「育子告諭(いくしこくゆ)」を訳していただきました。
去年、市原歴史博物館の企画展に協力させていただいた時に担当の学芸員さんに、この資料の訳をお願いしていたものが届きましたのでご紹介させていただきます。
訳は以下になります。
【書き下し文】
育子告諭
村々高札の首(はじめ)に、人たるものは五倫の道を正しくすべき事と示されたり、五倫の第一は父子の親しみこれなり。
今や支配所の内、貧しきものは妊娠の中に堕胎し、甚だしきは安産の上、拉殺(ろうさつ)するもあるよし。
鷙鳥猛獣(しちょうもうじゅう)だに其子を覆育することを知れり、況して道理を弁えたる人においてをや。
夫故に、他国の人は一度に二人り三人りの子を設くれば格別に歓び祝なり。
然るに、生まれ出たる我児を膝の下に殺すことは聞も恐敷所業なり。
しかはあれど目前の活計に困しむかり、土地の風習左まで悪しきことと心付ず、斯(かか)る所業に及ぶならんか。
これ大なる心得違いなり。
凡(およそ)世の中に人種多かれきときは、田畑も闢け、金銀米穀も湧出るなり。
衆多(あまた)の人、其身を勤め其業を励まば、饑寒(きかん)の患(うれい)なきのみあらず、その力に頼りて終(つい)には山の嶺、海の底までも平ぎ闢けて富み栄ゆるものなり。
然るに貧しきに困むことで其子を育て恕ゆ□、人の数の減ずるにし随ひ田畑も荒れ廃り、金銀の融通も悪しくなり、遂(つい)には饑寒の苦しみに立至る、実になげかはしきの至りなり。
因って此度、政府へ伺の上、子育の方法を設け、普(あまね)く管内の赤子を救わんとす。
汝等よ(?)く此意を体認(たいにん)し、積年の弊習を革(あらた)め、今よりな夙(はや)く起き、晩く寝ね、其子孫を長育(ちょういく)し、禽獣に恥るの所業をすることなかれ。
就中(なかんずく)戸長、副戸長、并(ならびに)長百姓は、此旨を推し拡め、常々小前(こまえ)を教へ督し、心得違いのもの無き様に力を尽くすべし。
斯く仁恤(じんじゅつ)の取扱いたし候上、猶も心得違いたし高札の掟にそむき、長上の教諭(きょうゆ)に従わざるもの、是あるに於いては、本人は云ふに及ばず、頭立たるもの迄一同、厳科に処すべし。
各(おのおの)能々(よくよく)合点して、後悔あるべからざる事。
壬申五月 木更津県庁
【現代語訳】(大意)
村々の高札の最初に、人間たるものは五倫の道(儒教の道徳)を正しく守るべきだと示されている。
その第一が「父子の親しみ」である。
しかし今、管轄内では、貧しい者が妊娠中に堕胎したり、甚だしい場合は生まれた子を殺すことがある。
猛獣や猛禽類でさえ自分の子を育て守ることを知っている。
ましてや道理をわきまえた人間ならなおさらだ。
他国の人々は、一度に二人も三人も子が生まれれば格別に喜び祝うものだ。
それなのに、生まれ出た我が子を自分の膝元で殺すとは、聞くだけでも恐ろしい所業である。
とはいえ、彼らも目の前の生活に困窮し、また土地の悪習のせいでそれがそこまで悪いことだと気づかずに、このような所業に及んでいるのだろう。
しかし、これは大きな心得違いである。
およそ世の中に人が多ければ、田畑も開墾され、金銀や米穀も湧き出るように増えるものだ。
多くの人が勤め家業に励めば、飢えや寒さに苦しまないだけでなく、その力によって最終的には山の嶺から海の底まで切り開いて富み栄えることができる。
それなのに、貧しさに困って我が子を育てず、人の数が減るにつれて、田畑は荒れ果て、金銀の流通も悪くなり、ついには飢えと寒さの苦しみに至るのだ。
本当に嘆かわしいことである。
そのため、このたび政府へ伺いを立てた上で、子育ての方法を設け、広く管内の赤子を救おうとする。
汝らはよくこの意図を理解し、長年の悪い習慣を改め、今よりも早く起き、夜遅く寝、子孫を育てて禽獣に恥じるような所業をしてはならない。
とりわけ、戸長・副戸長および長百姓は、この趣旨を民衆に広め、常に小前を教えて監督し、心得違いをする者がいないように力を尽くすべきである。
このように慈悲深い仁恤の取り計らいをした上で、それでもなお心得違いをして高札の掟に背き、上からの教えに従わない者がいれば、本人だけでなく、頭立(かしらだち)たるものまで一同、厳罰に処すべきである。
それぞれよくよく納得し、後悔することのないようにしなさい。
壬申五月 木更津県庁
以上を訳していただきました。
柴原和(しばはら やわら)は、木更津県および千葉県の初代県令として、明治5年(1872年)に「育子告諭」を布達しました。
育子告諭の背景と目的
悪弊の禁止: 当時、貧窮などを理由に行われていた堕胎や間引き(新生児の遺棄)を厳禁としました。
育児支援: 単に禁止するだけでなく、貧しい家庭の新生児に対して乳代や養育費を支給する育児取締制度(育児支援策)を導入し、多くの命を救う成果を挙げました。
【[育子告諭]】 https://share.google/uGHZd4dkxX6Ab6EW2
今回、訳していただきました学芸員さんに感謝です。
ホーム/市原歴史博物館 https://share.google/Qkh73J6q6yvt29yRI
「育子告諭」 (いくしこくゆ)
主に明治時代の行政文書などで用いられた言葉であり、それぞれの漢字は以下のように読みます。
育子:いくし(子どもを養育すること)告諭:こくゆ(目上の者が目下の者に対して、物事を言い聞かせてさとすこと)主な内容と使われ方江戸時代から明治初期にかけて、貧困や捨て子などの養育問題を解決するために、行政が町や村の人々に向けて子供の保護や養育に関する心得(さとし)を通達した文書を指します。同様の公的な布告としては、有名なものに「徴兵告諭(ちょうへいこくゆ)」などがあります。
