自然な流れとも感じます。

1969年から1970年にかけては、ビートルズのメンバーそれぞれが、ソロアルバムを発表しています。

この楽曲「レット・イット・ビー」は、ビートルズ最後のシングルレコードとなった作品で、この楽曲の入ったアルバム「レット・イット・ビー」は、ほぼポールさんの色あいのアルバムにも感じます。
そのポールさんでさえ、気に入らない編曲やサウンドに仕上がってしまい、もはやビートルズというグループ4人としての「化学反応」は限界だったとも感じます。

* * *

この最終盤の頃に、ポールさんと、ジョージさんが、ギター演奏内容についてケンカをする映像は有名ですが、カメラが回っていることを意識しているであろうポールさんだったと思いますが、映像では、かなり自制した怒り方をしています。
普段は、音楽熱が入り過ぎて、こんなものではなかったのかもしれません。
よくは知りませんが、ポールさんの熱血指導ぶりは想像できないこともありません。

このケンカでは、ジョージさんも、あえて覚悟の逆ギレか…。
ジョンさん、リンゴさんは、もはやクチをはさみません…。
これがバンド終焉直前の様子でしたね。

* * *

リンゴ・スターさんは、その明るい「いじられ」キャラクターで、個性の強い他の三人の緩衝材的な役割でしたが、他の三人がバンドを脱退し、ビートルズは終焉となります。

ジョージさんが抜け、ジョンさんが抜け、ポールさんは、自身が中心となって新たなメンバーを加入させ、ビートルズを存続させることも可能だったのかもしれません。
でも、その選択はありませんでした。

ただ、それぞれのメンバーたちは、その後、それぞれの音楽性をさらに向上させ、突き進んでいきますから、この終焉は、発展的な解消といえますね。
後になって思えば、やはりこの時にバラバラに分かれていったことは、よかったと感じます。

むしろ、ビートルズが別メンバーで存続するよりも、この4人だけの偉大な遺産として「ビートルズ」が残ったのかもしれません。

* * *

ロック・バンドの中には、メンバーの脱退はあっても、入れ替えの新メンバーを絶対に入れないバンドがあります。
今現代の日本のアイドルグループにも、同じような傾向がありますね。
ひとりでも抜けたら、それは解散…、ビートルズの例を考えても、その判断はよくわかります。

一方、メンバーを入れ替えながら、ビッグネームのバンド名を存続させていくケースもあります。
主要メンバーが入れ替わり、一期目のバンドよりも、二期目のバンドのほうが、さらに成功するというケースも少なくありません。
どの選択がいいとは決まっていません。

いずれ、この「音路シリーズ」でも書くつもりでいますが、世界的な有名ロックバンドの「フリートウッド・マック」のように、メンバーどうしが、ものすごい不仲であるのに別れることなく、そこからとてつもないエネルギーが生まれ、名曲が続々生まれ始めるということもあります。
そこには、とりまとめ役がいましたが、そんなバンドもいます。

「負」の中から、音楽が生まれてくることもあるのです。
むしろ、ロック音楽とは、そうした「負」や「苦」、「困」などの中から生まれてくる音楽だともいえますね。
どこから、音楽のエネルギーが生まれてくるのか、想像もつきませんね。

私は個人的には、この時点で「ビートルズ」が終焉となったことで、永遠の存在となったような気がしています。
多くのビートルズファンたちは、ビートルズ終焉後も、それぞれのメンバーの違いを感じながら、それぞれの音楽を楽しんでいけましたね。


◇複数ある「レット・イット・ビー」

この楽曲「レット・イット・ビー」は、ビートルズの歴史に咲いた最後の大輪の花のような楽曲です。

ジョン・レノンさんとポール・マッカートニーさんは、そのビートルズ作品の中で、共作と表現されることも多いのですが、昔からのファンからしたら、どちらが主導権を持っていた曲なのかすぐにわかります。
ひとつの曲の中でも、二人の違いが明確にわかるような部分も多くあり、ビートルズというひとつのバンドの中で、異なる個性が上手に融合していたことがよくわかります。

ビートルズの作品の中に、精神性や神秘性を感じるのは、ジョン・レノンさんによる影響なのは明らかでしょう。
多角的で豊かな音楽表現は、ポール・マッカートニーさんの影響が大きいとも感じます。

* * *

ジョンさんは、ポールさん主導のこの「レット・イット・ビー」を気にいらない素振りはしていましたが、私の個人的な思いでは、この曲を聴かされて、ジョンさんは、ポールさんの才能にやはり驚いたと思います。

これほど独自色の強い天才が、同じグループ内に二人存在していたのですから驚きです。

* * *

そんなビートルズ最晩期の中で生まれた名曲が「レット・イット・ビー」です。

今、私が知る限り、3種類の「レット・イット・ビー」を聴けると思います。
他にも、仮歌(かりうた)状態のような音源が存在しているようですが、完成度は未熟な内容だと感じます。

* * *

最初に発表されたのが、シングルレコード用のバージョンです。
その後が、アルバム用バージョンです。
それから、ずいぶん後に、もう一種類のバージョンが世の中に出てきました。

主に大きく違うのは、中間のギターソロ部分です。
ジョージさんが、何度か録音し直したようです。

シングルバージョンの発表は1970年(昭和45年)です。
その後に、アルバムが発表され、私も、その違いにたいへん驚きました。
ファンのあいだでも、それぞれの好みに分かれますね。

私は個人的に、ギターソロ演奏が好きなので、アルバムバージョンのほうが好きです。
アルバムバージョンは、ギターソロがかなりチカラ強いサウンドになっています。

* * *

当時、わが家には、シングルバージョンのレコードしかなく、仕方なく、それをよく聴いていました。
当時は、まだ「ラジカセ」が誕生しておらず、ラジオ音声を録音するということもできませんでした。
個人的には、シングルレコードに、アルバムバージョンを入れて欲しかったですね。

そのジョージさんのギターソロ部分ですが、決して「スゴ技」とはいえませんが、味わいがいっぱいです。
この演奏の「なげやり感」は、ポールさんへの反発なのかと勝手に想像しながら聴いていましたが、逆にそれがいい味に聴こえてきます。

* * *

このシングルレコードも、LPアルバムも、ジャケットは、4人の顔が写った黒色ベースのあの有名なジャケットです。
ビートルズ最後の時期の4人の表情を見るたびに、これが最後の作品だと実感させてくれます。

このジャケットを見て、この曲の冒頭のピアノ音とポールさんの声を聴くと、一瞬で、1970年の日本の匂い、風、光景が思い出されます。
もはや、この組み合わせ以外の「レット・イット・ビー」では、その1970年を実感することは私にはできません。


◇「レット・イット・ビー」で癒す

1970年は、大阪で「万国博覧会(万博)」が行われた年です。
日本では、これまで何度か、さまざまな「万博」が開催されてきましたが、この「大阪万博」に匹敵する万博はひとつもありませんでした。
まさにオリンピック級…、あるいはそれ以上の盛り上がりでした。

この頃の日本では公害もひどく、開発もまだまだ都市部だけで、今現在の日本の街の様子とは大きく違います。
それでも楽しかったし、ビートルズの音楽が、ポピュラー音楽界のトップにいました。

この少し前に、世界中がタンゴブーム、マンボブームに包まれ、日本でもまだまだ「ウ~、マンボ!」の時代でもありましたね。
今の70歳台以上の中に、異常にタンゴやマンボの好きな方々がいるのは、その影響です。
一方、ビートルズなどのポップスやロックが、次々にヒット曲を出していました。

* * *

当時、日本では、歌謡曲の「日本レコード大賞」の権威が急速に上がり始める時期で、その後に最盛期とピークを向かえますが、「レット・イット・ビー」は、まさに、その年の世界の「レコード大賞」といえるのかもしれません。

1970年の日本レコード大賞は、菅原洋一さんの曲「今日でお別れ」でした。
先頃亡くなられた、「なかにし礼」さんの作詞です。
「なかにし礼」さんの多くの歌詞の中にも、「負」、「苦」、「困」がたくさんつまっていましたね。

ザ・ベンチャーズが作曲した「京都の恋」は、その時に企画賞でした。
ムーミンの主題歌が、童謡賞です。
あの「また逢う日まで」の尾崎紀世彦さんのレコード大賞は、翌年の1971年です。

歴史に残る名曲たちが、続々と誕生し始めた時代でしたね。
そして、世の中全体が、何かにとりつかれたように、前へ前へ突き進むのを、みな実感していた時代でしたね。
今現代の日本では感じることのないものです。

* * *

「レット・イット・ビー」は、まさに時代の節目に生まれてきた楽曲なのかもしれません。
何かの「幕開け」の時代に生まれてきた楽曲だったのかもしれません。

変革とスピード化で大発展する世の中で、公害や過重労働、人間どうしの競争激化などに少し疲れた人々…、脱落してしまった人々…を癒してくれたのが、この楽曲「レット・イット・ビー」だったのかもしれません。
そして、この楽曲が、彼らを後押ししたのだろうと感じます。

後で、歌詞のことも書きます。

下記に、前述の3種類の「レット・イット・ビー」をご紹介します。

♪レット・イット・ビー(シングル・バージョン)


♪レット・イット・ビー(アルバム・バージョン)


♪レット・イット・ビー(ネイケッド・バージョン)


* * *

 

当時のメンバーの表情を見ると、いろいろ泣けてきますね。
♪動画後半にレット・イット・ビー

 


◇癒しの歌詞

下記に、素晴らしい和訳が掲載されていますのでご紹介いたします。
アメーバブログの中の、東エミさんの和訳記事です。
多方面でご活躍の東さんです。

東エミさんの記事の中には、この「レット・イット・ビー」の歌詞に登場する「マザー・メアリー」のことが解説されています。
この曲では、ポールさんが早くに死に別れた母の存在が、大きな意味を持っています。

 

母親から、残していくわが子への、愛情のこもった最後の応援の言葉だったのかもしれません。
下記が和訳歌詞の記事です。

この度のリンクにつきまして、東さんのご協力に深く感謝申し上げます。

「レット・イット・ビー」の歌詞の記事


この曲の歌詞は、まさに、この最後の時期のビートルズを歌っています。

前述しましたレコードジャケットの4人の顔をよく見ると、ポールさんだけが見ている方向が違いますね。

ポールさんは、ビートルズ存続を希望していたのかもしれませんが、ビートルズの中でのポールさんの存在の大きさが、これ以上大きくなることを、他の3人は良しとしなかったのかもしれません。
それぞれが、みな音楽家であったがゆえの、「なすがまま…」、「なるようになる…」の結末と言えるのかもしれません。

後で、この続きは書きます。


◇現代のレット・イット・ビー

ここで、別の「レット・イット・ビー」をご紹介します。
下記の音楽動画は、さまざまなタイプの今のミュージシャンたちが集まって、この楽曲を演奏・制作しました。

どのような企画内容かは、私は知りませんが、素晴らしい演奏内容だと感じます。
なにより、ビートルズの4人が持っていた音楽の世界観が、その中にしっかり再現され、生きている気がします。

今の優れたミュージシャンたちだからこそ、派手に飾り立てることなく、ビートルズの世界観を、「ありのまま」にしっかり再現しようとしたのかもしれません。

私は、この「レット・イット・ビー」を耳にして、私自身が初めて「レット・イット・ビー」を耳にした時の感動を思い出した気がしました。
皆さまの耳には、どのように聴こえるでしょうか…。

♪レット・イット・ビー

 


◇音楽のありのままの姿

世界のほとんどの人々が知っていて、みな同じように感動する楽曲というのは、そうそうありません。
「レット・イット・ビー」は、そのひとつであるのは間違いありません。

言語や文化、思想が違っても、同じ楽曲に感動し、一緒に歌ったり、演奏したりできるのです。
ビートルズの名曲たちの中には、そうした曲がいくつもあり、それがビートルズの音楽の最大の特徴かもしれません。

* * *

この曲は、ポールさんの個性だけで作られた曲ではなく、ビートルズの4人のメンバーのチカラが融合、結集した曲だと、私は感じています。

前述しました、今のミュージシャンたちによる演奏動画を見ても、複数のミュージシャンたちが、それぞれのチカラを発揮し、そのチカラが集まって、ひとつの「カタチ」を形勢していることがよくわかります。
彼らを結びつけているのは、「ビートルズ」というチカラなのでしょう。
この音楽動画制作に集まったミュージシャンたちはみな、自身がビートルズのメンバーになった気持ちになっていたのかもしれません。

音楽は、ひとりで表現するカタチもあれば、複数の人間が、融合し助け合ってカタチが生まれてくるものもあります。
音楽は、人を集め、結集させ、それぞれを理解させ、そしてミュージシャンも、聴く人たちも、癒してくれる…、それが音楽のありのままの姿なのかもしれませんね。

* * *

ほとんどのミュージシャンは、お金のためだけに演奏したり創作活動をしているはずはないと思います。
彼らは、音楽が、自身の技量を人に見せるためだけにあると思ってはいないはずです。
音楽は伝えるもの…、音楽で伝えるもの…、それこそが根源にあるのではないかと感じます。

下記に、ある少女の「レット・イット・ビー」の演奏動画をご紹介します。
人は、何か「伝わってくるもの」にふれた時、声も出ず、動きも止まったりします。
この動画には、ビートルズに作られた、そして守られた「何か」が、人に伝わっていく様子が見えるような気がします。
この動画の中に、音楽そのものが見えるような気がしてなりません。

「レット・イット・ビー」は今でも生きている…。
私は、うれしくて、少し涙がでました。

♪少女の「レット・イット・ビー」

 


◇前進すること

コラムの冒頭で、50歳台後半以上の年齢の方々に、この曲は特別な存在だと書きました。
この曲を聴いて、がむしゃらに突っ走る時代に疲れた心と身体を癒していたのかもしれません。

「チカラを抜くことは悪いことではない」…、それは終わりを意味するのではなく、次の歩みへの充電期間であり、新しい「始まり」の始まりなのです。
ビートルズのメンバーは、バンド終焉後、それぞれに大きく飛躍していきましたね。

* * *

今年2021年に、昨年から延期されている再編集のビートルズ映画の公開が予定されています。
今、編集制作者が、ビートルズの未公開映像を紹介しています。

いい関係の頃の、ビートルズメンバーの楽しそうなレコーディング風景ですね。

後の世代に、ジョン・レノンさんは、ある意味「神格化」されているような面もありますが、当時、彼の不思議さや奇行は有名で、来日時もそうでしたね。
それも含めて、すべてがジョン・レノンさんなのでしょうが、この映像にも、不思議で明るいジョン・レノンさんと、オノヨーコさんが映っています。

先行特別映像

*現在は、削除されています。


コロナ禍がおさまって、無事に公開となるかわかりませんが、もし、ジョン・レノンさんが生きていたら、今のコロナ禍で、何か行動を起こしたに違いありません。
「なすがまま」に過ごしたとは思えません。
ありのままの自身の姿で、きっと私たちの前にあらわれたでしょう。

私は、「レット・イット・ビー」の歌詞の中にある、「なすがまま」「流れに身をまかせる」ことは、決して何もしないのではなく、ありのままの自身の姿で、その答えを探し求める行動そのものだと感じます。

私の中の「レット・イット・ビー」は、何かが止まる曲ではなく、何かに向かって自身が前進する曲であり続けています。

若者たちも、中高年世代も、もう一度、この「レット・イット・ビー」を思い出し…、

さあ… Let it!

* * *

コラム「音路(おんろ)15」につづく


2021.2.13 天乃みそ汁
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