「二わの小とり」(1年生道徳教材)を考える(1) | 元小学校教師による学校現場目線からのメッセージ

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教材紹介----↓ここから↓----
<みそさざい>は悩んでいました。
 
<小とり>たちと一緒に誘われている、山奥にすんでいる<やまがら>の誕生会に行こうか、 それとも、梅の林のきれいな明るいところに住んでいる<うぐいす>から誘われている音楽会の練習に行こうか、と。
 
そして結局、ほかの小とりたちと同様、うぐいすの家に行くことにしたのである。
 
しかし、みそさざいは,だんだん一人ぼっちでいるやまがらのことが気がかりになり,音楽会の練習を「そっと、抜け出して」、やまがらの誕生会にかけつける。
 
一羽でしょんぼりしていたやまがらは,みそさざいがきてくれ たことに大変喜び,みそさざいも「来て良かった。」と思う…、という内容である。
教材紹介----↑ここまで↑----
 
友だちを思って気持ちが揺れる「みそさざい」 の姿を通して,相手のことを考えて行動する大切さに気付かせ,互いに助け合おうとする 心情を育てることを目的とした道徳教材である。
 
作品は、久保崇さん「二わの小とり」。道徳教材として利用するために、原作はかなりいじられているようだ。特に、みそさざいとやまがらの友情を描いた部分があるようだが、そのことはカットされているらしい。現在、原作をさがしているがなかなかみつからない。
 
一読してまず感じたのは、どうして小さな子が読むお話に、<みそさざい>という、あまり知られていない鳥を主人公として登場させたのか、ということである。
 
そこで、<みそさざい>について簡単に調べてみた。Wikipediaによると、
 
・日本の野鳥の中でも、キクイタダキと共に最小種のひとつ
・群れを形成することはない。繁殖期以外は単独で生活する
 
久保さんはおそらく、小さな、一人ぼっちのイメージの鳥として「みそさざい」を選んだのではないだろうか。それをわかっていないと、最初にうぐいすの所に行ってしまうみそさざいの行動が理解できないのである。
 
そんな一人ぼっちのみそさざいの友だちとして、やまがらを登場させた。「二わの小とり」の「二わ」とは、みそさざいとやまがらのことである。
 
しかし、教材としての作品には、二人に友情の構築については描かれていない。だから、楽しい音楽会の練習をひとりで抜け出す行動について、若干の不自然さが残る。それに対して、うぐいすは派手でボス的な位置にいる…、影響力があり、権力のある者として登場させている。
 
みそさざい、やまがら、うぐいすといった三者の力関係をまずおさえなければ、この作品をめぐって「道徳」を語り合うことはできないのではないだろうか。
 
(つづく)

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