感謝への想い | 知床情報ナビ@船長日記

知床情報ナビ@船長日記

世界自然遺産に登録された知床羅臼町とウトロの景色ならび漁業風景と知床の海の幸グルメ情報を載せています。


テーマ:

成功法則の落とし穴にある感謝への自分の想い。





おそらく前回の「成功法則の落とし穴」を

最初か最後に読まないと意味が繋がらないです。




成功法則の落とし穴




この記事は、正確には今日のものではありません。

 

 

 

 

「成功法則の落とし穴にある感謝ついての自分の想い」

これは、アメ限定記事とし何年も公開してませんでした。




この記事は、自分の正直な想いを書いたものです。

 

 



賛否両論は、もちろんあると思います。
 

受け取り方や考え方は人それぞれだから。



 

可能であれば、成功法則の落とし穴を

この記事の前か後に読んでいただくと

感謝の意味すべてが一つに繋がるのかも。




記事をアップしようかどうか悩みました。




「成功法則の落とし穴」には、皆さんから、

多くのコメントやメッセージもいただきました。




また、そのコメントやメッセージの中で、

自分が知らず気づかされることもあって

いろいろな人の感謝への想いも知りました。




ただ個人的なことなので記事は公開していませんでした。




これから話すことは感謝への自分の想いで
 

記事内容は、人に推奨するものでもないです。

 


何が正解か不正解かを問うものでもなく

特定の教えを説く人を批難するものでもなく

ある災害と船長と感謝への想いを繋げたものです。




受け取り方は人それぞれ、それもわかります。

 

 
この「感謝についての自分の想い」は、

過去記事にある「成功法則の落とし穴」では、

書かなかったことです。

 


不快に感じる方は、どうぞスルーしてください。

 


皆さんの気持ちをコメントやメッセージで

聞かせていただき本当にありがとうございます。


 

読ませてもらい感銘を受けたものも多々あり、

 

自分なりにもう一度、感謝について見つめ直すことに。

 

感謝について書かれたブログも色々拝見させていただきました。

 

 

 

 

ご迷惑をお掛けしたようでしたらお許しください。

 

 

 

 

そこには自分の想いよりずっと深い意味の記事もあり、

 

読ませてもらい気づかされることも多かったです。

 

 

 

 

ただし、それらをクイモノにする卑劣なやり方は許せない。

 

 

 

 

このブログのペタやいいねを見てもわかるように、

 

スピリチュアル系を説く業者からの意味のない足あと。

 

 

 

 

この記事だってまともに読んでもいない。

 

単に、#タグやキーワードから入り込んだ機械的なもの。

 

残していったものは自分のブログに誘う宣伝だけ。

 

 

 

 

こんな業者から教えてもらうことは何もないです。

 

 

 

 

パソコンの向こうにいるのは血の通った人間。

 

それをクイモノにして、ブログではきれいごとばかり。

 

 

 

 

こんな人(業者)がいったい誰を救えるというのか。

 

 

 

 

心から信じて人に勧めている方も大勢います。

 

その素晴らしさを真剣に説く人が可哀そうです。

 

 

 

 

自分のような無神論者でも感謝への想いはあります。

 

 

 

 

神仏を敬う気持ちもその大切さもわかります。

 

しかし、そこに託けて情弱な者をクイモノにする。

 

 

 

 

高額なお布施だったり、セミナー料金だったり。


 

 


感謝の想いについて賛否両論があるのは、

当然のことですし自分も勉強にもなります。

 


万人受けを望んで記事も書いていません。

アメンバー限定記事としていたのには、

自分なりの理由も少なからずありました。




それは船長と漁師に纏わる悲しい出来事だったから。
 



この感謝についての想いは自分だけのもので

人にとやかく言うことでもなく自分の想いだったから。

 


これは、あくまで個人的な考えであって

誰かにそれの共感を求めてのものでもなく

自分への戒めも込めた内容だったからです。




はじめに感謝と幸せを結びつけることについて。




いけない事と言ってるわけではないです。

それで幸せになれるなら手段はいろいろです。

 


 ただ、自分の気持ちの中には感謝の後に、

「これで幸せにまた一歩近づけた」という

概念が心のどこにも無かっただけのことです。



 
なぜ僕が感謝を他のことと結び付けないのか。


 

これは船長という自分の職業にも、

大きく関係していることが理由となります。

 


自分は、北の海で船長をしています。

 
 

漁師にとって極寒の北の海での作業は、

船長も若い衆(乗組員)たちにもそれは厳しい。

 

 



皆、海に出るときは命をかけています。

 

 


船長は、その立場から若い衆の命を

あずかるという義務が当然あります。
 

たとえ船や海で何が起きてもです。

 

 

 

そこが荒波の中でも何事も決して諦めない。

 

 
それがもし船が沈没しそうな状況であっても、

乗組員の最後の一人を確認できるまでは、

 

 
どんな荒波の中でも操船と救助は諦めない!

 

 
これは、人の命あずかる者の義務であり

船長は皆、これを当然のことと思っています。

 

 
それをいつも心に秘め漁場に向かっています。

 

 
だから何があっても船長が船を離れるのは、

やれることすべてを終えた一番最後となります。

 

 
その実例が知床羅臼で起きた悲惨な災害です。



 
昭和29年5月10日に起きた通称5.10(ごっとう)突風!



昭和34年4月6日に起きた通称4.6(よんろく)突風!


 

どちらも自分がまだ生まれる前の出来事で

この話を親や先輩漁師から聞かされていました。


 

今でも漁師から漁師へと話が受け継がれています。

 

 
自分も親からは幾度と聞かされていました。

この災害のことを地元で知らない者はいません。

 

 
それだけ尊い命を奪っていった災害となりました。

 


5.10と4.6というこの二つの災害による突風は、

多くの羅臼の漁師の命を一瞬で奪っていきました。

 

 
沈没した船の船長に限れば助かった者はいないといいます。

 


5.10のとき海上は最大風速四十メ-トル以上となり、

このときには、海で29人の尊い命が奪われています。

 


4.6のときも突風となり89人もの命が一瞬で奪われています。

 


突風の中、陸(おか)に向け逃げ帰る船から、

後ろを振り返るとそこには逃げ遅れた船の悲惨な姿が。

 

 
船は次から次へと転覆し沈没していったそうです。

 


このとき助かった漁船の船長や乗組員たちには、

この悪夢の状況に成すすべが無い状況でした。

 

 
後ろから聞こえてくる助けを求める仲間の船に、

その今まさに沈んでいく仲間の船に向かって、

両手を合せることしか出来なかったといいます。

 

 
そんな中、運よく助かった者たちの想いは。

 

 
皆、それぞれ覚悟を決めて北の荒波に向う

 

屈強な、やん衆たちでもそのとき心にあったのは、

 

 
無事に帰ってこれたという感謝の気持ちだけ。

 

 
そこにあるのは、ただただ感謝の気持ち。

成功法則の落とし穴の「感謝は感謝」には、

そういう意味を込めているだけです。




誰も感謝したからどうなるなんて思っていません。




自分が感謝の気持ちを幸せや見返りとは、

結ばせたくない一番の理由はそこにあります。

 

 

 

 

助かった者たちが感謝していた時の想いはひとつ。

 

助かったことへの感謝と仲間を助けられずに

 

失った悲しみだけ、幸せと感じるられるのは、まだ先のこと。

 

 

 

 

このとき感謝した想いはそこにあったはず。

 

 

 


いつも感謝したからこうなったとか、

 

誰かに感謝されたからどうなるとか、

 

これをやっとけばこう幸せになったとか。

 

 

 

 

感謝についての理由付けをしていられない。

 

 



荒波の中、考えてる暇も余裕も無いです。
 

北の漁場にそんな甘えも泣き言も通じない。

 


 
僕自身も、沖で大時化に幾度も遭い、

これで終わりか、陸には戻れないのかと

 

舵を握りしめ覚悟を決めたこともありました。





若い衆だけでも助けたい!

 


自分はこの船と一緒に沈むのかもしれない。

そう覚悟を決めざる得ないこともあります。




「板子一枚下は地獄!」




漁師の仕事が、いかに危険かのたとえです。

無事に帰れたことに感謝した想いは僕のもの。

あなたが何かに感謝した想いは、あなたのもの。




どこかの誰かが、説く教えが、

僕に効果があるかそれはわからないこと。




その逆も然り。




僕が試して上手くいったことを、

あなたが試して上手くいく保証もない。

 

 

 

 

何かを求め、人が人を変えることはできない。




こう感謝したから

こう感謝されたからなど、

感謝にそんな取説は無いと思う。




感謝にやり方なんてないと思います。




幸せになりたくて感謝することも、

今が、幸せだから感謝することも、

 

たとえそれが無償の愛や心で感謝するでも、




無償の愛、無償の心で感謝すると幸せになれます?

 

 

 

 

感謝することと幸せをこう結びつけているうちは、

 

それは、もう無償の愛や心と言えないのでは・・・





感謝してもし幸せが訪れたならそれはそれ。




あなたが幸せになるための方法は、

常識の範囲内なら何でもいいと思います。




因果と一緒で善い行いはいつか帰るものなのかも?

 

だから感謝で幸せを得たならそれはそれでいい。




幸せになる方法のひとつが感謝と信じるなら

それを迷わず実行するといいと思います。

 

それは人や自然に感謝し戻ってきた因果だから。




誰も、あなたが幸せになる方法を否定する権利はない。




でも感謝した後「これでまた一歩幸せに近づいた」と

思うことは、なんだか寂しいような気もします。




もし本当に感謝することで幸せになれるとしたら




感謝したあと「これでまた一歩」と思わずとも

もしかしたら心から感謝するだけでもいいのかも・・・

 

 

 

 

何事も見返りを持ってやってしまうと辛くなる。

 

自分は、こんなに感謝したのに奉仕したのにと、

 

幸せは、何かに感謝したから何かに奉仕したからと。

 

 

 

 

それだけが唯一幸せの訪れる方法では無いと思う。

 

 

 

 

辛いこと苦しいことを経験してきたからと言って、

 

後に待っているのはバラ色の人生と勘違いしないこと。

 

無償の愛で感謝や奉仕してるならそれはそのまま無償のままで。

 

 

 

 

幸せになる権利は皆に平等にあり、それは美学の先じゃない。

 

 

 

 

お金が欲しい、恋人が欲しい、幸せになりたい、

 

そこを願うより、その延長線にあるのが本当の願い。

 

 

 

 

お金、恋人、幸せ、を求める本当の理由!

 

 

 

 

あなたは今、何のためにその夢に向かっているのか。

 

なぜそれが必要か、なぜその人のそばにいたいのか。

 

なんでも無差別にディスっているわけじゃないです。

 

 

 

 

目的意識が、なければそれはただの受け皿のない水!

 

 

 

 

すべてが感謝や奉仕で報われるものでも無い。

 

言い訳ばかり考えてた時間を行動に移してみる。

 

何をしてきても今が不幸と思ってしまえばそれまで。

 

 

 


なぜ「感謝の先を考えてしまうのか?」

 

なぜ「感謝に意味付け」をしてしまうのか?

 

 

 


だから自分は感謝と幸せを結びつけたくない。

 

 

 

 

現実逃避してた自分を見つめ直すでも。

 

自分が信じてるものに、このまま進むでも。

 

 

 

 

地に足を付けしっかり歩めるならそれでいい。

 

がんばってくださいとも、幸せになれますとも、

 

無責任な気持ちでいいません。いえません。

 

 

 

 

「感謝は感謝」の意味は、ただそれだけのことです。

 

 

 

 

追伸(2018/02/17):羽生結弦スゴイ、感動した!

 

 

 

↓クリックしていただけると北海道の景色や風景、

 

日々の出来事などを大勢のブロガーさんが参加し載せています。

 

 

北海道好きの方には、おすすめです。

 

 

にほんブログ村 旅行ブログ 北海道旅行へ

 


北海道ランキング

 

 

 

知床情報ナビ@船長さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。