昭和生まれのつぶやき。噴水式ジュース自動販売機の世界。ホシザキの「先見の星」。1964年の東京大渇水と東京砂漠。オート三輪とミゼット。

 

 

昭和生まれっぽい発言しろ(3)
+オレンジ色の誘惑



◇昭和生まれっぽい発言しろ(パート3)

今回のコラムは、前回コラム「昭和生まれっぽい発言しろ(2)+オート三輪のお話し 
に引き続き、ツイッターの中でのハッシュタグ「#昭和生まれっぽい発言しろ」に、私がツイートした内容をまとめた「パート3」です。

 


そのツイート集の後に、「めくるめくオレンジ色の世界」を書きたいと思います。

このハッシュタグ「#昭和生まれっぽい発言しろ」については、ここまでの「パート1」と「パート2」で紹介してきましたので、ここでは省略させていただきます。

ツイッターのハッシュタグ「#昭和生まれっぽい発言しろ」というテーマに、私が投稿した内容で、このコラム用に、若干の修正をしたものを書いていきます。
前回に引き続き、本コラムには、若い世代向けに、若干の注釈を加えました。

今回は、昭和のテレビ番組や歌謡曲、昭和のビジネス社会や世相を、多く書いてみました。
さあ、始めます。


◇昭和を感じて…

昭和の戦前は「子守唄」…、戦後は大人を眠らせる「ララバイ」に変わる。
でも、眠れない…。

注:戦後の昭和歌謡は「ララバイ」だらけ…。


昭和の時代…、ご当地ソング、希望地続出!立候補者続出!

注:ご当地ソングは数えきれない。ヒットしたら、とてつもない経済効果。


昭和の時代の歌謡曲…、卒業商戦用、クリスマス商戦用がヒートアップ!
夏なら任せろ、お中元組も!
歳末レコ大、お歳暮組も!

注:「レコ大」とは年末のレコード大賞のこと。季節ごとに、名曲ぞろいで大儲け!


白いギター、白いブランコ、白い色は恋人の色…、昭和の歌謡曲の「白の魔力」は、平成にも引き継がれた。令和には?
歌謡曲と自家用車と家電品…、もはや白は、他の色を圧倒!

注:テレビドラマのタイトルも、「白」がいっぱい。


昭和のアイドルの歌の合間に、大声で名前などを叫んでいた昭和のファンの人たち…、きっと今でも、どこかで何かを叫んでいるはず。

注:もはや、曲の一部。


「こんぴら ふねふね~。てんぷら あげあげ~」と歌いながら揚げると、意外とうまくいく。

注:シュラ・シュシュシュ…意味不明。阿修羅さま教えて…。


昭和の歌謡曲の歌詞にちょっとだけ出てくる、基礎英語風の英語の歌詞…、ちょっと笑える。
どこの英語学校だ? 駅前留学か…。

注:NOVAは本当に駅前なのか、私は調べたことはない。それにしても、近い留学先だ。


昭和の歌謡番組のナマ歌…、妙に回転数が速かった。

注:まさに番組に、めいっぱいの詰め込み作業です。よく、この高速回転で歌えていたものだ。早クチ歌合戦か…。


ビリー・ジョエルの「ストレンジャー」…日本だけで異常人気!
日本人は、世界でも無類の「哀愁」好き!
イントロだけ、繰り返し聴かないで…。

注:口笛に挑戦して、もろくも崩れ去っていった者が続出。


私としたことが…、衝撃(笑劇)のアローン・アゲイン!

注:昭和の時代は、衝撃の日本語カバー曲ばかり!アーチチー・アーチー!


昭和の名テレビCM「ヨドバシカメラ」の歌の歌詞…、地域によって、すべて違う。

注:CMの歌で、店までの道順案内をするとは…、音楽作詞家にはない発想。


女性ふたり組泥棒を「令和のキャッツ・アイ」と呼ぶ警察。
「令和のキャッツ・アイ」vs「昭和の警察」。

注:泥棒たちが、担当警察官のタイプだったのか…。


土曜の夜、ドリフと刑事コロンボが戦っていた。
まさに、異種格闘技戦!

注:ビデオのない時代…、この時間に泣いたのは、親父、それとも小学生の息子?


「あっちこっち丁稚(でっち)」…このネーミングセンスが大阪!さすがだ!

注:寛平ちゃん他、大スターが勢ぞろい!テレビ放送によって、吉本パワーが日本中のあっちこっちで不動のものに。


今年の大河は、氾濫中。
よく、ここまでの大河は氾濫しなかったものだ。

注:大河ドラマは永久に不滅です…、by プリティ長嶋


「必殺仕事人」の業は、ほんとうに殺人ほう助なのか?

注:昭和のある時期、よくわからない理由で、放送中断。


ドラマ「どてらい男(やつ)」を見て、昭和のビジネスの厳しさを知った。
モーヤンは、今どうしているのか? ふなっしーの追っかけか?

注:昭和の名小説家・脚本家、花登筺(はなと こばこ)さんの作品。山下猛造を演じたのは西郷輝彦さん。
今ふりかえると、ドラマ「半沢直樹」の大人気にも似た現象だったのか?多くの小学生も見ていた。



昭和の結婚式…、「一目会ったその日から、恋の花咲くこともある」と、やたらに耳にした。オヨヨ。

注:「パンチdeデート」の名フレーズ。桂文枝(当時は三枝)さんの大流行語「オヨヨ」。三枝さんと西川きよしさんの2ショットを、また見たい。


昭和のパパとママ…、わが子からの質問「新婚さんいらっしゃいの、イエスノー枕って何?」の答えに、イエスかノーか?

注:好きにしてください。


「どい まさる」さんが二人いたとは、だいぶ経ってから知った。

注:「土居まさる」さんと「土井勝」さん。あなたにとっては、どちらの「どいまさる」さん?


昭和の「スポ根まんが」や「スポ根ドラマ」と、体育の指導書や素人へんくつ監督…、どちらのほうがスポーツの発展に貢献したのか?
それにしても、「根性」と書かれた額…、最近の家庭には無い。

注:柔道一直線、巨人の星、サインはV、アタック№1、エースをねらえ、あしたのジョー、タイガーマスク…。


木枯らし紋次郎は、どのタイミングで、ようじを交換していたのか?

注:いつもクチにくわえた、超ロングサイズの楊枝(ようじ)…、時々は武器にも。
昭和の時代、「つまようじオヤジ」は、そこらじゅうにいた。



「ブラザー」と言えば、やっぱり、グラサンの二人組か、ミシンだろ!
「シンガー」と言えば、歌手じゃなくて、やっぱりミシンだろ!

注:昭和の時代に、○○ブラザーズ、〇〇シスターズ…、世界中にいましたね。
ブラザー、シンガー、ジャノメ、JUKI…、昭和のあなたの家のミシンは?



爺じが、「毎朝早く、ジムに行きはじめた。たくさんの人が来ていて楽しい」って言ってた。
公園の中とか、橋の上とか、駐車場の中とか言ってたけど、あなた…新しい建物見かけた?

注:朝7時前には家に帰ってくるけど、妙に早いな。第一だの、第二だのとクチ走ってるけど…。


「アラフィフ」とは、「あら、とっくに50歳なんて過ぎてたわ」のこと。
死ぬまでずっと…「アラフィフ」。

注:あらまあ…。昭和のお母さんの口癖。


「スーパーカー」とは、「ショッピング用カート」のことではありません。
カートの「食品かご」の中に、子供の乗車はやめましょう。

注:「スーパー」レベルの勘違い。


「ソフトバンク」と聞いてソフトクリームを思い出し、「NTTドコモ」と聞いて子供たちのお迎えを思い出し、「au」と聞いて、アウアウと犬のように吠え出す…、昭和生まれのオヤジったら、もう…。

注:昭和世代には、どこでもいいよ…。


チャネル、ブブルガリ、グチ、ルイボタン、デオール、ヘルメス、ジジババンシー…、昭和生まれのオヤジったら、もう…。
買ってほしいのなら、そう言え!

注:言ってみる価値あり…。


昭和の時代…、戦国武将の亡霊の頭には、どうして、いつも矢が刺さっていたのか?

注:死因がわかりやすい…。


百名山の「大菩薩嶺(だいぼさつれい)」と耳にすると、毎回、あの話しを思い出す。

注:中里介山(なかざとかいざん)のあの小説。小説のタイトルに地名は重要。


平成世代は、「山菜そば」を食べるのだろうか?

注:平成世代には、山菜の識別は、さぞ難しいだろう…。


「うな丼」は、「牛丼」になりそこねた。

注:うな丼も、低価格に果敢に挑戦したけど、うなぎの増産システムが壁となった。


宮崎行きの飛行機の乗客が、すべて新婚カップル…、ちょっと恐怖。

注:昭和の一時期、宮崎県が、なんと新婚旅行先の人気ナンバー1だった。今からでも、各県は果敢に挑戦してほしい。


昭和と平成の境は、浦安のディズ二ーランドの開園の前と後ではない。
ディズニーランドって、東京日本橋の三越屋上でしょ!

注:日本のディスニーランド第一号は、なんとデパートの屋上。さすがよの~、越後屋!


「ジンギスカン」が、羊肉の料理だと初めて知った時、頭の中が大混乱した。

注:「風が吹けば、桶屋が儲かる」的な発想なのか…?
歴史マニアとしては、あまり深入りしたくない命名の歴史だ。



パンダの名前は、「ランラン」と「カンカン」しか知らない。あとは、すぐに忘れていく。

注:初代の名前だけで、もういい。みな、同じような顔だ。パンダも人間を見て、みな同じ顔だと思っているにちがいない。


昭和の時代…、子供たちは、オレンジ色のジュースの噴水を、いつまでも見つめていた。

注:まさに、街角にある魅惑の噴水…、その中に飛び込みたい。
そんな、今はほぼ絶滅した、ジュースの自動販売機。
今、スタバにコーヒーの噴水があったとしても、感動はおきないだろう。
後で、そのコラムを書きます。



昭和の時代…、そこに「釣り堀」さえあれば、そこは「ワンダーランド」と名乗っていい。

注:昭和の父と息子の身近な旅先…、それが「釣り堀」。
昭和の国道沿いの「ドライブ・イン」に釣り堀でもあろうものなら、そこはパラダイス!



昭和の若い女性…、短い赤い糸を、たくさん持ち歩いていた。

注:この糸を、いつ誰に使うかが大問題。彼氏が、その糸(意図)を、目にしなければ意味がない。


遠くに見える、デパートのアドバルーン。
日曜日、わが家も、隣家も、そのまた隣家も、家族はみな、それを目指した。

注:遥かな場所から、「おいでおいで」と呼ぶ声が聞こえ…。


昭和の飼い犬や飼い猫の寝相は、人間とはまったく違っていた。
今や、人間も犬も猫も、同じ寝相。

注:今の犬猫は、家の中で家族の一員。態度も家族の二番手、三番手。
飼い主は、飼い犬に似る。



昭和の「〇〇族」と、平成の「〇〇系」は、ほぼ同じ部族。

注:新幹線議員さんも、運輸族から、○○系へ。


苦虫(ニガムシ)をかみつぶしたのか、歯が痛いのか、判別はむずかしい。

注:昆虫って、みな苦そう…。


だまされたと思って」…、一度だって、だまされたくはない。
「死んだと思って」…、いったい何回死ぬんだ、あんたは!

注:この言葉…、使う人はいつも使うけど、使わない人は一生使わないだろう…。


年賀状の習慣は、日本古来の伝統的風習ではなかったのか…。早くいってよ。

注:神田伯山さんも、最近よく言ってた…。


人生とは、「オムツ」と「オムツ」の間の期間…。
オツムの悪いやつが言ってた。

注:後のほうの「オムツ」はできれば…。オムツとオムツの間じゃ、なんとも臭そうな人生か…。


どこの医者も教えてくれない民間療法が、街には山ほどある。
どっこい、意外と効く。(個人差があります。自己責任で)

注:学問になっていなければ、医療ではない?


今なら、「人生ゲーム」を自分でつくれるかも…。
政治家編、飲食店経営編、会社経営編、アーティスト編、サラリーマン編、主婦編、子育て編、おひとりさま編、OL編、介護編…。

注:「人生ゲームは」、サグラダファミリアか…。


今のデジタルサイネージ広告…、昭和の「静止画テレビCM」を思い出す。

注:サイネージ広告を見るほうが、動いているからね…。


「私、○○したいんです。」
昭和の時代は、理由にはなりませんでした。

注:「ほお、えらくなったもんだ」…、昭和社長のお決まりフレーズ。


昭和の時代…、ひと月、残業200時間超えなど、当たり前。
でも、それを可能にするには、昼間の手抜きと息抜きは、当たり前。

注:あたり前田のクラッカー!


昭和のビジネス戦国時代…、忘れる、聞き流す、見なかったことにする、記録に残さない、反省しない…は、必要な能力。
振りかえらないことこそ、生き残りの道。
後で、いくらでも振りかえる時間はある。

注:忘却とは忘れ去ることなり…、君の名は何だっけ?


昭和の時代…、人が欲しいと言っていたものは、まず売れなかった。
人が欲しかったことに気づいたものが、売れた。 今は?

注:今、やろうとしてたんだよ!…うそつけ!


昭和の時代…、「遊び心」がビジネスの成功につながることも多かった。
でも、本気で遊んでしまったものは皆、消えていった。

注:「自分が楽しいと感じたこと」は、他人も、それを楽しいと感じることはある。
でも、あなたと一緒に楽しむつもりはない。



昭和の世代は、踏み出すまでが長い。
走り出したら、がむしゃらで、あきらめない。
そろそろ、スピードを緩めてもいいころなのだが…、加減を知らない。
新しい時代は、すでにやって来ている。

注:スタートの遅い人は、ゴールの見極めも遅い。周回遅れを忘れている人も…。


昭和の世代は、失うまで、失うことに気がつかない。
いつも気がつくのは、失った後。
先に気がついていれば、チャンスや人生を失うことはなかった。
気がつけたはずなのに…。

注:気づきのサインを見落とさないで…。


何十年か前の、昭和の写真の中のあなた…、それは、まぎれもなく、あなたの姿。
ここまでの道の途中にいた、あなたです。
何十年か後、私たちは、今の本当の自分を、写真の中に見るのです。

注:自分の目でしっかり見ましょうね。


もう一度チャンスを…、もう一度勝負を…、もう一度がんばらせて…。
昭和のお父さんたちは、何度「もう一度」と叫んだろうか。
もう一度生き直したい…、もう一度挑戦したい。
生まれかわっても、もう一度、あなたと出会いたい…。
昭和世代は、まだまだ、やり直せる。

注:一度でたくさんだと言わないで…。
「もう一度」とは、一度目と同じではない。



花の種類、色、本数、花言葉…似合いもしないのに、思いを込めたりする…。
しっかり説明まで加えてしまう、さりげないことが苦手な昭和のお父さん。
女房を通じて、娘に伝えるとは、まどろっこしい…。
黄色のバラ…、6月21日は父の日。

注:世のお父さんたちは、家族の前で、何度もカレンダーを確認している。
猛アピールかも…?
「お前ら…21日は、何するんだ?」。
「別に…なんもない」。



…今回はここまで。


◇前回コラムの追記 「生き続けるオート三輪」

ここで、前回コラム「昭和生まれっぽい発言しろ(2)+オート三輪のお話し 
の中で書きました、「オート三輪」に関しまして、追記させていただきます。

 


そのコラムを書いた直後に、思わぬ情報を得ることができました。
日本でも、オート三輪は、まだまだ現役で走っており、購入できるというのです。
まさか現役とは…。買えるとは…。運転できるとは…。

下記に「近藤レーシング」様の「ミゼット」に関するブログ記事をご紹介いたします。

近藤レーシング様のブログ

 


「オート三輪」を扱うことができる自動車関連の技術者の方が、今でも結構いてくれているのだと初めて知りました。
おそらく、特別な高度技術と、古い車両への愛着がないと、なかなかできないことなのだろうと感じます。

近藤レーシング様のブログには、納車風景だけでなく、修理風景、部品の写真なども満載です。
きっと、昭和レトロカーとともに、人生を豊かに歩まれている方なのだと感じます。
人生は、何かとともに歩むと、これほど楽しいものはありませんね。

そして今回、「昭和レトロカー万博」というイベントを、毎年一回、行っていることも、同時に初めて知りました。
「昭和レトロカー」の愛好家が、これほどたくさん残っていたのかと、たいへん驚きました。

平成の時代を越え、令和の時代も、きっと「昭和レトロカー」は生き続けるのだろうと思います。
生き続けてくれていて…、本当にありがとう!オート三輪たち!

今回、近藤レーシング様の御厚情に、深く感謝申し上げます。


◇めくるめくオレンジ色の誘惑

平成の世代はもちろん、昭和時代の後半の世代も、「オレンジ色のジュースの噴水」を、実際に目にした人は、ほとんどいないと思われます。

街かどや、デパートの中で、オレンジ色のジュースが、勢いよく噴水のしぶきをあげていたのです。
そこは、「お菓子の国」ではありません。
昭和の時代の、ある時期だけに出現した、「お菓子の国」のような光景だったのです。

子供たちが、目を奪われないはずはありませんね。

* * *

これは、オレンジジュースの自動販売機です。
缶ジュースではありません。

今、コーヒーチェーン店や、病院の隅にあるような、飲み物の液体をコップに直接注ぐ装置なのです。
飲料水の場合は、水の量がわかる柔軟性のあるタンクが上部にのせられている場合も多いですね。
コーヒーの機械の場合は、その液体は見えません。
まして、両方とも、噴水のように液体が噴き上がっていることなど、まったくありません。
今なら、そんな光景を見せられたら、逆に気持ちが悪い気がします。

ですが、これがオレンジジュースの噴水だったら、どうですか?

チョコレートが、液体となって流れ落ちる滝のような状態で利用される場合もありますが、チョコレート好きでなくとも、何かワクワク感が止まらなくなりますね。
オレンジジュースも同じかもしれません。

子供たちが興奮する様子が、目に浮かびます。

* * *

昭和の、そのジュースの自動販売機は、透明のタンクの中にある噴水部分が、その販売機の最上部に設置されていました。
ですから、子供たちは皆、はるか上にあるその噴水を、見上げることになるのです。

子供たちには、天井の照明の光の中や、太陽の光の中に、オレンジ色に輝く噴水が見えるのです。

子供たちは、その自動販売機の前を素通りなど、できるはずもありません。
「あっ!」と言っただけで、身体も、時間も、止まってしまうのです。

子供たちは、まさに、オレンジ色の噴水の中を泳ぐ魚と化すのです。

こんな奇跡のような異空間が、昭和のある時期だけに存在していたのです。


◇1964年の東京大渇水と、「先見の星」

この噴水式自動販売機は、1962年(昭和37年)に、名古屋の星崎電機(今のホシザキ株式会社)が、「オアシス」という名称で世に出した販売機です。

ホシザキは、大型の厨房設備や、業務用冷蔵庫でおなじみの、有名な企業ですね。
飲食食品関連の方なら、知らない人はいません。

一般の方でも、飲食店などの業務用冷蔵庫の隅に貼られた、丸型の「ペンギン」のマークを見たことがある方も多いはず…。
ペンギンを見つけたら、それはホシザキの冷蔵庫ですね。

まさに、この分野の「ファースト・ペンギン」であったのだろうと思います。

* * *

第一回目の東京オリンピックは1964年(昭和39年)の秋の開催でしたが、その年の夏は、日本各地が大渇水の年でした。
「東京砂漠」という流行語も生まれます。
まさに、オリンピックが開催できるかどうかの瀬戸際まで追い込まれます。
ちなみに、内山田洋とクールファイブの大ヒット曲「東京砂漠」は、1976年(昭和51年)です。

東京オリンピックは毎回、その開催直前に、大きな試練に見舞われますね。

1964年の東京の大渇水との壮絶な戦いは、映像などにも、たくさん残っていますね。
今はコロナとの戦いですが、1964年の時は、水不足との壮絶な戦いでした。

この数年前から、日本中で、水不足が深刻化します。
高度成長期になり、家庭や企業による、大量の水の使用も原因でした。

そんな中で、砂漠の中の唯一の水場「オアシス」というネーミングは、まさに時代の要請にも感じますね。
噴水にかけるとは、なかなかな腕前に感じます。

シルクロードの大ブームが、日本におきるのは、1970年代になってからですが、すでに「オアシス」という名称をつけたのは、まさに「先見の明」ありですね。
この場合、ホシザキさんだけに、「先見の星」でしょうか。


◇噴水は夢の中へ、魚たちはどこへ

大反響を巻き起こした、このジュースの噴水付き自動販売機でした。
私の記憶では、おそらく、それから10数年は、街のいろいろな場所で見かけたと思います。

昭和30~40年代頃に全盛期があり、ジュースの衛生管理が問題視され始めた頃から、その姿が消えていきました。

「お菓子の国」は、実際に存在したら、衛生問題だらけですね。
「夢の噴水」は、子供たちの目の前から消えていったのです。

前述した「オート三輪」のように、まだ日本のどこかで、甘い誘惑の噴水のしぶきをあげてくれていたら、いいのですが…。

* * *

この「オレンジ色の衝撃」は、その頃に子供時代を過ごした昭和世代には、忘れられない出来事だったでしょうね。

今の街の中に、たくさんある水の噴水たち…、これはジュースではありません。
いくら待っていても、ジュースは出てきません。

ですから、まったく別の噴水なのです。
もはや「あこがれ」を抱くような対象ではありません。

たしかに今は、「アート(芸術性)」を感じさせてくれる噴水は多いです。
でも、かつての「ジュース噴水世代」には、何かが足りないのです。

光の中で、オレンジ色に輝く、あのしぶき…。
今は、「めくるめくオレンジ色の誘惑」が、自分に誘いかけてこないのです。

オレンジ色の噴水の中で泳ぐ「魚」にはなれないことを知ったのは、いつ頃だったのか…。

今、その時に子供時代を過ごした昭和世代は、いったいどこを泳いでいるのだろう…。

* * *

 

コラム「昭和生まれっぽい発言しろ(4)がんばれ!ジィジ バァバ編」 につづく

 

 

2020.6.17 天乃みそ汁

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