新聞を見ていて思わず私にもそんなことあった

さすがに少し反省して今は母にそんなこんなの要求は減ってきていると思うけど

自戒を含めながらその投稿を何度も読む返して

あーーお母さんごめんねーほんとにそうだったよー

同じような年齢にならないとわからない事かもって今になると少しわかる気がする

何かにつけ母のすることが気になって

さっきも言ってたよねーとか・・・だから言ったでしょ!こうしたらと言ってたね

そうできたらそうするのよ⤵

今まではできてたんだよね⤵

考えていても思うようにいかずできなくなってしまってねー⤵

いいわけは山ほどあったろう

後で気づいても遅かりし・・・で

落ち込んだりがっかりしたりもどかしかったりしたのは母の方だったのだろう

しっかりしてよ!!できるでしょ!!できていたよね!

そんな思いが否定や余分な言葉かけの

追い打ちをかけるように飛んできた言葉にどれだけ傷ついたことだろう

しっかり者で何でもできる母だと思っていたから

振り返ってみると自分も今までできてたことや行動も意欲も落ちてきて

少しづつできなくなっていることや行動の緩慢さに気づいて超反省

歩く速度と同時に息切れする

たったり座ったりの動作には自分が思う以上に時間がかかったり無様な格好になったり

パッとでない言葉なかなか思い出せなくてごまかす自分になってきた今

いやいやどんな言葉を母に浴びせていたのだろう

当然だったりできるはずだと思っていたその頃の自分は

心無い言葉を発してしまっていたのだろう

母の「この年にならんとわからんよー」と寂しげに言った言葉の意味が

少しだけわかるようになってきた

何気なく言ったりあなたのためだと思って言った言葉だったと思うのだけど

いたわりや思いやる気持ちよゆや想像する力があったら・・・

母の言う「この年に・・・」に近づいてきて今はただただ反省するばかり