徳川 家宣 (とくがわ いえのぶ)

江戸幕府 第6代将軍(在位1709~1712年)

甲府徳川家(今の山梨県甲府市)、2代甲府藩主 

 

誕生:江戸時代 寛文2年4月15日(西暦1662年6月11日)、東京都

 

死没:江戸時代 正徳2年10月14日(西暦1712年11月12日)、享年51歳(数え年)、墓所・増上寺

 

使用した別名:新見左近、松平虎松、徳川綱豊

 

関連名称:甲府宰相

 

:徳川綱重(甲府徳川家 初代甲府藩主)

 

養父:徳川綱吉(5代将軍)、新見正信

 

:近衛熙子(正室・天英院)

 

:家継ほか全5男、1女

 

有名な家臣ら:間部詮房、新井白石、室鳩巣

 

関連史跡:江戸城、甲府城址、増上寺 ほか

 

関連歴史事項:正徳の治 ほか

 

特記:館林徳川家の綱吉と、5代将軍の座を争い敗れる。その後、徳川綱吉(5代将軍)の養子となり、6代将軍となる。甲府徳川家はこの時点で終焉。

 

生類憐みの令廃止。

将軍在位はわずか3年あまり。

 

家宣の死後、正室の天英院と、家宣の側室 お喜世(月光院)は大奥で激しく対立。7代将軍をめぐって尾張徳川家、紀州徳川家に政争の火種を残す。

 

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