再掲載:〈力芸〉と〈競闘遊戯会〉 | 学校現場目線からのメッセージ~教師たちへの応援歌~

学校現場目線からのメッセージ~教師たちへの応援歌~

塩崎義明(しおちゃんマン)★学校珍百景・ブログ。


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『世界の不思議』、日本の運動会について調べてみようと思いました。


理由は、最近の教育の極端な右傾化(教育勅語問題等々…)の中で、運動会もまたその『空気や力』に利用されることのないようにしたいと思ったからです。


それは、盲目的な精神主義、出来栄え最優先のための強制的指導と訓練主義な運動会を賛美することに批判的でなければならないということでもあります。


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さて、日本の運動会の起源は、1868年に幕府の横須賀製鉄所において技術者・職工らによって行われたものが最初であるとする説もありますが、一般的には、1874年海軍兵学校でイギリス人教官指導のもとに開かれた〈競闘遊戯会〉とされています。提案したのは、明治政府が招いた英国の軍事顧問団。


その時は徒競走や棒高跳び、三段跳びに加え、二人三脚、肩車競走、豚追い競走等。18種目だったそうです。


かなり軍事教練的で、たとえば海軍兵学寮での「障害物競走」「綱引き」は兵隊の俊敏さや体力を鍛えるのが目的でした。「障害物競走」は前線を駆け抜ける訓練。「綱引き」は重い大砲を挽くためのものという説も。玉入れも、手榴弾とかを投げる訓練だったとか?


「騎馬戦」「棒倒し」は自由民権運動の「圧政棒倒し」「政権争奪騎馬戦」が原点ですが、当時の運動会が、軍事的、政治的な背景をもとにして生まれ、運用されていたことは事実のようです。


しかもこの運動会は、日本人の教師・学生の自発的な動きとして開かれたものではなく、審判も教師として来ていたイギリス海軍の将校や下士官が行っていました。ゆえにこのイギリス人がいなくなると自然になくなってしまいました。
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一方その4年後の、1878年に札幌農学校(北海道大学の源流)で〈力芸会〉が開かれました。この「少年よ大志を抱け」で有名な札幌農学校の運動会の方が日本の運動会のルーツだという説もあります。


クラーク氏は札幌農学校で専門の学問を教えただけでなく、体操やスポーツも教えました。戸外の様々な運動を奨励し、雪中の長距離遠足なども実施しました。


彼がまいた種は、彼が去った翌年にわが国最初の、日本人の手による運動会として開花したということのようです。


場所は札幌市北一条通りであり、第1回遊戯会(1878年)と名付け、実施される種目を「力芸」とよびました。


ちなみに第1回遊戯会の種目には、100ヤード走、200ヤード走、四分の一マイル走、半マイル走、一マイル走、走り幅跳び、走り高跳び、棒高跳び、バンマー投げなど、今日の陸上競技種目の他に、二人三脚、竹馬競争、提灯競争、カエル飛び競争、じゃがいも拾い競争、食菓競争(パン食い競争のルーツ)等々、レクレーション的な競技が採用されていることが注目されます。


なぜ最初の遊戯会にレク的な種目が入っていたのかというと、クラーク氏の教えは、学校・学生は地域の中の一員としてあって、共に生活する者としていることが大切であったからです。

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「軍事的鍛錬」「富国強兵」を謳い、政治的な背景の中で生まれた〈競闘遊戯会〉。


一方、学校・学生は地域の中の一員としてあって、共に生活する者としていることが大切であると謳った〈力芸〉。


現在の運動会も、〈力芸〉の意義をもう一度見直し、大切にしたいと願うのは私だけでしょうか。


<参考>
城丸章夫『スポーツの夜明け』

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