民意と行政

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沖縄県の県民投票と県内市町村の動向に関するニュースはこちら(産経新聞ニュースより)

 

 私の議員時代、東みよし町では、町内の課題や懸案事項、町行政のチェック及び推進こそ使命であるとして、国の政策や動向について、ことさら議論したりすることを避けなければならないというような風潮がありました。しかしながら、沖縄の基地問題のニュースなどを見るにつけ、これは沖縄だけの問題ではなく、国家国民として考えていかなければならないことであると感じています。

 

 昨日(20日)のニュースによると、宮古島市、石垣市に次いで沖縄市、宜野湾市も県民投票に協力しない模様です。

 これに先んじて県民投票に協力しない旨を発表した下地宮古島市長及び中山石垣市長の意向について、民意無視とか、市長の資格なしなどとおっしゃる方もおられるようです。

 ここで、この問題について、よくとりあげられる「民意」と行政の観点から私の私見を記述しておきます。

 

 以下の記述は沖縄の基地問題について私個人の意見を述べるものではなく、あくまで今回の県民投票の是非についての市長の判断についての意見であります。

 

1.行政の施策が民意の介入により動かされることは非常に危険と考えます。

2.住民投票により直接民意を示すこと自体は素晴らしいことと考えますが、衆愚政治を招く危険性を認識しないと行政の統治がとれなくなる恐れもあると考えます。

3.代議制の社会では住民代表である議会の議決が民意とみなされるため、これを尊重するとの市長の意見はただちに民意の無視とは言えないと考えます。

4.沖縄の基地問題については防衛・外交・安全保障などの観点で考えなければならないため、仮に住民投票というなら国民投票を行うのが本筋と考えます。

5.最後に、市長の資格なしなどと批判される方も多いようですが、そもそも民意による直接選挙で選ばれた市長の意向について市長の資格なしという意見こそ民意無視と言えるのではないでしょうか。

 

 

住民投票といえば、徳島では第十堰問題が思い出されます。

当時、徳島市民による住民投票の結果、「民意」により第十堰の改修は中止となりましたが、第十堰の堰上げ効果による洪水被害が懸念されていた上流地域の民意はついにとりあげられることもなく、以後も度重なる洪水被害に耐えつつ吉野川堤防の整備完了を待つこととなりました。