学校現場目線からのメッセージ~教師たちへの応援歌~

学校現場目線からのメッセージ~教師たちへの応援歌~

塩崎義明(しおちゃんマン)★学校珍百景・ブログ。

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今までは
その日の準備をすることを教えるために全部持ってきて、整理整頓や一日のけじめを教えるために全部持ち帰る。そういった指導をしてきたのだと思います。ゆえに、場合によっては使わない物でも持ってきていたことも多々あった。

 

置き勉問題のおかげで、

これからは、

必要なものだけを持っていく…、明日使うもので家で使わない物は置いておく判断力や企画力、予定管理力…、といったことも指導できるということ。いや、それこそが役に立つ持ち物管理指導だと思う。

 

しかしそのためには、

学校施設の保障と、指導する教員の人数を増やす等の行政による準備が必要。

 

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もうすぐ夏休みです。といっても、みなさんご存知のように、教師に特別な夏休みはありません。研修や出張…、なんだかんだで忙しい。特に部活動を担当している職員は、小学校でも毎日のように活動があります。
 

補習を行うようになったのも最近の傾向。学力低下や学力格差の問題に対応する…、ということ。ただその内容のほとんどがプリント・ドリル型学習。授業が行われる学校は少ない。
 

学校から出される宿題が減り、外部のコンクール等を紹介して参加を促す形での宿題が増えています。教育要求の多様化に学校が対応できなくなってきたことが一つの理由。学校は基礎的なことを…、それ以上は民間で…、といった形は、今後、夏休み以外にも広がっていくと考えられます。
 

最近は、子どもたちも夏休みの実感がないくらい忙しい。塾や習い事の合宿があるのはスポーツ関係だけではなくなりました。毎日のように学校のプールに行ったり、友達と遊んだり、家でゴロゴロする子は少ない。いずれにしても、子どもたちには夏休みくらいゆっくりしてほしい。
 

教師も、批判をかわすために忙しくしている傾向も無きにしも非ず。もっとゆっくりしてもいいのではないだろうか、というのが私の考え。それほど教師の夏休みも忙しくなっています。
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この『殺暑』の中エアコンのない地域の学校とかは一日をどうすごしているのでしょうか?
 
こんな地域に限って扇風機は何度以上にならないとつけちゃだめだとか水筒の持ち込みは禁止だとかしている。
 
子どもの犠牲が出ないとこういった地域は変わらない。
 
こんな最悪環境を提供しているのに、いざ子どもの犠牲が出ると、それを教師たちの責任にしようとする。
 
いったいこの国の教育はどうなっているんだと。

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2年生の算数で、九九が出てきますね。
 
それで、この夏休みに九九についていろいろ調べています。そしてたくさん発見がありました。
 
たとえば、「一日中、いつも」の意味で、『四六時中』という言い方がありますが、これは、1日が24時間であることから、(4×6=24時間)で、四六時中と言うようになったそうです。
 
しかしこれはそもそも、『二六時中』と言われていた言葉でした。一日の時間を「子の刻」「丑の刻」と干支の十二刻で表していた江戸時代の使われ方で、2×6=12なので、「二六」で一日中を表していたことから始まっています。それが現代の24時間になり、「四六時中」になったということでした。
 
数字を九九で表現する言葉遊びは、日本では昔からあるようです。それを「戯訓(ギクン)」と言います。
たとえば、「十六」と書いて「しし」、「八十一」と書いて「くく」、「ニニ」と書いて「し」と読ませるなどです。昔は、十五日、つまり満月を "三五の月" と表現していました。
 
九九に関するおもしろい話は、他にもいろいろありそうです。
 
 
※「戯訓」とは、上代文献、特に万葉集の用字法の一つ。漢字の字形・字音・字義などを遊戯的、技巧的に利用したもの。「出づ」を「山上復有山」、「獅子(しし)」を「十六」、「い」を「馬声」、「ぶ」を「蜂音」などと書く類。戯書。
(デジタル大辞泉より)

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(誘惑!起)/できる教師になりたくありませんか?できる教師とは…、仕事が早い・教室がきれい・授業がうまい。そしてできる教師が担任する子どもたちは落ち着いて見える。
 
 
(誘惑!承)/良い子に育てる教師力を持ちたいとは思いませんか?良い子とは…、挨拶ができる・上下関係をわきまえている(教師に敬語が使える)・自分で動ける。
 
 
(誘惑! 転)/できない教師、残念な教師、痛い教師にはなりたくないし、そう見られたくない。できる教師になって良い子を育てたい。でも……、本当にそれでいいの?
 
 
(誘惑! 結)/できる教師になるために子どもが置き去られ、管理の対象になっていないか?良い子にするためにその子らしさを消していないか?子どもの学ぶ権利を侵していないか?

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「命の教育」をしたから、子どもたちが「はい、そうですね」と命を大切にする生き方ができるようになると本気で思っているのだろうか?というお話。
 
たとえその授業が、子どもたちが深く考え、討論し、感動的に終えることのできた授業だとしてもです。
 
外国では、学校内で銃が乱射され、国内でも、小さな子が虐待で命を落としている。そういった報道が日常的に流れています。
 
ネットでは、弱い者、ダメな奴は生きる資格がないという価値観も広がっています。
 
そんな日常の中で、『命を大切にしましょう』というメッセージがどれだけまともに子どもたちに届くのか?という疑問です。
 
私たちは子どもたちに詫びなければなりません。
 
命が大切にされない世の中にしてしまったことについて謝らなければなりません。
 
そして、それでも、そんな世の中をなんとかしようとふんばっていることを子どもたちに伝えなければなりません。
 
そんなおとなたちの苦悩を語らずして、命の大切さは語れないのかもしれません。

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隔月で発行されている「生活指導」(全国生活指導研究協議会 高文研)が届いた。

 

特集は『インクルーシブ教育と集団づくり』。

 

特集扉の楠凡之さんの短い特集紹介の文章が良い。

 

「子どもたちの差異や多様性が教授・学習上の『問題』としてではなく、学習を豊かにする機会となるような教育実践が要請されているのです。」
という一文に納得と賛同。

 

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