沖縄・摩文仁の丘で平和を祈る——「のじぎくの塔」「島守の塔」慰霊祭に初参加して
兵庫県遺族会が主催する「のじぎくの塔」慰霊祭と「島守の塔」慰霊祭に初めて参列いたしました。平和祈念公園は、約80日間に及ぶ地上戦が繰り広げられ、軍民合わせて20万余名が犠牲となった沖縄戦の最終地にあります。

■ 兵庫県出身戦没者を慰霊する「のじぎくの塔」
最初に向かったのは、沖縄県営平和祈念公園内の「のじぎくの塔」です。ここには沖縄戦で亡くなった兵庫県出身者3,073柱の御霊が祀られています。塔は昭和39年、県民から募った浄財により建立されました。名前の「のじぎく」は兵庫県の県花に由来し、遠く離れた沖縄に眠る郷土出身者への温かな想いが込められています。
塔の中央には球状の主碑「みたま石」が置かれ、その左右に遺族と県民の「手」を象徴する「合掌石」が寄り添うように配置されています。背後の壁には3,073名の氏名が刻まれています。
慰霊祭には兵庫県知事・沖縄県知事・兵庫県議会議員・遺族代表など多くの方々が参列し、厳粛に執り行われました。
■ 島田叡知事らを祀る「島守の塔」
続いて訪れた「島守の塔」は、沖縄県職員469柱を祀る慰霊塔です。中でも兵庫県出身の第27代沖縄県知事・島田叡氏は、極限の戦況の中でも県民を守るため奔走し、最期まで行政の責任を果たした人物として知られています。
この塔は昭和26年、戦後間もない時期に旧職員や篤志家の寄付で建立されました。名前の「島守」には、まさに沖縄を守ろうと命を捧げた職員の姿への深い敬意が込められています。ここでの慰霊祭も同じく両県の関係者が参列し、静かに祈りが捧げられました。
■ 平和をつなぐために
今回、摩文仁の丘で二つの塔に手を合わせたことで、平和が決して当たり前のものではなく、多くの犠牲の上に成り立っていることを深く胸に刻みました。のじぎくの塔に刻まれた3,073名の兵庫県出身戦没者、島守の塔に祀られた469柱の県職員。その一人ひとりの命が、戦争の悲惨さと平和の尊さを静かに語りかけています。
世界では今も紛争が続き、沖縄戦のような悲劇が繰り返される可能性は無いとは言えません。過去の教訓を受け継ぎ、平和の大切さを訴え続けることが大切であると痛感します。
沖縄で誓った平和への思いを胸に、これからも歴史の記憶を伝え、平和な社会の実現に向けて努力してまいります。