シアトルの音がなつかしい | 白クマの妻は今

白クマの妻は今

外国の白クマを夫にしたら予想外のイケメン子グマが2匹も出てきた。どぉする?

去る母の日、子グマ達に

「お~い。知ってるか~?今日はかの有名な母の日だぞ~!」

とメッセージを送り、欲しいと思っていたプレゼントを

シアトルから送ってもらった。

(実際に送ってきたのはアメリカの熱帯雨林だけど)

 

 

1週間で早々に届いたので、今度は自腹でこれ用の額を

日本の熱帯雨林からオーダーした。

 

さて、どれくらいでできあがるのかわからないが、

これは寝室&仕事部屋の白い壁に飾りたいと思っている。

 

今、そこには何も掛けていなくて、

リモート会議の時に私の姿の後ろに映るのが

ただもう真っ白な壁ばかりでみっともないのだ。

 

アメリカでは白い壁に囲まれている状態をよく

精神病院の部屋とか独房とかに例えるので、

改善せねばと思っていた。

 

シアトルから移住して1年半になったが、

仕事で毎日、英語を使っていても、実は英語環境にとても

飢えていたのだと先日ひょんなことから気がついた。

 

ニュースでもやってないかなと思ってつけたテレビで

ジュラシック・ワールドという映画を放送していた。

 

「ん?」と思ってリモコンで音声を替えてみた。

 

それは単にどのボタンで音声が替えられるのかを

覚えたかったからだけだったのだが、

次の瞬間に英語の世界が広がって軽いショックを感じて

惹きつけられ、その画面というか音声から離れられなくなった。

 

仕事で毎日、何時間も英語を読み書きし続け、

リモート会議でももちろん英語以外はまったく使わない。

 

しかし、通常の生活音とでも言うのだろうか、

環境的な生活会話音がとても懐かしく感じられたのだ。

 

映画のジュラシック・パーク三部作は確か最初の二作しか

観た覚えがなく、ジュラシック・ワールドなどという後続作が

作られていたことも意識したことがなかった。

(いつか全部見よう。定年後か?)

 

普段の生活ではあまりBGMは流さないし、

集中できなくなると困るので、仕事中も音楽は聴かない。

 

しかし、たまに週末にアレクサちゃんに

「80年台のロックを聴かせて」などと頼み、

何時間も流しっぱなしにしたりすると不思議にほっとする。

 

好きな曲がかかると、それはまた別な意味で嬉しいが、

そういう次元の話ではなく、それ以前の環境音が

アメリカ、もとい、シアトル在住時を思い出させるのだと思う。

 

もうそろそろ、良い加減、里帰りを計画せねばと思う。

 

東京もシアトルも、どちらも私の「お里」であることを

しみじみと聴覚と脳細胞で理解し認める日々である。